秘密基地と誰にも言えない恋心

紅狐(べにきつね)

秘密基地で出会った彼女

 ほとんど人が来なくなった神社。

自宅から少し離れたところにある神社には、俺の秘密基地があった。


 階段を上り、神社の裏にある獣道を通り抜けた先にある小さな小屋。

誰も使わなくなり、草木が生えうっそうとしている。


 親と口論となり、家を飛び出した俺は日も暮れそうな時間にここにやってきた。

小学校三年生の時にたまたま見つけた俺だけの場所。


 ゴールデンウィークに毎日遊んでいた俺は、学校の課題を何もしなかった。

休み明け、先生に呼び出され、親にも連絡がいった。

そして、その件で俺は親と口論となり、ランドセルを放り投げ秘密基地に来た。


 長い時間をかけ、秘密基地を改造し居心地の良い基地になった。

中古屋さんでライトや棚を買い、少しづつものを増やしていった。


 お小遣いで缶詰も買い、一晩くらいだったらここで過ごすことができるだろう。

俺の、俺だけの秘密基地だった。


 そう、こいつが突然現れるまでは。


「何しているの?」


 扉を開け入ってきたのは優奈(ゆうな)。

俺と同じ年の女の子だ。俺がこっそりとここに来るのをたまたま見かけて後をついてきたらしい。

同じ年だが学校は違うようで、俺が秘密基地にいるときにたまに会うようになった。


「別に。お前こそなんでここにいるんだよ」

「たまたま。家に帰ろうとしたら、樹(いつき)が見えたから来てみた」


 お互いに年と名前くらいしか知らない、ここだけの関係。

何をするわけでもなく、お互いにただ時間をつぶしていた。


「早く帰れよ、もう日が暮れるぞ」

「樹も帰れば? あなただって帰るんでしょ?」

「俺は帰らない。親と、喧嘩した……」


 ことの経緯を優奈にはなすと、優奈は最後まで聞いてくれた。


「……全部あんたが悪いじゃん。なにすねてるの?」

「すねてねーよ。だって……」

「だってじゃない。お母さん、心配するよ」

「心配なんかしねーよ、俺なんてあの家からいなくなったって……」


──パシーン


 頬に痛みが走る。


「何すんだよ!」

「まだまだ子供ね。親の気持ちも知らないで。ほら、途中まで一緒に帰ってあげるから、帰ろ?」

「俺と同じ年のクセに、なに年上ぶってんだよ」

「数か月だけど私の方が年上。お姉さんなんだけど?」


 心の中でモヤモヤした気持ちが少しだけなくなり、俺は彼女のに手を引かれ帰る。


「優奈さ、学校どこなの?」

「……それは聞かない約束。秘密基地ではお互いの事は詮索しない」


 俺の秘密基地だったのに、優奈があとから来たのに……。


「俺の秘密基地……」

「俺たちの、でしょ?」

「お前があとから来たんだろ?」

「あら? 樹が来る前から私もあそこに行っていたんだけど?」


 人の出入りした気配があったような、無かったような……。

初めて秘密基地を見つけた時の記憶があいまいで、今更何も言えなくなってしまった。


「……なんで俺にかまうんだ?」

「弟みたいなもんだからね。今日だってこうしないと家に帰れないでしょ?」


 階段を下りながら、夕日の光を浴びる優奈は優しく俺に微笑みかける。

俺の心臓が、少しだけ痛くなった。


「なぁ、今度はいつくるんだ?」

「さぁ? 気が向いたら行くし、向かなかったら行かない」


 俺と優奈は約束をしない。三日連続で会うこともあればひと月会わないこともある。


 俺たちの秘密の約束。

お互いの事を詮索しない、約束をしない、秘密基地の事を誰にも言わない。

俺たちだけの秘密基地、秘密の約束、それが俺にとって、なんだか嬉しかった。


 優奈と出会ってから俺は少しだけ変わった気がする。

学校で嫌なことがあっても、家で嫌なことがあっても、何をどうしたらわからない時でも、何でも優奈には話すことができた。

本音で何でも、そして優奈はいつでも最後まで聞いてくれた。


 そして、小学校六年生になり夏になった。

優奈との付き合いも長くなったが、いまだに住んでいるところも学校も知らない。


「今日は暑いね……」


 優奈は腰まである長い髪をまとめはじめ、ポニーテールにした。

その姿を横目で見ていると、優奈と視線が重なる。


「何見てるの?」

「いや、髪長いなーって。やっぱり長いと暑いのか?」

「それなりにね。でも、髪の毛が長い方が女の子っぽくない?」

「そうかもしれないけど……」


 季節は夏。この秘密基地には冷房がない。

俺は手に持っていた下敷きで優奈を仰ぐ。


「はぁ~、少しだけ涼しい。ねぇ、樹。扇風機買わない?」

「は? どうやって動かすんだよ」

「電池で動くやつ」


 物は多少増えているが、優奈が買ってきたものは一個もない。

お金、あまり持ってないのかな?


