拾参話

阿修羅院での肉剣妖魔の討滅から2週間。

義刀は弦からの仕事に区切りが付いていた。当初の想定通り業炎鬼のような炎を操作出来る鬼の力で塊の加工は可能だと分かったので激流鬼の中で鬼が居なくても加工出来る方法を模索する事になる。

槍絃もネツキと御上からそれぞれ依頼されていた阿修羅院の妖魔の討滅完了を報告して通常営業に戻っていた。夜は色町で情報収集と女遊びを楽しみ、定期的に京の街周辺を巡回して小型の妖魔を討滅している。

再び破壊されてしまった阿修羅院は再建の目途は経ったが、今の京の街では再び全損する可能性も捨てきれない。

しかし鬼たちにとって気にする事では無いので義刀、槍絃、弦の3人は既に阿修羅院の事を忘れ掛けていた。

そんなある日、義刀は以前から両親から打診の有った見合いの候補の話で居間に呼び出されていた。

父、忠刀は母、直刀にこの手の話は任せる事にしているのか最初だけ同席したが直ぐに道場を見に行く為に離籍した。


「義刀さん、候補の方々は家柄は特に考慮していませんが可能な限り業炎鬼の有り方に順応出来そうな方々を選んでいます。井戸端会議で候補の娘さん方のお母様達とは個人的にお付き合いもしているので、あとは義刀さんの好み次第です」

「分かりました」

「では、此方の中から考えてみて下さい」


そう言って直刀から受け取った数枚の和紙を捲っていく。

激流鬼の弦が候補に居た事には驚いたが考えてみれば彼女には兄が2人居て激流鬼の当主候補でも無い。幼馴染で性格も勝手知ったる相手なので嫁候補なのは当然だろう。

他にも複数人、同世代の鬼の女達が居る中で、ある1枚で驚いて義刀は手を止めた。


「母上、何の冗談ですか?」

「おほほほほ、私は冗談は好きですが別に息子の嫁候補にまで笑いは求めていませんよ」

「なら、何故阿修羅院の時雨乃が候補に居るんです」


普段から無表情な義刀だが時雨乃と関わると眉間に皺を寄せる事が多い。

今回も例に漏れず嫌そうに顔を歪めている。


「全く、あれだけ器量良しで度胸も有って鬼の活動にも平然と付いてくるお嬢さんが候補に成らない訳が無いでしょう」

「先日の槍絃との共闘の後に今後は極力関わらないと約束しました」

「そう。でも婚約者になったらその約束は不履行ね」

「念の為に伺いますが、母上が最も推しているのはどなたです?」

「時雨乃さん」

「理由は?」

「先程言った通りです。器量と度胸が気に入りました」

「……母上、今までの俺への教育方針を思い出して欲しいのですが」

「何かしら?」

「基本的に放任なのに大事な部分では確実に自分のお勧めに俺から行くよう誘導していましたよね」

「うふふ。誤解よ」

「本音は?」

「うふふ。誤解よ」


菩薩の様に穏やかな笑みを浮かべる直刀に頭を抱えたく成った。

この母は忠刀が居れば大和撫子の様に数歩下がった場所で忠刀を立てるのだが、忠刀も直刀に逆らっている所を義刀は見た事が無い。

最早考えるだけ無駄だと悟り義刀は時間稼ぎを行う事にした。


「いつ頃までに相手を決めれば良いのです?」

「そうね。最低でも3人の候補を4日以内に教えて頂きたいわ」

「……分かりました」


弦は決定で良いだろう。

他の候補としては近所の鬼の娘が知り合いなので候補として挙げられる。

だが3人目となると途端に候補が限られる。

恐らく義刀との性格の合致、付き合いの深さから直刀が義刀の考えを誘導しているのだろう。

それが分かって尚、妥当な人選をしてくる母なのが直刀の厄介な部分だ。


……父上も苦労されているんだろう。


ここまで頭の回る妻を持つと忠刀も大変だろう。

何せ自分に有益で、尚且つ直刀の意向に沿う形で候補を複数提案してきて、その中で2番目か3番目に直刀の本命が入っているのだ。そして直刀なら候補に入りさえすれば選ばせる為に外堀を埋められる。


……何でこの人は普通の鬼の家の嫁で納まっているのだろうか?


