拾話

肉剣妖魔の調査を始めて2日目、弦は槍絃に頼まれた薬の量産を終えて朝から階段に疲れた槍絃に渡していた。


「義刀は役に立ってるかい?」

「悪戦苦闘してますね」

「へぇ、何かやらせてんの?」

「凄い硬い塊の加工」

「何で義刀にそれ頼んだよ」


呆れた様子の槍絃も本来なら業炎鬼に頼む案件ではないと分かっているからの反応だ。

そもそも鉱石の加工に向いている鬼など槍絃は聞いた事が無い。

探せば居るのかもしれないが京の街に居ない時点で知っているだけ無駄だ。呼び出すのにそれなりに時間が掛かるだろうから急ぎの仕事ならば知っていても意味が無い。


「簡単に言えば刀鍛冶の真似事をして貰いたいんですよ」

「刀鍛冶の真似事?」

「今、魔動駆関の新しい入物を開発中でして、その入物に相応しい特性を持っているのがその塊なんですよ」

「へぇ。刀鍛冶って事は熱で塊の形を変化させたいって事?」

「……何で槍絃さん絶風鬼なんですか。その考え方がギィ坊に出来れば直ぐに出来そうなのに」

「ま、絶風鬼はこんな性格だから色んな人から話を引き出せるのさ」

「成程」


納得して弦は今の感覚を本に記録し、渡した薬を念の為に再確認して槍絃に義刀に会うよう伝えた。


「ギィ坊は泊りがけで練習しているんですけど、槍絃さんの感覚を伝えて貰えません?」

「それは良いけど、え、何、義刀のヤツ此処に泊まってるの?」

「ええ。何か変ですか?」

「いやいや、若い男女が1つ屋根の」

「弟子用の大広間です」

「何だ、色っぽい話かと思ったのに」

「それは有りませんね。直刀さんギィ坊の見合い相手を見繕っている最中みたいですし」

「お、弦ちゃんにもそんな情報が入って来るんだ?」

「お母様同士の話で分かるんですよ」

「ああ、そっち繋がりか。じゃ、義刀に会いに行くとしますかね」

「此方です」


弦の案内で砂利の広場に案内された槍絃は魔装召喚用の刀を正眼に構えた義刀が目を閉じて集中しているのを見た。


「よう義刀、また不器用に悩んでるか?」

「……槍絃か」

「弦ちゃんの仕事が上手く出来ないって聞いたぜ?」

「お前に言われる事じゃない」

「まぁな。ただ弦ちゃんが加工したい塊ってのに興味が有ってな」

「何?」

「どういう事です?」

「ネツキとの話でね、肉剣妖魔がまた蜥蜴の尻尾切りをした時の対応を考えてるんだ」

「意味が分からん」

「逃げ場の無い空中か、掘れない堅い物の中に押し込めるかが必要だなって」

「……成程」

「よしギィ坊、頑張れ」

「出来れば苦労していない」


溜息と共に本音を吐いた義刀を見て弦が激流鬼の魔装を召喚し、義刀も合わせるように業炎鬼に成った。

激流鬼が砂利の広場に水牢を作り、業炎鬼が炎を刀に纏わせその大きさを小さくしようと静かに刀を握る手に力を込める。

それを見て槍絃は顎に手を当て指だけで下唇を撫でた。


「さっき槍絃さんと話したんだけどね、まずは刀鍛冶のように熱で物の形状を整える事を想像してみて」

「……熱、形状」


弦の言葉でも義刀には難しいようで炎は少しだけ大きさを小さくするが遠目には分からない程度だ。


「やっぱり刀では難しいわね。また炎だけで試しましょう」

「分かった」


激流鬼の指示に合わせて業炎鬼は刀は右手で持つだけにして左掌を開き体の前に出す。その掌の上に炎を生み出して皿の様に薄い形状に整える。


