第3話 元オタサーの姫、取り巻き2号と合流する

 私と広野は駅前の安居酒屋に入った。タイミングが良かったのか、運良く三、四人向けの個室に通された。

「ヤマダ最近土田に会った? 俺一年前の小柳こやなぎの結婚式以来だなぁ」

「私もそれ以来。土田が私に連絡してくるなんて珍しい」

「小柳の結婚式、久々に研究室の奴ら全員来たからな。みんな大人になってた」

「そりゃあ私達もアラサーになっちゃったからね」

 私達はちょうど三十歳になる年だ。浪人した小柳は私達より一年年上で、透と同じ歳だけれど、ちゃんと世帯を持っていて、子どもも生まれたという話だったので、まだフラフラしている広野や土田に比べればずいぶんまともに生きている。

「あれ、三好先輩とヤマダが結婚したのいくつのときだっけ、俺らの中で一番早かったのは覚えてるけど結構前だよなぁ」

「二十六の時だよ。あの頃は透がドクター修了してわりとすぐだったから、それまでは先に社会人になってた私が養ってたようなもん」

「はぁ〜、俺もヤマダに養われる人生になりたかった」

「絶対嫌だわ、自分で稼げアホ」


 先にビールを飲みながら広野とそんな馬鹿話をしていると、やっとスーツ姿の土田康彦よしひこがやってきた。

「やぁやぁ、ヤマダも広野も久しぶり、待たせたね」

「おおヨッシーお疲れ、待ってたぞ」

「土田久しぶり。仕事おつかれ」

 土田は「康彦」と書いて「よしひこ」と読ませる少し珍しい名前だ。そのために同期の数人は土田のことを「ヨッシー」と読んでいた。

「なんだ広野もう結構酔ってんじゃん、ヤマダは……全然だな」

「広野がまたやらかして、夕方から酒飲みつつ話聞いてたんだよね」

「ヤマダちゃんはいつも通り全然酔わないわけよ。鉄壁の女」

「流石だよ、そんなヤマダだからこそ信頼できる」

 土田はふふ、と笑った。変わらない柔和な笑みに、学生時代の土田を思い出した。


 土田も私のことが好きだった……たぶん。本当に好きだったのかはわからないけれど、とにかく私と仲良くしよう、隙あらばワンチャン、という気持ちを持っていたのは間違いがない。

 土田の好意はわかりやすくて、一人で学食にいると隣に座って話しかけてきたり、私が授業を休んだ時は、私が動く前に「ヤマダさんノート写す? 貸すよ」と声をかけてくれたりしていた。

 なんというか、土田は大学時代の広野と違ってずいぶん女慣れしていたと思う。あとから聞けば高校時代は彼女がいたらしいし、大学に入ってからはその彼女と遠距離になって別れたという話だった。

 実は、酒が飲める歳になってから、土田に誘われて二人で飲みに行ったことがある。でも私が酔う前に土田が潰れてしまい、酩酊した土田に案内させて、土田のアパートに連れ戻してやった。土田は私を部屋に連れ込みたかったようだったけれど、酔っぱらいの相手をして疲れた私は、途中の自動販売機で買ったポカリスエットを押し付けてさっさと帰った。

 数日後に土田からものすごく謝られたけれど、確かその頃から土田は私のことを「ヤマダさん」ではなく「ヤマダ」と呼ぶようになったし、私も土田と呼び捨てるようになった気がする。


 土田がちんたらしているうちに、私は三好先輩……透と出会ってしまったから、結局土田は「世話になったけど世話もした、仲の良い同期」のままだった。

 私が研究室のみんなに三好先輩と付き合い始めたことを報告したあとで、土田も結構へこんでいたらしい。

 でもすぐに土田から「ヤマダが三好先輩と付き合うことになってちょっと落ち込んだけど、応援するよ」と言われた。私はそんな土田に感謝しているし、土田との友達としての距離がより縮まったようで嬉しかった。

 土田はその後別の誰かと付き合って、別れて、小柳の結婚式の時にはわりと真剣に付き合っている彼女がいるという話をしていた気がする。


「しかし珍しいね、土田が私に相談なんて」

「マジでそう、俺なんかヤマダに相談してばかりいる」

「広野みたいな女たらしとは違うからな。俺にもビール頼んでくれ」

「あ、広野が頼んだやつ来るから飲んでいいよ」

「えー」

「お前はそろそろセーブしとけ。烏龍茶注文しとくわ」

 広野は不服そうだったけれど、結局私と土田がビール、広野が烏龍茶で、改めて三人で乾杯をする。私と広野が会うことになった経緯を話すと、土田はちょっと変な顔をして

「俺も似たような話かもしれないから広野を馬鹿にできないかもしれない」

 なんて言ってきた。

「お〜?」

 広野はニヤニヤ笑っているし、私も聞くのが楽しみになる。

「実はさー、そろそろ今の彼女と結婚するつもりで考えてたんだけど、会社でOJTやってる新卒の女の子がやたら俺に懐いてて困ってるんだよね」

「なにそれ、楽しそうじゃん」

「若い子は勢いあっていいねえ。もしかして、ヤっちゃった?」

「やってないよ!!」

 広野が茶化すと土田は慌てて首を振る。

「とにかくさぁ、めっちゃモーションかけてくるんだよ。こっちはやめてくれって言ってるのに、そうすると『先輩が教えてくれない、って上に言います』とか言ってくる」

「おモテになりますねぇ」

「何やったの土田」

「それがなんにもやってないんだよ、入ったばっかりでまだその子が要領悪かったときに、丁寧に教えたらそうなった」

「さすが土田、天然だなぁ……」

 とりあえず私は、もう一杯ビールを注文した。

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