第4話 元オタサーの姫、取り巻き2号の相談に乗る

「まずさあ、土田は優しすぎるわけ」

 土田の話を聞いて、こいつは学生時代から変わらないなと思う。

「はぁ……」

「いつもそうだった。私が困る前にノート貸してくれたり、私がぼっちで学食いると話しかけてくれたり」

「えっ、土田、ヤマダに対してそんなだったの」

 広野が驚いたように言う。

「そうだよ。広野がコンプレックスこじらせて私をにらんでる間、土田はとーっても優しかった」

「まじかー、そりゃ俺も報われないわけだわ」

「私について広野が報われることは未来永劫ないから安心して」

「ひでぇ言い方だな」

 土田はジョッキを置いて、はぁ、とため息をつく。

「……恥ずかしながら認めざるを得ない。でもそれはその頃ヤマダに好意を持ってたからであって」

「でもさぁ、私に好意があろうがなかろうが、土田はみんなに対して優しかったと思う。真里まりが『土田くんって優しいよね』って言ってたし」

 私は今でも付き合いのある石井いしい真里まりが言っていたことを思い出す。真里は、数少ない同性の、大学からの友達だ。私は院卒で、修士修了で就職したけれど、真里は大卒で就職している。真里とは専攻が違ったけれど、大学一、二年の頃は同じ教養科目をとっていることも多かった。真里は今機械メーカーに勤めているけれど、出産して育休中なのでよく連絡が来る。

「え、真里ってえーと……石井さんだっけ? そんなこと言ってたんだ」

「俺の記憶にはあんまりないな。……背高くて結構男っぽい格好してた子かな?」

「そうそう、ぱっと見のイメージはだいぶ私と違ったかもしれない」

 女子校育ちでそれまでの私服もスカートが多かった私は、あまりジーンズやパンツスタイルに慣れていなくて、大学に入ってもスカートばかりはいていたなと思い出す。私は身長が低い方なので、ズボンを買うと裾上げが面倒だったという理由もあった。たまに短めのスカートやキュロットをはくと男子学生が気にしていたような気がする。

 そんな私と対称的に、真里はジーパンにパーカーやTシャツといったラフな格好をしている事が多かった。真里は背が高いし、当時は髪も短くて、そういう服装をしていても様になっていた。

 学校には他にも女の子はいたけれど、真里と似た格好をしている子が多くて、どうしても男子学生の目は私に向いた。

 真里はそれを面白がって「ほら姫様、取り巻きが見てるよ」なんて笑っていた。私を嫌っていたであろう女の子もいたけれど、真里の存在は私の救いになっていた。

「真里は高校時代からの彼氏とずっと付き合って結婚したんだけど、相手がいたからか結構冷静に周りを見てたよ。『土田くんは優香じゃなくても男女別け隔てなく優しいし、見た目も悪くないし、オススメ!』とか言われたこともある」

「まじか……」

 土田はおでこに手を当ててがっくりとした表情をする。

「だからあの頃サシ飲みに誘われてついていった」

「なにそれ聞いてない、新情報」

 広野が目を輝かせたけれど、土田がかわいそうなので詳細は伏せることにする。

「そこで私をモノに出来なかったので今の土田があるわけ。とにかく土田は優しいから女性を勘違いさせやすい」

「はぁ……」

 そうかなぁ、と土田は首をかしげるけれど、おそらくこいつは自覚のない天然女たらしなのだ。

「その新人の子は、多分、土田の面倒見が良くて優しいところに惚れてしまったんだよ。だって土田、今の彼女と真剣に付き合ってるっていってもまだ独身だし、その子がそのことを知らないなら、頑張っちゃうでしょ」

「まぁ確かに、俺のプライベートはほとんどその子に話していないし、話さないようにしてた」

「私から言えることは、もう三十路なんだしさっさと彼女さんと結婚の話を進めたほうが良いと思いますね、くらい。よっぽど頭のおかしい子じゃない限り、『結婚しました!』って公表して左手の薬指に指輪してたら諦めるでしょ」

「たまに諦めずにストーカーになる女もいるぞ」

 茶々を入れてくる広野を遮って私は続ける。

「広野のことは今はどうでもいいから。ところで、そんな状況になって私に相談してくるのは彼女さん的にありなの? 彼女さんに相談しなよ」

 頼られるのは嫌いではない。でも土田が今作ろうとしている未来を壊すようなことはしたくなかった。

「いやだってこれを彼女に相談して彼女ともこじらせたら嫌じゃん。第三者の意見を聞きたいからヤマダに連絡したんだよ。大学の同期と飲んでくるって言ってきたし、広野もいるから大丈夫」

 土田がそう言うと、広野は自信満々に言った。

「ほーら、俺いてよかったじゃん」

「……たまには広野も役に立つことを認めざるを得ない」

「本当にヤマダは俺に辛辣だな」

 私と広野がうるさく言い合っていると、土田は言った。

「ははは、なんというか、大学の頃を思い出すと信じられない光景だよな。俺もそうなんだけど、広野とヤマダがこうして馬鹿みたいに話してるの」

「それはそう。透のおかげ」

 土田は懐かしむように目を細めて顔を上げた。

「三好先輩なぁ……。すごく有望視されてたよな。今も大学にいるんだろ?」

「うん、研究所にいる」

 私が答えると「さすがだな」と土田は続ける。

「あの頃の俺、本当に三好先輩が羨ましかった。みんなヤマダが好きで浮ついてたのに、三好先輩だけは研究に集中してて、それなのにヤマダからアタックして付き合うようになったって言うから」

 土田に同意するように広野が言った。

「わかる。同期連中で玉砕飲み会あったよな。みんなヤマダの名字が自分の名字になったらと妄想していた」

 広野が言っていることは、前にも何度か聞いたことがある。

「その話、聞くたびに気持ち悪くて笑っちゃう」

 私がそう言って笑うと、二人も笑った。

「ヤマダがこういう女だから、みんな、ヤマダのことを今でも『ヤマダ』って言って慕うんだよな」

「本当に」

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