彼女のモノを盗ったのは。

雨宮悠理

疑惑の体操服

「かえで! 頼むから助けてくれよ」


 とある放課後。顔面蒼白なクラスメイトが何故か僕に泣きついてきていた。


「あのさ、ここ別クラスなんだけど」


 この男、佐久間さくま大輝だいきはC組に所属している。

 かくいう僕はAクラス。そしてここはAクラスの教室だ。


「そんなことはどうだっていいだろ。それにもう放課後なんだから全然問題ないじゃんか。それよか本当に困ってんだよ」


 佐久間と僕は中学から一緒で、なんだかんだで高校も同じになった。

 タイプは違うけれど割と一緒にいることもある。スポーツバカだが、頭もそんなに悪くはない。お調子者だが人望も比較的ある。

 そんな彼の最大の欠点とも呼べるところ、それは


「……だから東雲しののめはるかへの過度な追っかけはやめとけって言っただろ」


 とにかく女子にめっぽう弱いところだった。

 恋愛体質で好きな人が何回変わっているのかはもうわからない。

 そして佐久間が最近熱を上げてきていたのが、この東雲遥。

 学年一可愛いとどこかのサッカー部が豪語していたが、それくらい男子には人気がある。

 そしてこの男もその例に漏れず熱烈アプローチを繰り返して、何度も空振りしていることをよく報告されていた。

 

 そしていまひとりの女子生徒が佐久間の後ろに陣取り冷ややかな視線を落としていた。


「あんたが取ったっていうのは分かってるんだよ。いくら遥のことが好きだからってそれはちょっとやりすぎじゃない?」


「いや、だから俺はやってねえんだって。何回言えば分かってくれんだよ」


「じゃあ、なんで女子更衣室の前にいたわけ?」


「それは何度も言ってるけど、姉ちゃんに体操服貸しに行っただけだって!」


「ふーん。まあ大方、その時にやっちゃったんでしょ。あー、ホント男子ってけがらわしい」


 話が見えるような見えないような、よくわからない感じになっているが、この状況を放って帰るのもなんとなく気まずい。佐久間め、余計なことをしてくれる。


「で、お前はいったい何をやらかしたんだ佐久間よ」


「それがよ……」


「いや、聞いてよ秋坂! この男がね、よりによって東雲さんの体操服を更衣室から盗み出したのよ!」


 佐久間に話を振ったつもりだったが横から割って入った前田さんが、事のあらましを説明してくれた。


「……本当なのか?」


「いや、そんなことするわけねえって! 確かに東雲さんのことを気に入っているのは事実だけどよ。……でもいくらなんでも盗みを働いたりはしねえよ!」


 佐久間の表情からも必死さはみてとれた。

 確かにお調子者なのは確かだが、盗みを働くような奴では無いと思ってる。

 真偽のほどは確かめる必要がありそうだが。


「で、その体操服はまだ見つかっていないのか?」


「うーん、その体操服なんだけど実はもう東雲さんが持ってるの」


「……ん? 体操服は盗まれたんじゃなかったのか」


「それがね。体操服は綺麗に畳んでまた東雲さんのロッカーに戻されていたの」


 盗まれたという体操服は既に東雲さんの元へ戻されている?


「ではなぜ佐久間に体操服が、という話になっているのか。教えてもらえる?」


「東雲さんの服がね、ちょっとだったんだけど香水の匂いが付いてたみたいなの」


が。ってことだな」


「そうそう。で、綺麗に畳んであったんだけどどこか使用感があって。不審に思ってあたりの女子に聞き込みしたら、女子更衣室の近くに男子がいたって目撃情報があって」


「……それが佐久間ってわけだな」


「だから俺はちがうんだって!」


 なるほど。誰かが一度東雲さんの体操服を拝借し、なにかしらの利用をしたあとに形跡がばれないように香水で偽装工作したってところか。

 でもそんな偽装工作すぐにバレるに決まってる。つまりは犯人はと判断したに違いない。

 たしか女子の更衣室は校舎から少し離れたところを利用しているはず。

 そんなところを雑な偽装工作しかしていない状態でうろうろする犯人がいるか?


「姉さんに体操服を貸しにいったって話だったな」


「そうなんだよ。姉ちゃんそそっかしいからさ。体操服忘れてきたってんで、俺のを貸しにいったんだよ」


「……そうか」


 女子更衣室のところに近づいたということは事実ということ。

 つまり疑われる理由はあった、ということになる。


「……え、秋坂君?」


 声のした方に視線を移すと、そこには話題の中心人物であるがいた。

 長く艶のある黒髪と整った目鼻立ちの彼女が目を丸くしてこちらを見つめていた。


「あ、遥! なんかね秋坂が佐久間から色々聞き出してくれてるみたいで」


「みく、……もしかして秋坂君に話しちゃったの」


「うん? そうだけど。……なんかまずかった?」


 東雲さんは口に手を当てると陶器のように白い頬にツー、と一筋の涙が伝っていった。


「え、あれ!どうしたの、遥!ダメだったの!?あれ、ごめんね!」


 唐突に涙を流す東雲さんに前田さんはみるからに慌てている。

 そして佐久間はというと、何が起きているのかわからない、といった様子で呆然としていた。

 この件は彼女にとってあまり誰それ構わずに話して欲しくない事だったのかも知れない。

 それもそうだ。自身の服を誰ともわからない人間に何か使用されたなんて事実、知られたくないに決まってる。

 僕自身も下手に首を突っ込んでしまったことは浅はかだったのかも知れないな。


「……ちょっと出ようか」


「……あ、ああ」


 肩を叩いて外に出るよう促すと、呆然としていた佐久間は一度こくりと頷いた。

 