歴史に名高い軍師のような母に呆れつつ、提案を了承して義刀は早々に今から逃げ出した。

残された直刀は少し下品だが腕を解す様に肩を回して義刀が出て行った方とは逆、玄関とは逆の方の襖に視線を向けた。

躊躇う様に静かに襖が開き2人の少女が居間に入る。

激流鬼の弦、阿修羅院の時雨乃だ。

まずは2人を呼んだ直刀が口を開く。


「ふふ、よく来てくれたわ、2人共」

「いえ、本日は御呼び頂きありがとうございます。定例会以来になります」

「先日は急に訪問してしまい申し訳ありませんでした」

「良いのよ。若い女の子と話すのは楽しいし、今回は私の都合で呼び出してしまったしね」


そう言って直刀は軽く手を叩くと女中が上等な煎餅や餡菓子を持って襖を開けた。


「それじゃ、お話しましょうか?」


穏やかな笑みを浮かべる直刀だが、その穏やかさに見合わない圧を感じ時雨乃は気圧された。

直刀の人となりを多少は知っている弦も苦笑いなのを見て直ぐに状況を察した。


……私、何で此処に来てしまったんでしょうね?


もう手遅れなので心の中だけで溜息を吐いて時雨乃は直刀のお話とやらに付き合う事にした。


▽▽▽


自分でも何と表現して良いか分からない疲労感から業炎鬼の道場から逃げ出した義刀だが、絶風鬼の道場近くで自分と似たように疲労感を漂わせる槍絃を見つけた。


「どうした?」

「よう。お前こそ酷い顔だぞ」

「母上が出してきた見合い相手の事でな」

「そうか。俺も似たようなもんだ」

「……団子でも食うか」

「あの甘味処、酒は有ったか?」

「確か有った筈だ」

「まあ、無ければ持ち込むか」


素直に疲れている事を認めた槍絃が普段と違う為に驚いた義刀だが、義刀の前で酒を飲みたいとまで言うのは珍しい。

甘味処の商品一覧に冷酒や熱燗の表記が有った事を何となく覚えていたので槍絃は事前に酒を買う事も無く甘味処にまずは入ってみた。

義刀の記憶通り酒は頼めるようで槍絃は直ぐにみたらし団子と熱燗に決めたようだ。

合わせて義刀も餡団子を頼み2人で天を仰ぐ。

息を大きく吐き終えた槍絃が話し始めた。


「まあ年貢の納め時ってやつでな、御上から絶風鬼への正式に婚約の通達が来ちまった」

「御上から? 珍しいな」

「しかも相手はネツキだぞ」

「……それは、困るな」

「な。相手は文字通り人外で、器量は良いが冗談じゃ済まねえ性欲の持ち主だ」

「しかし何で人外の情報屋と鬼を御上が?」

「人外ってのは簡単に言えば過去に憑き物と人の間に生まれたヤツの子孫だ。だから、人外と鬼の子供ならより魔動駆関の力を効率的に使える鬼に成るんじゃねえかという研究目的ってのが有るみたいだ」

「激流鬼の領分みたいな話だな」

「それと、ネツキに手を回された」

「……」

「今回の阿修羅院の件で御上から俺に仕事が振られたのはネツキが裏で動いてた部分も有ったらしい。その報酬が俺との婚約だった。御上としちゃ、多少強い鬼を使って人外と鬼の交配の研究が出来るんだ。願ったり叶ったりだったらしい」

「情報屋ならその辺の機微を理解した上で御上に提案していそうだな」

「正解だよ糞ったれ」


本気で頭を抱えている槍絃にどこも大変だと同意するように義刀も溜息を吐く。


「お前は? 俺と似たような話なんだろ?」

「ああ。母上から見合いの候補を貰って来た」

「へぇ。前から言ってたヤツか」

「候補の中に時雨乃が居た」

「……ご愁傷様」


状況が分かったのか槍絃は多くは聞かずに義刀の肩を労う様に軽く叩いた。

普通は鬼の次女や三女を候補に挙げるところに寺院の娘だ。直刀の狙いが直ぐに分かった槍絃は義刀の気苦労を察して確かに自分と似た様な苦労を抱えていると理解出来た。


「ま、成る様に成るだろ」

「そう思っておく」

「そういや義刀、酒は?」

「飲んだ事は無い」

「飲むか?」

「……貰おう」

「おうおう。今日は酒なら奢ってやるよ」

「なら団子は俺が持とう」

「お、良いねぇ」


酒と団子に舌鼓を打ち一瞬でも将来の嫌な事から目を逸らす男2人に店主は同情する様に上等な酒を用意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔装―魔を断つ鬼ー 上佐 響也 @kensho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