第14話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑪

 暗幕のような平坦な舞台に一人。既に授けられた推理の披露をいまか今かと待ちわびる、探偵姿をした閑谷が屹立する。


「どうしたの鮮加、私のインタビューよりも先に言っておきたいことがあるって」


 そこにマネージャーらしきラフな格好の女性の右肩を借りて白砂 朱里がくじいた左足をりながらやって来る。その膝には地肌の色合いと遜色ない四角形の絆創膏、そして足首にはテーピングを巻いている。オレに詰め寄ろうとしたときは足首の方は何とも無さそうだった。

 我慢をしていたのか、アドレナリンの過剰分泌で痛覚が麻痺していたのか不明だけど、怪我よりもテーピングの強度の影響で歩き難いという理由ならと願ってやまない。


 そんな白砂 朱里の後へ続くように、各種管轄のスタッフ、インタビュアーのスーツ姿の女性、雫井さんとアマガミエンターテインメントの責任者らしい男性、舌戦を繰り広げていた泉田さんも続々とスタジオに現れる。


 これは各々の別件が終わるタイミングが丁度かち合っていたのもある。けれど足並みを揃えたみたいに帰還したのは、オレと閑谷が、みんなに弁解する時間が欲しいけどどうしたら良いでしょうか、と里野さんに相談を持ち掛けたからだ。


 対して。確かにそれはそうだね、と快諾してくれた上で、現場に居た人集めに協力してくれたおかげ。そんな里野さんは変わらずオレの隣で閑谷を眺望する。こうして完成したのがオレにとって大変心強い味方の、閑谷 鮮加もといタレント探偵による、白砂 朱里の撮影スタジオでのソロステージ。


「皆さんっ。それぞれで忙しい中、私たちの我儘にお付き合い下さりありがとうございます。朱里さん……お怪我は大丈夫ですか?」

「……ええ。二、三日くらいで痛みは取れるそうで大したことはないわ。足を引き摺ってるから酷く映るかもしれないけれど、これはここの医療係が大袈裟で、テーピングで強く締め付けられて可動域が狭いだけだから、鮮加が気にすることはないわ」

「朱里、ちょっと!」


 そう言うと白砂 朱里は患部である左足をこれ見よがしと上下に振るう。日頃から体幹を鍛えているのか、全くもって体軸がぶれていなくて普通に凄いと思う。負傷してもなお、モデルとしての在り方を貫く。

 即座にマネージャーから制止されて辞めたけど、様相ほどの疼痛とうつうはないらしい。


「ねっ? 私は大丈夫よ。それよりも鮮加、話したいこと……多分、吉永君のことだよね?」

「はい。朱里さんの意見と反対になってしまいますが、率直に言うと私は、吉永が故意に、誤って、そのどちらでも無いと思っています」

「……なるほど。私も美晴とばかり平行線で、消化不良のままだったから丁度良いね——」


 白砂 朱里は腕を添えるように組み、不敵な笑みを浮かべながら閑谷を見詰める。対する閑谷は自前のハンチング帽を被り直し、横髪を束ねた三つ編みを払い除ける。


 先程までのただ憧憬を向けるだけの閑谷はどこにも居なくて、カリスマ性を帯びたモデルによる沈黙の威圧と拮抗する。タレント性に裏付けられた探偵による厳粛の看視が、一直線上で火花を散らす。


 いや実際に火の粉が散乱している訳じゃなくて、オレの身勝手な暗喩でしかない。けれど簡単に例えるなら、この二人を敵に回したくはないなと心底感じたせいだろう。

 美麗な荊棘けいきょくは、畏怖する間も無く襲う。


「——それがタレント探偵としての装いかしらね? お世辞に聴こえるかもしれないけど、とても似合ってるわ」

「……それは嬉しいです。でも今は、吉永の疑惑をみんなに晴らす方が先なので、早速質問良いでしょうか?」


 もったい無い言葉だと襟を正しつつも、閑谷は粛々と訊ねる。


「ええ」

「それとあとは……泉田 美晴さん、にもお願いしたいですが……——」

「——当然。タレント探偵はウチと同じ意見やし、協力せんはずがないよ……ついでに、ずっとおかしなことを言う朱里の目を醒させんとあかんしな」


 騒ぎを起こしたことに遠慮してか、スタッフさんたちよりも後方に控えていた泉田さんが閑谷の要請に応えようと前進する。そして堂々と白砂 朱里の真横を陣取り、なんだか哀れむような一瞥をかます。

 それは対立していた口撃の残滓なのか、はたまた挫傷らしき怪我を負ってしまった仲間ないし好敵手を心配しているのか。泉田さんの心が読めるはずがないから分からないけど、どちらにせよ白砂 朱里のことを気にしての行為だと思う。


 やはり里野さんが言っていた通り、二人が元々仲違いをしていたのは無さそうだ。そうじゃなければ泉田さんが目を醒させるとか告げないだろうし、口論時に白砂 朱里が泉田さんのことをお人好しと称したりするのも、加害者として塗る相手もオレじゃなく泉田さんにしただろうから、本当に険悪な関係なら考え難い。

 普段の二人をオレは知る由もない。

 けれどティーンズのカリスマモデルと、年上で駆け出しの預かりモデルが対等に言い争い合える間柄は、とりあえず信じてみても良い気がしている。


「では準備が出来ましたね。これからお二人の主張、皆さんの目撃情報、現場の状況から察し、僭越ながらタレント探偵と呼ばれているこの私が、吉永の代理として公平に推理を披露させて頂きます」


 そんな閑谷の宣言に殆どの人は唖然とした最中、オレは黙したまま閑谷を支持する。

 決めポーズもない、常套句もない、オールドスタイルの探偵姿の真似を纏う。愛らしくも凛々しい秀麗なタレント探偵を演じる。

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