 俺たちは暑さに負け、近くの駄菓子屋でアイスを買う。

買ったのは俺で、半分を優奈に渡す。


「一つで二本はお得だね」

「俺が買ったんだけどな」

「ごちそうさまです」


 優奈は笑顔で答える。


「あのさ、今度夏祭りがあるだろ? その、一緒に──」

「いけない。お祭りには行けない。ごめんね」


 即答だった。そっか、そうだよな。俺たちの関係って、そんなもんなんだよな。

あの日から俺は秘密基地に行く回数が減った。なんとなく優奈に会うのが気まずい。


 ◆ ◆ ◆


 秘密基地に行かなくなって数週間。

学校帰りの夕立で俺は慌てて秘密基地に行く。

そこには雨に濡れた優奈も座っていた


「久しぶり」

「お、おぅ……」


 濡れた服をふきながら優奈は髪を握っている。


「すごい夕立だね、タオル使う?」

「用意がいいな。サンキュ」


 タオルを借りて頭と体をふく。

自然を優奈を目で追ってしまうのはしょうがない。


「優奈さ、学校帰り? ランドセルは?」


 この時間、学校帰りだと思うけど優奈はランドセルを持っていない。

小さなバッグを持っているだけだ。


「……詮索はしない約束」

「悪い……」


 以前から不思議に思っていた。

優奈がここに来るタイミング、まるで俺が来るのを知っているかのようだ。

そして、ここ以外で会うことを絶対にしない。

他の人に話してはダメ、住んでいるところも学校もわからない。

一体彼女は何者なんだ? 俺の中に一つの疑問がわいてしまった。


「樹さ、これからどうするか考えてる? 将来の事とか」

「将来の事?」


 正直俺は何も考えていない。今が楽しければそれでいい。

中学校も近くてよいし、高校もいけるところだったらどこでもいい。


「そ。私さ、中学の受験する事になったの。家庭教師もつけててさ。たまに嫌になってここに逃げてきたんだ」

「ふーん」

「樹を見ていると、自由でいいなって。でも、私は何のために受験するんだろうって考えてたの」

「何か答えでもでた?」

「わからない。でも、自分で選べる選択肢を増やしていきたい。それが、中学の受験で広がるなら、少しだけ頑張ってみようかなって」

「そっか。じゃぁ、受験頑張れよ」


 優奈が俺の手を握り、真剣な目で話し始めた。


「樹。一緒に受験しない?」

「は?」

「今までお互いの詮索はしないようにしていた。中学になったら樹と友達になって、もっといろいろなところで遊びに行きたい。お祭りにも、花火にも」


 今までずっと知らなかった優奈の事。どうしてそれを話したのかはわからない。

でも──


「受験ね……。まぁ、いけたら行くよ」

「樹と中学校で会いたい」


 そう言うと優奈は俺の耳元で一言ささやいて先に帰ってしまった。


『未来で会いましょ』


 秘密基地から家に帰るとき、空には大きな虹が見えた。

俺の未来は、どうなっているんだろう……。


 それから俺は両親に受験の事を話し、毎日勉強の日々が続いた。

受験する中学は優奈が言っていた中学。難易度は高い。


 そして、あの日から優奈に会うことはなかった。

きっと、家庭教師に缶詰めにされているに違いない。


 何でも話せて、何でも聞いてくれて、励ましてくれた優奈には会えない。

でも、中学になったら会える。そんな気がしていた。


 会いたい、もう一度会いたい。

もし、会えたら今の想いを全部伝えたい。

たとえそれが俺の未来を左右することになっても、俺の想いはきっと変わらないだろう。


 秘密基地にも行く回数が減り、ほとんど行くことはなくなった。

詮索しない、誰にも言わない、約束しない。

俺は優奈ことを誰にも言うことなく、受験の日を迎えた。



 ◆ ◆ ◆


 春。桜の花びらが舞い踊る季節に俺は一人の女の子と出会った。


