第21話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑱

 申告する情報過多のせいか、話し慣れない相手のせいか。推理論の流れが止まると、すぐに答え合わせを試みたくなるくらいの不安に包まれる。寧ろ暗澹と表現しても良い。

 

 それはいつも閑谷が担って来た役割。いやいつもと言うほど頻繁ではないけど、世間が創造したタレント探偵のイメージを守るため、彼女と交流した人物に幸あらんと願うため、といったところだろうか……もっとシンプルになことを言うと純粋に困っている人を見ると放っておけない性分なだけなのかもしれない。オレはまだ閑谷の全てを理解した訳ではないから、ほとゆど憶測の域を出ないけど。


 とどのつまり。彼女の代替は想像以上に荷が重くて、油断すると……大袈裟な表現かもしれないが推理がブレてしまいそうになる。


「最初からおかしかったんですよ。物が倒れたくらい、それこそ偶然で済ませられるはずなんだから。なのに白砂 朱里さん、貴女はオレにヘイトを向けた。その理由は幾つか考えられますが……まずはオレの存在が気に入らなかった場合。芸能人でも関係者でもないから、もしくは女性が多いスタジオに男を入れたくなかったからと排除しようとしたのなら、オレにとっては大変理不尽ですが、男性嫌悪の理屈としては分からなくもない——」


 ここはあくまで消滅した仮説に過ぎない。白砂 朱里は別に特定の性別や立場で格差を作りたがるタイプではないと別件を調べている途中や、今日の振る舞いでそうだと思う。 


「——ただ実際には閑谷が頼み込んで、オレが付き添うことになったのを知った上で認めたはずです。だってオレは初対面で名乗ってもいないのに、貴女はすぐにフルネームを言いました。名前的に女の人と勘違いしたケースもあると思いますが、それならもっと疑問形で訊ねてくるはずです。なのに貴女は、吉永 結理は君だと決め付けたように、オレに声を掛けて来ました。恐らくは雫井さんとやりとりをしたときに、少なくとも名前と性別は紐付けて知っていた。ならばこの理由は弾けますよね? だって……その場で貴女が、オレへの拒絶を示すだけで良いのだから——」


 そう述べると、白砂 朱里が僅かに頷いている姿が映る。だけどその所作のみで、まだ口を挟んでくる気配は誰にもないようだ。オレは急かされるみたく更に続けていく。


「——他には貴女がなんらかの自己保身も働いたというのもあり得ますが、怪我をひた隠すつもりも無いし、仮に衣装が破れたり、アクセサリーが壊れてしまっても貴女の責任じゃないのは明白なので……気に病んでもオレを責め立てるのは余計でしかないでしょう。完全否定は出来かねますが、限りなく薄いと思います。となると消去法で導き出されるものは、白砂 朱里が親しい誰かを守るために、わざわざオレに適当な罪を着せようとして、問い詰めるべき事件をすり替えた……というのが、貴女がしたかったことなんじゃないですか——」


無言の視線でオレは白砂 朱里に問う。正確にはそのつもりだ。だけど彼女は変わらず沈黙を貫いてしまった。居た堪れなくて更に理由付けをする。


「——ちなみに泉田さんを含まずオレだけなのは、疑われて一番ダメージが無い人物だからでしょうかね? 他は全員芸能関係者、同業同士で軋轢を生むと今後に響くからオレを選んだ……ただ、泉田さんが食い下がってきたのは予想外だったみたいですけどね。オレが居なければそうですね……そこに居なかった製作業者はどこだ、なんて喚いていたのではないですか? まあ、天秤に掛けて効果的なのはオレというだけの理由でしょう」


 憶測の部分も多寡がある。推理や推察なんて言うと格好が付くが、曖昧な疑問形態をパッションで誤魔化しているだけだ。だけどオレにのみ詰め寄る意味を考察すると、白砂 朱里が無作為に容疑の先端を向けたのではないことは行動原理により容易に判別可能。


 ほとんど同じ場所に居た泉田さんを疑わないのは不自然で、そもそも誰かを疑う時点でおかしい。白砂 朱里がやったことは非合理極まりない行為でしかない。利点がない。


「ふーん。私が誰かを守るため、ね……。それが吉永君は桜子だというのね?」

「はい」

「なら。それは何故なのかまで説明が付くのかしら? 私はアマガミのモデルで、桜子は雫井のスタッフ。実質関連会社だから一緒に仕事をすることはあっても、私が怪我をしているのに守るほどの相手ではないと思うけど、根拠はどこにあるの?」

「その……また、長々と話すことに——」

「——構わないわ、続けなさい」


 オレの推定でしかない誰かを守るという、あくまで考察の一つを白砂 朱里は否定しなかった。それは逆説的に肯定と同義ではあるけど敢えて指摘しなかったが、このまま進めても問題はないだろう。

 それが咄嗟のこととはいえ、正しい判断だったかと問われたら、おそらく違う。結果として不要な争いを無意味に増やした、それでも擁護したかった里野さんとの交友。


 里野さんが白砂 朱里に対して起こした事件……いや、あのスタジオでの出来事は全部、事件なんて用語は過大表現だ。

 白砂 朱里が主な被害を受け、オレが加害者と指差され、泉田さんとの口論、タレント探偵である閑谷の立ち回りのせいで誇張されているけど、本来なら普通に事故やトラブルとして対処するべきだ。


 オレが疑われたままであっても犯罪者になることはなかっただろうし、損害の弁償をさせるにも証拠がなかった。せいぜい対立した白砂 朱里のスタジオを出禁になっていた程度で済んだのではないだろうか。


 閑谷と里野さんは未だ沈黙を貫く。

 鼻腔の刺激もあまり気にならなくなった。

 ここから、二人の接点に踏み込む。

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