異世界転生してきた勇者がヒモ

夜摘

異世界転生してきた勇者がヒモ

―――――異世界転生。


 現代人である主人公が何かしらをきっかけに、別の世界に転生・生まれ変わり、現世での記憶を残したまま、異世界で世界を救う大冒険をしたりスローライフを楽しんだりと、異世界暮らしをエンジョイする。概ねそんな風なジャンルを指す言葉。

 基本的には主人公が別世界に行って、何かしらの不思議な力や、あるいは自身の特別な知識によって大活躍したり、人気者になったりする…のが定番だろう。

 しかし、私が今、目の当たりにしているのは、いわばその逆。

異世界の人間である"彼"が、現代日本に異世界転生してきてしまったのである。


そして、別に無から飛び出して来た訳ではない。

"転生"なのだ。

すなわち…


「突然、こんなことを言い出してごめん」


 申し訳なさそうにうな垂れる"彼"。

それは異世界からこの世界に転生してきた別世界の勇者様。

正確に言えば""勇者だった記憶を突然に取り戻した"私の幼馴染だった。


「…良いの。大事なことを打ち明けてくれて嬉しいよ。

 …でも、本当にそれは貴方の妄想だとか思い込みだとか、

 働きたくないから適当なことを言ってるって訳じゃないんだよね…?」


 私は恐る恐る確認する。

彼は大切で大事な、家族みたいな幼馴染ではあるが、

何かに思いつめて突然心を病んでしまったのだとしたら、

それは自分にとっても大変に辛いことだ。

 だから、例え前世の記憶を思い出してしまった!なんて突飛なことを突然言い出したとしても、まずちゃんと話を聞いてあげたい…そんな風に思ったのだ。


…とは言え、今、彼は仕事をしていない。

 少し前まではアルバイトをしていたはずなのだが、それももう辞めてしまっている。

理由は、人間関係に疲れてしまった…だっただろうか。

そう言うこともあるだろう…。

バイトはまた探せばいい。無理をしてまで一つの場所に拘る事はない。

 それに、本当にやりたいことを見つけるまでの繋ぎのようなものだというなら、

なおさら、それで心や身体を病んでしまうのは良くないと私も思う。

…とは言え、本音を言えば、こちらとしてはそろそろ次の仕事を探して来てくれてもいいんじゃないかな?とは正直思っている。

思ってはいる…が、気を使って言い出せないでいる。


「…そう、あっちの世界で俺は勇者で…魔物を生み出して世界を滅ぼそうとしている魔王と戦わなくちゃいけなくて…」

「うんうん…、えっと…そのあっちの世界ではなんて国に住んでたの?」

「…えーと……ピュアラルだ…」


なんだかちょっとだけ似たような国の名前が出てくるゲームを知ってる気がするし、そのまんまグミの名前のような気もするけどきっと偶然だろう。

私はそんな感じで彼の故郷のことを聞いていくことにした。

そうすることで彼を理解することが出来るかも知れないから。


「王様の名前とかは覚えてる?」

「ピュアラル2世…」

「……いや、フルネームで…。」

「…わかんない…。ただ王様って呼んでたし…」

「…………」

「いや、だってさ、俺この世界の総理大臣の名前も覚えてないし。そんなもんだよ」

「そうだよね…」


しばしの沈黙。

そんなものかな?

そんなものかも…。私は気を取り直す。


「じゃあ、魔王ってどういうやつなの?」

「いや、まだ会った事ないし、こっちみたいにテレビとかがあるわけでもないからさ…そこまでは情報がまだないんだよね」

「…わかんないものを倒しに行くの?」

「…うん」

「………」

「…あ、いや、でも地図とかは渡されたよ。アフレガルドって地下世界があってさ。そこに魔王城があるからそこを目指さなくちゃいけないんだ。」


 私は眩暈がした。惜しいような惜しくないような。

やっぱり似たような名前の街が出てくるゲームを知っていた。

ただ、アフレじゃないんだよ。溢れてないんだわ。

設定をパクるならせめて間違えちゃダメだよ。

私はイライラしてきた。

…けれど、それを表に出したら彼を傷つけてしまうかもしれない。

私は出来るだけ優しい口調で彼への問いかけを続ける。


「…それでね、幼馴染くん。これは大事なことなんだけど…」

「?」

「幼馴染くんが勇者様の生まれ変わりってことは信じるよ。でもね」


 私の「信じる」との言葉に、彼が嬉しそうに顔を上げる。


「それはそれとして、いつまでもこのままじゃいけないと思うの」

「え?」

「この世界には魔王はいないし、幼馴染くんは勇者じゃない。

 …だから、それはそれとして、この世界でどうやって生きていくかが大事だと思うんだよね」


 私の言葉に、今度は露骨にガッカリした様子で、がっくりと項垂れてしまった。


「…お前もわかってくれないんだな…」

「……幼馴染くん…!私、ちゃんとわかってるよ。」

「いや、わかってないよ!俺は勇者なんだ!こんなところにいちゃいけない…!早くあっちの世界に行く手段を見つけて、世界を救うための旅を続けなきゃいけないんだ」

「…救いに行く気はあるんだ…」

「当たり前だろ!俺は勇者なんだ…!!こんな世界でバイトなんかしてる場合じゃない。そうだろう?」


そうだろう?ではない。

 いつまでも親の脛をかじってる場合じゃないんだよ????


「幼馴染くん…」

「他の誰にも分って貰えなくてもいい…。でもお前にだけはわかって欲しくて話したのに…」

「……ねぇ、幼馴染くんはこれからどうするの?そうは言うけど、あっちの世界に行く手段なんて…わからないんだよね?」

「…ああ。だから、それを探すためにも働いてる暇がないんだ」

「…………」

「……だから頼む。これからお前にも俺を助けて欲しい」


 私の手をぎゅっと握りしめ、情熱的な瞳で私を見つめてくる。 

 ――――――ああ、出来たらこんな場面じゃなくて、もっとロマンチックな話題とかでこういう状況になって欲しかったような…そうでもないような…。


「…幼馴染くん……。…いえ、勇者くん…」


 私が彼の手を握り返しながらそう呼び直すと彼の瞳が輝いた。


「…!!」

「貴方が異世界の勇者様だとしても、私にとってあなたは大事な幼馴染だよ。

 私、あなたが困っているなら、あなたの為に出来折ることはなんだってしてあげたいと思ってる」

「…ああ…」

「………だからね、だから―————……」

「……っっっ!?…うわっ!!!!!?」


 私は、私をキラキラした眼差しで見つめていた彼の腕を強引に引っ張って無理やり立ち上がらせる。


「…ちょ、…えっ…なに…どうし…」


 なにが起こったのか理解できずオロオロとしだす彼を無視して、私は彼の手を引いて部屋を飛び出だす。


「行こう。勇者くん。…職業紹介所ハロー〇ークへ…」

「…!?…嘘だろ…?…やめろ、やめてくれーーーーーーー!!!!?」


 彼が本当に異世界転生してきた"勇者様"なのか、いまはまだわからない。

…けれど、彼自身がそう言うのなら、私は幼馴染としてそれを信じてあげたい…。

 そして…。それはそれとして!!!

この"勇者様"が元の世界に旅立つその日までに、私は彼をまともな勇者に教育しなければならないと言う妙な責任感も芽生えてしまったのだった。

 自分の家族(の家計)も助けられない勇者が世界なんて救えるわけがないでしょ…!

 勇者は異世界では国家公務員かもしれないけど、日本の職業ではないんだから。

 さ、まずは働いて貰おう!!

 








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