「東雲さんごめんね。知った以上、とりあえずコイツから聞けることは全部聞き出しとくからさ。あと言いふらすことは絶対しないから、そこは信じてほしい」


「……うん、ありがとう。秋坂君。心配かけてごめんね」


 佐久間を連れて廊下に出る。

 自分でもよく分からない罪悪感に駆られた僕は佐久間と前田さんを少し恨んだ。


 ◇◆◇◆◇


「驚いたな。まさか泣き出しちゃうなんて。あれは絶対前田のせいだろ」


「いや、僕に助けを求めてきたお前こそがそもそもの元凶だろうよ」


「だって!あいつら全然俺の話を聞いてくんないから」 


「だとしても、疑われるような事をしているお前が悪い」


 「そんなあ……」と肩を落とす佐久間を尻目に疑惑の体操服事件に思考を巡らせていると、窓の外で校庭を走っている生徒が目に入った。

 見るからに陸上部というわけでは無さそうな生徒がだるそうにトラックを走っている。横には体育教師の郷田が腕を組んで生徒を監視していた。


「……なあ、佐久間。あれって何で走らされてるんだ?」


「あれだろ、持久走練習の補完授業だろ」


「補完?」


「お前、実はあんま話聞いてねえのな。サボったり授業休んだりした奴は放課後に別枠で走らされんだよ。まあ、時代遅れだよな」


 走っている生徒をよくみると対象はどうやらウチの学年だけ、という訳じゃなさそうだった。

 デザインが違う体操服を着ている生徒も走っていて、確かウチは二年生から体操服のデザインが大幅に変わっていたはず。

 つまり違うデザインの体操服を着て走っている彼らは三年生、ということになる。


「なあ。東雲ってもしかして妹いるか?」


 僕の質問に佐久間は「お前、知らねえの?」といかにも知らないなんてあり得ない、といったテンションで続けた。


「東雲モカ。美人姉妹って結構有名だぜ。確か駅前の喫茶で働いてて看板娘になってるはず。B組の片桐なんか、モカちゃん目当てで週三〜四で通ってるってウワサだ」


「お前のその情報量のほうが僕は驚きだけどな」


「いや、てかこれは常識なんだって」


 どの世界の常識なんだよ、と毒づきつつも確かにちょっとウチの学校のことを知らなさすぎだな、とも思う。

 でもしょうがない。僕は

 だからこれは結局のところ仕方のないことだ。

 そして彼女の疑惑についても大方検討がついた。


「よかったな。お前がくれた情報のおかげで疑惑を晴らすことができそうだ」


 ◇◆◇◆◇


 後日。

 僕の席の前には疑惑の体操服事件の関係者が勢揃いしていた。

 東雲、前田、佐久間、そして巻き込まれた僕だ。


「佐久間君、本当にごめんなさい!」


「いやいや、いいってことよ。分かってくれたんなら、全然オッケーよ」


「疑うようなことをしてしまってどうお詫びしたら……」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる東雲。


「というか、謝るとしたらお前だろ前田!人を変態呼ばわりしやがって」


「……ッ!というかそもそも怪しまれるようなことをしてたアンタが悪いんでしょ!」


 おでこがぶつかりそうな距離でガンを飛ばし合う佐久間と前田。


「まあ、解決したから良かったんじゃないか。結局問題は無かったし、佐久間もいちいち気にする奴じゃないから大丈夫さ」


 なだめる僕、といった構図だった。


「まあ、元はと言えばモカちゃんだもんな。一言くらい言っとけばいいのに」


 佐久間が小さくため息をつく。

 事の顛末は非常に単純だった。

 東雲遥の妹のモカ。彼女は体育の持久走練習の際、体操服を忘れたことに気付いた。見学をすることもできたのだが、もし見学となると後日補完授業に出席する必要が出てくる。

 バイトに精を出しているモカは急遽バイトのシフトに穴を空けたく無かった。

 そして考えたのは姉さんのロッカーに入っているであろう体操服を拝借することだった。使用後に一応洗濯をして直していたようだが、どうしても使用者の匂いの痕跡だけは消せなかったようだ。

 一年生と二年生の体操服のデザインはほぼ同じで違っているのは裾に少し入っているラインの色程度だった。代用する分は申し分ないだろう。

 僕の見解を聞いた東雲さんが妹に電話したらすぐに解決した。きっとこれは時間の問題で解決することにはなっていたんじゃないかとも思う。


「でもさすがは秋坂君だよね。話を聞いただけですぐに解決しちゃうんだもん」


「いや、僕は何もしてないよ。きっと東雲さんも最初に動揺しただけですぐに気付いたはずだし」


「……秋坂君、本当にありがとう」


 ぺこりと東雲さんが頭を下げる。

 まだ恥ずかしさが残っているのか頬が少し赤くなっている気がする。

 こうして東雲さんの体操服事件は一件落着、となった。

 真相は単純な結末だったが、本人の心労は決して小さいものではなかっただろう。  

 真犯人が妹で本当に良かったと思う。


「いやー、ほんとありがとなかえで。お前に相談して本当によかったわ」


「まあいいよ。結局お前は犯人じゃ無かったしな」


「だから最初から言ってただろ、俺は違うって。ちゃんと話を聞いてくれたのは楓だけだったわ」


「お前の普段の行いの問題だな」


「うるせーわ!」


 僕たちはお互いの顔を見合って笑う。まあ友人の冤罪えんざいを回避できたことはよかったと思う。


「で、?」


「………………」


「お姉さんの話、嘘だろ。そもそも普通に考えて校舎から離れた更衣室まで持って来させるとは思えないし、まずだろ」


 僕の言葉を聞いた佐久間は、見た事のない表情で、にやりと笑った。


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彼女のモノを盗ったのは。 雨宮悠理 @YuriAmemiya

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