「へぇ、それっぽい事は出来るんだな」

「熱量が足りません。あれじゃ刀鍛冶の熱量にも届かないですよ」

「必要とされる熱量はどの程度なの?」

「刀鍛冶の4割増しですね」

「あ~、そりゃ大変だ。普通に鍛冶師さんに頼めなかったの?」

「京の全ての鍛冶師に聞いてみましたが、そんな火力は鍛冶師が近付けなくて塊の形状を整えられないそうです」

「成程。火力は出ても人が耐えられないんじゃ意味が無いか」


槍絃と同じ事を考えて激流鬼としても様々な伝手で加工が出来そうな者たちに声を掛けている。

業炎鬼の掌の炎の円盤が一際熱量を放つ。しかし、形状は大きく熱量を一点に集中させたい今回の仕事には合わない状況だ。


「義刀、刀鍛冶の仕事は見た事は有るか?」

「無い」

「……弦ちゃん、近場の刀鍛冶の仕事を義刀に見学させる事は出来るか?」

「あ~、出来ますよ。刀鍛冶への連絡が必要なので今日は出来ませんが」

「槍絃、俺に刀鍛冶の仕事を見せて想像力を持たせる気か?」

「そうだ。俺にも得の有る内容みたいだからな、協力しようかなと」

「その、槍絃さん?」

「ん? どうしたんだい弦ちゃん?」

「凄く言い辛いんですけどね?」

「うん?」

「その塊、掌の大きさに加工する程度の大きさしか出来ません」

「……え?」

「なので肉剣妖魔を閉じ込める程の大きさの箱は作れないんですよ」

「……協力した意味ぃ」


芝居のように崩れ落ちる槍絃に弦は笑い、義刀は気にした様子も見せない。

しかも自分なりに考えたのだろう、炎を円盤ではなく針のように形状を整える。


「ギィ坊? 何その形状」

「木刀」

「反り、ねぇじゃん」

「そんな細かく操作出来ない」

「成程。ギィ坊、そのまま熱量を木刀の形状に押し込める事は出来る?」

「試してみる」


弦の指示に合わせて炎の形状に小さくだが変化が起きる。

炎の揺らめきで輪郭が曖昧だった針が少しずつ輪郭を持ち始めた。もう針には見えず棒と表現するのが正しい形状に変化している。

槍絃が指摘した通り木刀と呼ぶには反りが無い。

義刀もそれは理解しているが炎の揺らめきによる輪郭を無くす事が出来ない。

まずはこの揺らめきを無くし炎ではなく熱の塊とする為に形状変化に集中する。

しかし今までした事も無い作業が想像しやすい形状で試したからといって直ぐに出来る訳でも無い。

熱の棒は義刀の集中力の限界に合わせて通常の炎に戻り、業炎鬼は左手で棒を握る事で炎を霧散させた。


「良い着眼点だったわね。次からはギィ坊が形状を想像しやすい形で試しましょうか」

「分かった」

「でも今日はもう大丈夫よ。槍絃さんの提案も参考になるし、明日には刀鍛冶の仕事を見学出来ないか聞いておくわ」

「俺の仕事には役に立たなかったかぁ」

「でもギィ坊が塊を加工出来れば魔動駆関への妖気の蓄積を減らせるんですよ」

「……どゆこと?」

「魔動駆関の構造はご存知ですか?」

「密閉された絡繰り箱の中に妖魔の破片を入れてるんじゃねえの?」

「まあその認識は大雑把には正しいです」

「じゃ詳しくは違うんだ?」

「そうです。正しくは体積を削っても消滅しなかった妖魔の核とも言える部分を絡繰り箱に入れています。絡繰り箱なのは生態部品を入れる為と、整備の為の両方ですね。この時、箱が硬くて丈夫な程に魔動駆関への鬼からの妖気の蓄積が小さい事が分かっています」

