第2話 シマで夜回り

「若、お荷物お持ちします」


 この組で一番若い(23歳)、前歯が全部インプラントの強面だけど笑顔が誰よりもチャーミングな毒島(ぶすじま)が、俺の荷物を持とうと近づいてくる。


「いい、気にすんな。荷物くらい自分で運べる。ところで、カシラは?」


 俺が毒島に尋ねると、


「カシラじゃねぇっていつも言ってるだろうが! お兄ちゃん、もしくはアニキと呼べ」


 頬にデカい傷のある190センチ近くの大男が、奥の扉を開けて姿を現した。

 彼の名は桜木義竜(さくらぎぎりゅう)。


 体調が悪く組の運営に手が回らない組長の代理として、実質的に組織を運営している組長代行若頭にして、俺の実の兄だ。


「今日も飯、作りに来た」


 お兄ちゃんと呼ばないまま俺が用件を伝えると、はぁと溜め息を吐いてからカシラは口を開いた。


「おう、助かる。台所と冷蔵庫にあるもんは、いつも通り好きに使ってくれ」


「はいよ。そんじゃ邪魔する」


 俺が履いていたスニーカーからスリッパに履き替えると、毒島が脱いだ靴を綺麗に揃えてくれる。


 こんなことしてもらう必要はないのだが、俺が自分でやると後から毒島が、弟分想いの兄貴分連中に「気が利かねぇ奴だな」とぶん殴られてしまうので、好きにやらせている。


 俺が台所に立ち、冷蔵庫の中身を確認していると、背後から声がかけられた。


「お手伝いします」


 いつの間にか俺の背後に立っていたのは、屈強な男がひしめく組事務所には不釣り合いなほど線の細い、眼帯を付けたスーツ姿の超美形。


 組員というよりも団員(タカラジェンヌ)なそいつは、俺の補佐をしている楓(かえで)だ。


「おう、助かる。まずは、米炊いといてくれ」


 櫻木會では、食うに困った腹をすかせたはぐれ物をいつでも受け入れられるように食べ物を常備している。……とはいえ、基本的には組員が平らげてしまうのだが。

 ちなみに、昼は料理が趣味で組一番の料理自慢のカシラが、夜は俺と楓が料理を作ることが多い。


 俺と楓は手早く作れてがっつり食える、おにぎりと豚汁、それと厚焼き玉子を作り終え、組員に告げる。


「おう、飯できたぞ」


 俺の言葉に組員は反応し、それぞれ自分の食べる分を取っていく。


「やっぱ若の作る握り飯は美味い!」


「具が何も入ってないのに、これほど美味いと思った握り飯はねえよな」


「定期的に食べなくちゃ頭おかしくなりそうなくらいでさぁ、実はこれ、ヤバいもん入ってんじゃないっすか?」


 組員たちはグルメ漫画に出られそうなくらいオーバーなリアクションを取りながら、俺と楓の作った料理にした舌鼓を打っている。


「俺は見ましたぜ、若がおにぎりを作るとき、白い粉を使っていたのを……!」


「もー、若ったらー。ウチの組で覚醒剤(シャブ)はご法度ですぜ? 仕方のないお人だよ、もー」


「本職なら塩とシャブの見分けくらいつくようになれよー?」


 ニコニコ笑顔で冗談を言う組員たちに、俺は律儀にツッコミを入れる。

 自分の作ったものを美味しいと言ってもらえると、嬉しいし作り甲斐もある。

 そう思いながら俺は、にこやかな表情で屈強な男ヤクザたちを見ているのだった。


 ――それから時間が経過し、22時になった頃。

 ひげ面の強面の男が事務所に入ってきた。

 鋭い眼光で事務所内を見渡しているが、敵対組織のカチコミではない。


 彼は、楓と共に俺の補佐をしている葛城(かつらぎ)という男だった。


「そろそろお時間ですよ、若」


 俺の姿を見つけた葛城が、そう声を掛けてきた。

 そろそろ日課の時間だった。

 立ち上がり、スニーカーに履き替えてから、事務所の連中に声を掛ける。


「邪魔したな、また来るぜ」


 俺の言葉に、事務所に残っていた連中は立ち上がり、


「お気をつけて!」


 と見送ってくれた。

 俺は楓と葛城の三人で、事務所から出た。

 それから、繁華街を見て廻る。


