第50話 理知と鮮やかさを結い加える⑱

 こうしてオレは翌日。田池探偵事務所に向かうことになって、閑谷が正式に雫井プロダクションという芸能事務所に所属することになること、ブームに沿った形で探偵に扮したキャラクターを主軸にしてデビューすることを聴かされ、老婆と男性は横領した人物と密談を交わしたらしい。そのあとのことは流石に守秘義務で、結末は分からないままだが、悪い話にはなっていないみたいだ。


 また。閑谷がタレントとしてデビューするのは既定路線というか、これだけの注目度を誇ってしまえば芸能人と大差ないし、身元もほとんど判明しているから一般人のままだとしても息苦しさを感じるだろうし、知名度もあるから危害を加えられる蓋然性も跳ね上がる。家族や高校だけじゃ限界があるし、いっそ芸能界という世間に対する影響力が絶大な社会に守られる方が安全だ。


 そして何故オレが呼び出されたのかというと、閑谷曰くオレには推理力というか柔軟な思考回路を有しているからと、田池さんに探偵事務所へ通うように進言したらしい。

 田池さんもこの前の一件を聴いた上で、閑谷が言うならとアルバイトのような形式でならと容認したようだ。

 そしてその田池さんと、事情を把握した雫井プロダクションからの唯一の条件があって、高校での閑谷の監視もとい閑谷の補佐役を務めて欲しい、と言うものだった。


 田池さんの意向は、高校での姪っ子への守護を強化でき、同時に芸能人となった後も最低でも同級生一人との関係性を築け、閑谷の学校での孤立を防げること。

 雫井プロダクションの意向は、閑谷が注目を浴びた一件に大きく関与したオレへの情報統制と、芸能事務所の性質でもあるが定期的な所属内外タレントへの身辺調査や、現場やプライベートで事件に巻き込まれることも珍しくないので、田池探偵事務所との信頼関係を深めたいらしく、そのパイプとして閑谷が勧め、田池探偵事務所に属する予定のオレまで雫井プロダクションの関係者として扱うことを是認したかららしい。


 ただ最終的な帰結はオレの一存だった。でも答えはすぐに決まっていて、その場で迷わず首肯した。瞬く間もなく閑谷がありがとう、と飛びっきりの笑みを浮かべたのが印象的で、きっと生涯忘れることはない。


 それが現在に於けるタレント探偵の原初。

 オレと閑谷の不思議な信頼関係。

 ちょうどオレの眼前でファンレターを読んでいる閑谷が座る席での通じ合い。つまりはここで、タレント探偵としての取り決めが施行されたといっても過言じゃない。


 そういえば結局。閑谷に遠慮したり、閑谷のタレント活動に関する慌ただしさで感謝の言葉を伝えていなかったと気付く。

 手紙を閉じた閑谷がしみじみと息を吐く。その温暖な目元が、いつかの棒立ちして眺めるだけのオレを流し見て、柔らかく微笑む。

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