「つまり箱が硬ければ硬い程、鬼が憑き物になる可能性が下がるって事?」

「その通りです」

「最高じゃん!」

「その為にも加工方法を確立したいんですよ」


激流鬼が研究している内容は鬼全体の戦力向上を目的とした物だ。

即座に肉剣妖魔の討滅に役立つ物では無いが将来的には役に立つ。

槍絃も妖魔討滅の仕事が優先なのでこれ以上は2人の訓練には付き合えない。

適当に手を振って別れを告げて激流鬼が解いた水牢の水で濡れた砂利を踏み越えて砂利の広場を出る。


「ギィ坊、さっきも言った通り今日は此処までにしましょう」

「分かった」


2人で魔装を解除すると義刀は全身が汗で濡れている。

弦は多少息が切れているが疲弊しているとい程ではない。

義刀は何度か自分の左掌に視線を落として握ったり開いたりして先程の感触を確認しているようだ。


「意外な人から進捗が有ったわね。どうする? 今日は家に帰る?」

「いや、また泊まる」

「そう」

「散歩してくる」

「そう。夕飯は弟子たち用で用意しておくから日暮れ前に帰って来なさい」

「分かった」

「あ、その前に汗は流していきなさい。替えの服も有るから着替えていきなさい。流石に汗まみれで外出するのはどうかと思うわ」

「……分かった」


少し面倒そうだが素直に姉貴分に従い義刀は湯浴みしてから外出する事にした。


▽▽▽


義刀は基本的に散歩では人が居ない場所や阿修羅院近くの甘味処を選ぶ。

今回は人気の無い鬼通り近くの雑木林を選んだ。

先日は侍が素振りをしていたが、今日はどうだろうかと思いながら足音は殺さずに歩く。

予想していた通り先日見た侍が素振りをしている。

先日と比較すると太刀筋に乱れは無く、髪も長髪を無造作に頭上で束ねた状態だが前回見た時よりは整っている。

今日は義刀が侍の正面から近付く位置に居たので侍も直ぐに義刀を認識し素振りを中断した。


「邪魔してすまない」

「いや、某の判断、貴殿に咎は無い」

「分かった」

「時に貴殿は業炎鬼、義刀殿では?」

「……何故知っている?」

「阿修羅院の憑き物を払った鬼と憲兵殿に」

「口の軽い憲兵だ」

「某が無理に聞き出したのだ」

「そうか」


時世で考えても侍の口調は古い。年齢は30代半ばに見えるが実際の年齢はより上なのかもしれない。


「何故、俺の事を?」

「閃郷斬乃介の最期を聞かせて貰いたく」

「……憲兵はどうした?」

「公務の為、黙秘を」

「成程」

「聞かせて貰いたい事も踏まえ、某だけが貴殿を知るのは申し訳が立たぬ。某は閃郷斬乃介の叔父、閃郷切乃介(せんごう・きりのすけ)と申す」


閃郷斬乃介の名前が出た時点で嫌な予感がしていたが予想通りの身内だった。

正直に言えば関わりたく無いが閃郷切乃介の様子を見るに何かを知っているようだ。


「まだ討滅は完了していない。閃郷斬乃介の憑き物は逃げ延びている」

「何?」

「京の街の情報屋が何かを掴んでいるらしい。今、潜伏場所を調査中だ」

「そうであったか。1つ、予想には成るが甥はまだ阿修羅院付近に潜伏しているやもしれぬ」

「……何故、そう思う?」

「甥が憑き物になる少し前、某が京の街に着いた頃に話を聞いたのだ」

「……」

「阿修羅院の娘に懸想している、銀条撃蓮殿と銀閃流の時期当主を競っている、当主となった暁には阿修羅院の娘に想いを伝える。そんな話を聞いた」

「……そうか」

「だが銀条撃蓮殿も憑き物となり貴殿に切られたと伺った」

「ああ。そっちは討滅した」

「恐らく、甥が残した想いは阿修羅院の娘のみだ。未だにな、離れんのだ。娘の話をする時の、甥の強い目が」


視線を下に落とし何かを懐かしむような閃郷切乃介の仕草に義刀は溜息を飲み込んだ。

正直に言えばそんな話に付き合う気は無い。

そもそも時雨乃にそんなに執着するとは見る目の無い男共だ、という思いも有る。

しかし切乃介にはそんな事は関係無いのだろう。伝えた所で切乃介と斬乃介の間で交わされた会話が変わる訳でも無い。


