第49話 理知と鮮やかさを結い加える⑰

 クラスメートを含め、閑谷は多忙で学校に登校して来る時間を作れないんだと分かっていたみたいだ。だって名前と通う高校を知られてしまっている上に、これほど世間から注目されていたら、普通に外出することさえ困難だと誰もが想像しやすい。

 きっとみんな、閑谷にまた逢えるのはある程度ほとぼりが冷めたあとだと思っていた。オレも同様に考えていた気がする……あの日、ぼんやりとしているうちに終わった校外学習の翌日までは。


「……はい」

『あっ、吉永さんのお宅でしょうか?』


 オレの自宅の固定電話に掛けられた知らない番号。

 物腰が柔らかな機械越しの女性の声。


「そうですけど」

『えっと……吉永の結理くんに代わって貰えますかね?』

「自分ですけど……」

『あっ、吉永? 私、閑谷です』

「えっ、閑谷……ほんとうに?」


 オレがそう訊き返すと微かに篭った笑い声が聴こえる。それは遠回しに本当だよ、と言われたような気がした。

 電話越しの声は実際の本人の声質とは異なり、予め設定された声質に近しい音域を媒介した声だったはずだけど、こうして対面せず話すと、閑谷って意外と大人びた口調と間合いがあるんだなとしみじみ感じる。


『うん。いま政光さん……えーと、田池さんって言った方がいいかな? 吉永が大変なことになってたときにいた親戚の人ね。あの人の仕事場から電話を掛けてるんだ』

「というかなんで電話番号を知ってるんだ。教えてないはずだろ……まさかウチの電話番号を探ったとか?」

『あー……間違ってはないかな? でも固定電話の番号って簡単に割り出せるらしいから、多分だけどここら一帯の苗字と電話番号が紐付いたデータはあるみたい。すぐ教えてくれたし』

「……そうかもしれないけどプライバシーというか、いきなり電話を掛けられると心臓に悪いというか……いやまあ、そんなのはいい……体調とかは、大丈夫か?」

『うん、すこぶる快調だよ——』


 電話の向こうで閑谷が頷いているだろう。

 受話器から透き通る声が遠ざかった。


『——久しぶりだね、連休を挟んでまだ一週間学校に行ってないだけなんだけどねー』

「なんか……大変なことになったな」

『ああそうだねー。私も最初の三日ぐらい全然気が付かなくてさー……まさかテレビにまで紹介されてるとは思わなかったよ』

「……うん。それでこんな急に電話を掛けてきて何の用だよ? もう晩御飯とかにしてもおかしくない時間帯だし……——」


 オレは話題を切り替えるように本筋に戻す。現状の閑谷について電話越しだと分からないけど、こんなにも世間から騒がれるキッカケを作ったのは間違いなくオレだ。いや、オレのせいか? それはとにかく。確かに驚きはしたが、閑谷とまた喋ることが出来るのは素直に嬉しい。別に深い意味なんでないけど、高校をしばらく休んでいる上に、また登校してくる見通しも立たないから。

 あとはちょっとだけ、助けて貰ったヒロインに労われたような感覚だ。まあ大変なのは閑谷の方だけれど。


『——あっそうだ! 吉永さ。都合の取れる時間とかある?』

「ん? 学校がある時間以外なら基本いつでも大丈夫だけど、なんで?」


 平日は自宅から高校を往復するだけ。

 休日は部屋に篭っているだけ。

 特に課外活動とか、寄り道とか、習い事もないから余暇なら無駄にある。


『えっとね、今後のことを吉永と直接話したくてね。それで一度、田池探偵事務所に来られないかなって。ここなら他に迷惑は掛からないし、色々と受け取った資料とも照らし合わせながら円滑に進められるからさ』

「今後のこと……探偵事務所……資料。なんか、いきなり情報量が詰め込まれているんだが……どうなってるんだ?」

『うーん……実は私も完全に把握出来ている訳じゃないんだよね。でも端的に言うと契約書や誓約書にマニュアル、とにかく口外しちゃダメなモノも含まれていて、それを吉永にも共有しようみたいな感じかな?』

「……そんなもの、どうしてオレなんかに。余計に訳が分からん」


 高校生の女の子から、よもや契約書なんて堅苦しい単語が飛び出して来るとは思ってもいなかった。ただその内容に関する大まかな予想は、テレビやらサイトやらに表示される報道から察することは叶う。

 でもそれをオレに伝えようとする理由までは、皆目理解出来ない。


『んーまあとりあえずややこしいから一回、吉永に来て欲しいかな。ついでにこの前の一件の続報も教えられると思うし』

「……分かった。なら、明日とか大丈夫?」

『うん。明日なら私も時間あるんだ』

「そう……あっでも、場所知らないんだけど、もしかして遠いのかな?」


 続報というのは、老婆と男性についてだろう。探偵事務所や興信所を勧めていたし、なんらかの進展があってもおかしくない。

 そして閑谷に時間があるという発言に、少し胸を撫で下ろす。勝手な想像だけどずっとマスコミやらジャーナリストやらに付け回されて、各所対応にも追われている気がしていたから、ちゃんと休日があることが何よりというか、ゆっくり休んで欲しい。


『場所はねー、高校へ通うのにバスを使っているなら分かりやすいんだけど、バス停付近にある喫茶店の看板を目印に、その奥に細い通路が……——』

「——ええっ、と、ちょっと待って。バス停付近の喫茶店の看板……ってことはあの辺か……」


 閑谷の言葉の要点をピックアップしながら、電話親機の台座に一緒に置いてあるメモとペンを適当に取って走り書きする。

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