 眠らない街、東京歌舞伎町――ほどではないが、県下一の繁華街なので、相当数の人の往来がある。

 酔客同士のいざこざや、質の悪い不良たちが暴れることも珍しくはない。


 俺たちは、櫻木會のシマで未成年の少年少女がそう言ったいざこざに巻き込まれる前に、夜廻りをして声を掛けて回っているのだ。

 我が県の条例では、23時以降の18歳未満(18歳でも高校生は禁止)の深夜徘徊が禁止されている。……もちろん高校生である俺が深夜にうろつくのは条例違反ではある。


 自分のことは棚上げし、俺は不良少年少女がいないか周囲に目を配る。

 条例の定めた時間まで、まだ4~50分程あるが、余裕のある今のうちに帰ってもらいたい。


「お、あいつら間違いなく未成年だ」


「あそこの3人組ですか?」


 俺が呟くと、楓が即座に反応した。

 道端に座り込んでチューハイを飲んでたむろしている、3人の女。


 派手な化粧と派手な服装、太々しい態度から、一見して未成年には見えないが……3人とも、同じローファーを履いていた。


 学校指定の靴だ。着替えは用意しても、靴まで用意をするのは面倒だったのだろう。

 着替えはコインロッカーにでも預けたのだろうが、お粗末な変装としか言いようがない。


 俺は葛城と楓と目配せをしてから、彼女たちに近づいて声を掛けた。


「おうお嬢さん方。高校生はそろそろお家に帰る時間だぞ」


 俺の言葉に、三人組は顔を見合わせて、白けたように言う。


「はぁ? あたしら普通に20歳越えてるんだけど? 何で帰る必要あるん?」


「てか何あんたら? 警察呼ぶ?」


「いや、半グレとヤクザとホストのコスプレイヤーっしょ。こっわー。てかウケるんだけど」


 三人組はなめ腐った態度で答えた。


 ちなみにヤクザは葛城、ホストはスーツ姿の楓で、半グレは俺のことだろう。

 昼間の俺は制服を着て、ぼさぼさ頭の長髪をした見事な陰キャ高校生だが、今は蛍光色のラインが入ったジャージの上下を身にまとい、ごついイエローブーツを履いて、ギラギラ光るゴールドのネックレスをつけ、おまけに髪型はオールバックにしてばっちり決めていて、見事な半グレファッションをしている。


 同じ高校の人間が今の俺を見ても、陰キャ高校生の桜木仁と分かる奴はいないだろう。


「夜遊びは初めてか? お揃いの学校指定のローファー履いてちゃ、警察だって色々察すると思うけどな?」


 俺の言葉に、下品に笑っていた三人は急に無言になった。


「阿久野学園3年生の松上ちゃん、竹中ちゃん、梅下ちゃん。夜遊びは学校を卒業してから、飲酒は二十を過ぎてから、楽しもうな?」


「ど、どうしてあたしらの名前知ってんの!?」


 怯えたように焦りを浮かべる彼女らに、俺はニヤニヤとした笑みを張り付けて、答える。


「お前らが想像しているよりもずっと、こわーい大人が夜の街にはうろついてんだからよ。さっさと帰んな」


 俺の言葉に、彼女らは気味悪そうに立ち上がる。


「おうこら、ゴミはちゃんと持って帰れよ」


 俺の言葉に、彼女らはごみを手にもってから、そそくさと俺たちの前から退散した。

 ビビっていたようだし、流石に今日はおとなしく帰っただろう。


「それにしても名前までわかるって……もしかして若、あの娘らは知り合いでしたか?」


 楓が俺に問いかけた。


 その言葉に、「まあな」と応じる。


 阿久野学園は俺も通っている高校であり、ついでにあの3人は俺のクラスメイトだ。

 だから、彼女らの名前は分かったし、そもそも間違いなく高校生だと判断できたのだ。


 ぽん、と葛城が俺の肩を優しく叩いた。


「別に落ち込んでねぇよ……」


 クラスメイトに顔バレしなかったということは、昼間の俺の陰キャロールプレイが完璧だという証拠なので、落ち込む要素は一つもない。


「そうですね、若」


 とはいえ、葛城の優しい声音には非常にイラっとくるのだった。


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