第6話 合コン③ 謎の女の子

 この時を待っていたと言わんばかりにニマニマした表情で正面に座った玲奈。


「久しぶり。駅前でも同じような挨拶はしたけどね」

「あ、う、うん」

 先に声をかけられたことで主導権を握られた蓮也だが、すぐに言い返すことでフェアにさせる。


「って、なんだよその挑発的な表情……。イライラさせたいわけ?」

「別にー。ただこうでもしなきゃ、やってられないってだけ」

「はいはいそーですか。それは俺も同じ気持ちだからお互いさまね」

「ぷっ」

「え?」

 変なことはなにも言っていない。そう信じている蓮也なのだ。いきなり吹き出した元カノに視線を送って怪訝に首を傾げる。

 だがしかし、理由がなければこうはならない。それを象徴するように確認を取る玲奈だった。


「本当に同じ気持ちなの? わたしと」

「当たり前」

「ふふっ、あっそ。それはよかったわ」

「ん……?」

 玲奈は瞳を細めて上機嫌に返すと、お酒を口に含む。


 蓮也は知らないのだ。

『(悠樹さんからたくさんの嬉しいことを聞けたから)こうでもしなきゃ、やってられない』と言っていたことを。

 攻撃する要素はなにも含まれていない言葉に、同意していたことを。


「はあ。なんでそんなにご機嫌なんだか。気味悪い気味悪い」

「レンの方が気味悪ーい」

「そんなテンションで言われてもねえ……」

 駅前でしたやり取りとほぼ変わらない。

 強がって言葉を紡いでいくが、悠樹からの情報を得たことで、玲奈にはなにも効かない。

 悟られないように頑張っている姿は微笑ましいだけである。

 そして、そんな素直じゃない人に意地悪をしたくなるのは、万国共通のことだろう。


「あら? レンってばなんか機嫌が悪くない? もしかしてわたしが悠くん、、、と話していたことに嫉妬しているのかしら」

「ッ!? べ、別に嫉妬する理由なんてないし……。本当なに言ってるんだか。本当、マジで、うん……」

「ふふふっ」

 出来すぎなほどにからかいが刺さり、この反応から悠樹が教えてくれたことは真実だったのだとも理解し、笑いが止まらなくなる玲奈。

 注文していた料理を摘み、お酒を飲み、冷静さをアピールしている蓮也だが、語彙ごい力が無残に欠けてしまったのは、誤魔化しようもないこと。


「そんな笑う意味がわからないけど。って……悠樹のこと、そんな風に呼ぶくらい仲良くなったこと知らなかったよ。初対面で『悠くん』とか呼ぶ玲奈じゃないし……さ」

 視線を逸らし、頬杖をつきながらぶっきらぼうに言う。


「……ま、まあ友達を作るのはいいことだから、気にはしないけど……」

 モヤモヤしつつも、これが大切な人を思っての意見。

 完全に拗ねてしまった元カレの姿を見て……嫉妬してくれた嬉しさを抱えながらも、やりすぎてしまったと反省する玲奈である。


「さて、俺は今のうちにお手洗い行ってくるよ。あと1時間は合コン続きそうだし」

「あ、待ってっ」

「な、なに? もしかしてトイレ行かせない気?」

「そんな意地悪はしないわよ……。そうじゃなくって、そうじゃなくって……」

 悠樹のことを『悠くん』とは言っていないこと。『あなた』と呼んでいたことをネタバラシしようとしたところで、タイミング悪く席を立たれてしまった。

 それでも、意地悪をした責任はきちんと果たさなければならない。そうでなければ、関係がさらに拗れてしまうのだから。


「え、えっと……だから、その……」

 玲奈は両手を合わせながら、しどろもどろになりながら、上目遣いで蓮也と捉えて伝えるのだ。


「……悠樹さんのこと、本当は『悠くん』なんて言っていないから……。それだけは言わせて。だ、だから、わたしと話すのが嫌になってお手洗いで時間を潰そうとしてるのなら……」

「はっ? いやいや、そんな風に考えてないって! すぐに戻ってくるつもりだったから」

 眉根を下げ、真剣な声色で言っているからこそ、慌てるように弁明する。

 蓮也にとってもそんな誤解をさせるわけにはいかないのだ。


「ほ、本当……?」

「そんな疑わなくても……。せっかくの機会なんだから、話さないともったいないでしょ。積もる話も……あるわけだしさ」

「っ、そ、そこまで言うなら、わたしのタイミングでお手洗いにいかなくてもいいじゃない……。もうちょっと我慢したりとか……」

「玲奈が相手だから気軽に行けるんだよ。女の人の中で一番打ち解けるから」

「ふんっ、調子のいいこと言っちゃって……」

「……」

「……」

 ここで、お互いが口を閉ざす。

 無意識に本音のやり取りをしたために、懐かしいものを感じていたのだ。

 付き合っていた頃の、あの時の空気を……。


「ほ、ほら……早くお手洗い行ってきなさいよ。お喋りする時間なくなるでしょ」

「はいはい。わかってるって」

 変な空気になる前にやり取りを終わらせた玲奈は、頬が緩みを隠すように頬杖をついて蓮也を見送る。


「……あんなに大きかったかしら。レンの背中って……」

 そのまま心の声を小さく漏らして、目を奪われてしまっていた。



 ——目を奪われてしまったばかりに、ずっと見送り続けていたばかりに……目撃してしまうことになるのだ。

 この幸せな気持ちが一瞬で消え去ってしまう現場を。


『あれ……。なんで蓮也さんいるの。こんなところに』

『えっ? 小春ちゃん!? 小春ちゃんこそどうして……』

(な、なにか起こったのかしら……。レン驚いた顔をしているけど……)

 なにを喋っているのかは聞こえない。

 ただ、トイレに向かっていた蓮也は、スタッフルームに入ろうとしていた身長150センチもないような小柄な女の子といきなり喋り始めたのだ。


『小春はここでバイトしてるから。今日はお休みだったけど、ヘルプで駆り出されたの』

『ああー、そうなんだ。それは大変だね』

 綺麗な黒髪のボブに、眠そうな紫の瞳。表情が変わらない特徴を持った女の子。


 そんな小春は——。

(なっ……!?)

 玲奈が見ている前で蓮也の裾を掴むと、親しそうに会話を続けるのだ。


『蓮也さんはもうお会計? 一人で来たの? 小春、22時でお仕事終わるよ』

『いや、お会計じゃなくてお手洗いに。あと友達と来たよ』

『そう……。なら、小春の言ったお仕事の時間は忘れて』

『うん? わ、わかった。それじゃお仕事大変だろうけど頑張ってね、小春ちゃん』

『ありがとう。頑張るね』

 会話が終わったのだろう。蓮也はお手洗いに、小柄な女の子はスタッフルームに分かれていった。


(い、一体どういう関係なの。あんなに親しそうにして……。まるで、昔のわたし達みたいに……)

 先ほど意地悪をした代償が、ここに来て返ってきた。

 今日一番のモヤモヤを、一番の不安を抱えることになった玲奈だった。

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