「優奈?」


 セーラー服を着た優奈に出会ったのだ。


「優奈! 俺、ここに来たぞ! お前に──」

「誰?」


 俺の心臓は爆発しそうになった。

どう見ても優奈だ。少しだけ雰囲気が違うけど、間違いなく優奈。


「優奈、だよな?」

「優奈? 私は高野真奈(たかのまな)。優奈ってどちら様?」


 そんなバカな、どうして……。

隣の席になった高野真奈さんは、俺に対してあたりが強い。

まぁ、初日にあんなことをしたから当たり前か……。


 でも、それがきっかけで彼女とよく話をするようになった。

優奈の事をいろいろと聞かれたけど、濁しながら話した。


 中学も一年、二年と季節は廻ったが一度も優奈に会うことはなかった。

何のために、俺ははこの学校に来たんだ……。


 昔を少しだけ思い出した俺は秘密基地にやってきた。

そこには昔と変わらない秘密基地が残っていた。


 秘密基地はボロボロになっており、あの日から誰も来ていないようだった。

かろうじて残っていた屋根に壁、そして隠しておいた木箱が残っている。


 俺と優奈の宝箱。一体何を入れたんだっけ?

箱を開けるとそこにはぼろいノートがあり、優奈の文字で日記が書かれていた。


 俺と初めて会った時の事、俺が落ち込んでいた時の事、悩んでいた時の事。

嬉しかった時、寂しかった時、楽しかった時、そのすべてがここに記されていた。


「優奈……」


 もう一度会いたい、でも二度と会えないような気がしてしまった。

俺は手に持った日記帳をカバンに入れ、持ち帰る。


 初めて優奈に会った日の事、今でも忘れない。

そして、この先も忘れることはないだろう。


 月日が流れ、俺も結婚し一人の子供を授かった。

今でも大切に持っている宝物、一冊のノート。


 俺の愛娘が見覚えのあるノートを手に持ち、やってくる。


「このノートに書かれているのパパ?」

「秘密。どうしてそんなことを聞くんだい?」

「この優奈って、私と同じ名前。樹ってきっとパパの事だと思うの」

「それで?」

「私、パパが子供の時に会ったことあるんだよ、夢の中で」


 娘の話を聞き、昔を思い出す。


「あなた、優奈と何を話しているの?」

「真奈、優奈が僕の子供の頃に会ったって言うんだ。面白いだろ?」

「あら、面白そうな話。私にも聞かせて」


 ノートを開きながら、娘の優奈は話し始める。


 夢の中で秘密基地に行ったこと。

そして、男の子と遊んだこと。その子と秘密を持ったこと。


「──って夢なの。でも、最近見なくなった。なんでだろ?」

「優奈はもうすぐ六年生よね? この先どうするか、考えているの?」

「もちろん。私はパパとママが通った学校に進学するよ」


 きっと、優奈の夢は叶うだろう。

僕よりもしっかりとした子だ。でも、あの時に会った優奈には二度と会えない。

あの時、誰にも言えなかったけど、僕は優奈に恋をしていたのかもしれない。


『未来で会いましょ』


 きっと、彼女は僕の気持ちを知っていたんだと思う。

だから、僕の未来を、選択肢をたくさんくれたんだ。


 その一つの選択に、真奈と優奈が、僕の家族がいる。

あの時会った彼女に、僕は未来をもらった。


 未来は自分の手でつかみ取るもの。

僕は優奈に未来をもらった。




──ねぇ、パパ。秘密基地一緒に作ろうよ。きっと楽しいよ……

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秘密基地と誰にも言えない恋心 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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