「近々、閃郷斬乃介を追い込む。阿修羅院付近を気にするよう、追い込む者たちには伝えよう」

「かたじけない。不躾だが、某も参加は可能だろうか?」

「邪魔だ」

「……さようか」


即答された切乃介が静かに刀を構えた。

邪魔になる程の腕かどうか、確かめさせろという事なのだろう。


「こっちは丸腰だ」

「……此れを」


切乃介は腰に差した刀の内、自身が握る物とは別に脇差を鞘も含めて帯から抜いて義刀に放り投げた。

足元に落ちた脇差を拾い上げて刀身の半分までを抜いて刃を見る。

特別に仕掛けが有る訳では無いが他人から提供された得物を信じる程、義刀は戦闘に関しては素直ではない。妖魔の中には搦め手を得意とする者も居るので素直に成らない様に同情で教育されている。

溜息を吐いて鞘から脇差を完全に抜き鞘も含めて二刀流に成るよう順手に握る。


「鬼は決闘でも人殺しは出来ない」

「承知している。ただ、某が積み上げた物が鬼からどれ程に離れているのか、見物させて貰う!」


……見物なら大人しくしてろよ。


全身から汗を流す程に素振りをしていたにも関わらず切乃介の踏み込みは鋭い。

正眼の構えから上段に振り上げ勢いを殺さずに振り下ろす。

同じ刀なら正面から受ける事も考えたが今の義刀の得物は脇差と鞘、正面から打ち合う危険性を考慮し左に大きく避ける。


「侍ならばっ、最小の回避をするところで有ろう!」


叫びながら切乃介は振り下ろした刀を強引に義刀に向けて振り上げようとし、大きく回避された為に再び正眼に構える。

侍同士の決闘ならば切乃介の切り上げが間に合うか、相手の反撃が先かの勝負だったところだ。


「侍じゃない。鬼だ」


特に何の感情も無い瞳で呟かれた言葉に反論しようとして、切乃介は大きく息を吐く。

相手は侍ではない。

刀は振るうが人と競う為ではない。

人外の異形を討つ為だ。

つまり、人を相手にする戦い方とは根本的に発想が異なる。


「某は憑き物ではない!」

「知っているが?」

「……何故、憑き物を討つ立ち回りをする?」

「これ以外の立ち回りを知らん」


聞けば回答は有る。

しかしそれは人を相手にしている回答ではなく、池に石が投げ込まれた時に波紋が広がるのと同じように反射のような反応だ。

それが切乃介には耐えられない。


「某を、愚弄するか」

「何を言っている?」

「某は侍だ」

「そうだな」

「刀を学びながら、侍としての決闘さえ汚すか!?」

「俺は刀を学んでいるんじゃない」

「何を?」

「憑き物を討つ方法を修めているだけだ。侍の矜持とやらに付き合う理由は無い」

「……身内の始末を付けたいという願いもか?」

「そうだ。年齢的には知っているんじゃないのか? 鬼は人を基に作られた憑き物を討つ絡繰りだ。感情に縛られる事はしない」

「……何故、貴殿らは人の形をしているのだ。いっそ、人の形でなければ」

「人の身で扱う業でなければ憑き物を討てないからだ」

「……邪魔だと言ったが、同行は拒否しなかったな」

「そうだな」

「では、某は暫し阿修羅院付近に滞在する」

「好きにしろ」

「……邪魔した。脇差を返して頂けるだろうか?」


納刀してこれ以上の戦闘の意思は無い事を示した切乃介に義刀は何の感情も無く脇差を返した。

侍ならば納刀された状態で鞘の端、柄頭に手を添えて渡すが義刀はそんな習慣など知らず適当に鞘の端を片手で掴んで切乃介に渡した。

その仕草1つで切乃介も本当に義刀が刀は扱うが侍ではないと理解し力無く肩を落とす。


「決闘を押し付けた某が言うのも可笑しいが、貴殿は人を思いやる事は無いのか?」

「鬼にその感情は不要だ」

「……そうか」


わざわざ話したい事が有る訳でも無いので義刀は切乃介がそれ以上に話始めないようその場を後にした。

特に挨拶をする相手とも思えなかったので会釈も無い。

気晴らしの散歩を邪魔されたので今度は甘味処に行こうと足を京の街の中心へ向けた。

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