第4話 その宣言に嘘偽り無し

 二歳児と遊んでる間に、キッチンからは色んな匂いが漂い始めた。スパイシーかつジューシーな香りと、滑らかでクリーミーな甘い香り。これはガッツリ肉系と、ベシャメルソースを使った料理だな。

 

 

「あー、めっちゃ腹減ってくるわぁ」

 

「お? 鼻で腹ペコが釣れたなー? なーにを作ってるでしょー?」

 

「クリームシチューは絶対あるだろ」

 

「ぶっぶー!」

 

 

 なんだと? そっちはかなり自信あったのに。あ、でもさっきから少しずつ風味が変化してるな。ふんわりとしたコクを感じるクリーミーさが、若干焼けた香ばしさになってきてる。

 考えてるうちに時間切れとなり、シェフの方から解答が告げられた。

 

 

「正解はぁ、ハンバーグとグラタンと、ついでにサラダでしたー!」

 

「え、この短時間でハンバーグとグラタン仕上げちゃったの?」

 

「エグいだろ! もっと褒め称えろ!」

 

菜摘なつみさんマジパネェっすわー」

 

「なんかいきなりキモい喋り方するから、バカにされてる気がすんだけど」

 

 

 そりゃそうでしょうな。若者の言葉遣いなんて、アラサーにはさっぱり分からん。使い方を知ってから使えってことか。慣れないことはするもんじゃないな。

 食卓をリズミカルに飾っていく料理は、香りだけではなく見た目も申し分無い。これで味だけ酷かったら、それこそ才能だと思う。

 口に運んだ瞬間、瞼がカッと大きく弾かれた。

 

 

「なんだよこれ……。もうちょいキャラに寄せたっていいんじゃないか?」

 

「なんそれ? どーゆー意味?」

 

「見た目からして料理上手とは程遠いんだから、少し下手なくらいで丁度いいかと」

 

 

 ギャルが作ったとは思えない美味しさに、本気で感動しているのである。

 しかし俺の褒め方はかえって癇に障ったのか、菜摘の顔はみるみる鬼の形相に変貌し、苛立ちを全開にして声を荒らげた。

 

 

「イミフなんだけど!! ウマいならウマいって素直に言えばいーじゃん!」

 

「今まで食べた中で最高ランクのハンバーグとグラタンです。正真正銘極上の味でございます」

 

「そ、それはいくらなんでも過剰っしょ……」


「滅相もありません。三ツ星レストランをも寄せ付けないクオリティかと存じます」


「……何言ってんのかさっぱりだけど、やっぱバカにしてんでしょ」


「いや、してないしてない! 調子こいたのはごめん。でも本当に感動したレベル!」


「そっか………よかった」

 


 頬を染める女子高生を見ながら、美味い料理を堪能できるとは、なかなかに乙なもの。その上幼児に食べさせてる姿なんて、とろける程に微笑ましい。この光景は金を払ってでも拝みたくなる有り難さだ。

 無言で幸せを噛み締めていた俺は、とある質問に少しだけ現実へと引き戻される。

 

 

「それよりあんたさ、100万円もポンと出しちゃって、生活キツくなったりしてない?」

 

「あぁ〜、本当に気にしなくていいよ。全然問題ないから」

 

「マジで? ムリしてないよね?」

 

「なんなら今度うちに作りにおいでよ。たぶん住居を見れば納得するからさ」

 

「う、うん。ママが仕事休みの日なら行けるし、もとからそのつもりだったけど……」

 

「別にゆうちゃん連れて来たっていいんだぞ?」

 

「ガチで!? それならけっこー行けるかも!♪」

 

 

 なぜか途端に瞳を輝かせる彼女に、僅かばかりの困惑を覚えている。子連れで他人の家に飯作りに出向くとか、普通なら面倒で嫌がるだろうよ。ギャルなのにどこまでも義理堅いな。

 

 

「あーー美味かったぁ、ごちそうさま。いつもこうやって手間暇かけてんの?」

 

「ううん、こんなに料理すんのはごぶさた」

 

「そりゃそうか。ほとんど一人で食べるなら、気合い入れても食い切れないもんな」

 

「それもあるし、ゆうちゃん見ながらだと集中するの難しいからね」

 

 

 あっという間にテーブルの皿を空にした俺は、どうやらギャルの悩みに踏み込み過ぎたらしい。先程まで嬉しそうだった顔が、あからさまに曇っている。

 好きな料理も満足にこなせない環境じゃ、何も不満を持たない方が不自然と言うもの。複雑な心境なのだろう。

 

 

「色々と大変そうだな。俺には話を聞く程度の協力しかできないが、それでも良ければ付き合うよ」

 

「はぁ!? 付き合う!? やっぱりあんた、下心込みで助けたわけ!?」

 

「シンプルな誤解すんな。愚痴でも相談でも構わないから、話し相手くらいにはなってやれるって意味だ」

 

「なんだ、そういうことかぁ。でも今日だって久しぶりに楽しく料理できたし、もう話し相手以上のことしてくれてんだけどね♪」

 

 

 急に素直になって笑顔を向けられたりすると、さすがに照れくさくて敵わないな。火照りかけた顔色を誤魔化すように、会話の続きを焦って探り始めるも、何一つ思い浮かばない。とりあえず率直な意見を述べた。

 

 

「それなら友達でも呼べばいいじゃん」

 

「………うっさい」


「それは嫌なの?」


「だまれ!」

 

 

 今度は地雷を踏み抜いたみたいだ。落ち込むとかそういう雰囲気ではなく、完全に不機嫌そうな鋭い目付きになっている。

 口調はキツいが明るくて愛嬌もあるし、性格的に友達ができないタイプではない。だから話題選択を誤ってるなんて思ってもみなかった。まさかこれで彼女の気に障るとは。

 一度口をつぐんだギャルは、下を向いたまま目も合わせようとしない。緊張感のある空気に耐えられず、気を紛らわせようと二歳児の頭を撫でている最中、ようやく真相に気が付いた。

 

 

「そうか、遊ぶ時間が無かったのか……」

 

 

 俺の呟きを聞いた彼女は、ゆっくり顔を上げた。若干寂しそうな表情をしているけど、口元だけは穏やかに微笑んでいる。それが逆に切なさを強調させて、胸が締め付けられた。

 

 

「あたしさ、ゆうちゃんが大好きなんだ」

 

「まぁ、それは見てれば明らかだよな」

 

「だからゆうちゃんとばっかり遊んでたら、友達いなくなっちゃった」

 

 

 柄にもなく作り笑いを浮かべるギャルに、フツフツと感情が煮えたぎってくる。

 本来この年頃の子供の面倒は保護者が見るべきであって、思春期の姉が自分を犠牲にしてまでやることだとは思えない。ましてやバイトや家事もこなしているなんて、立派に母親としての責務を全うしてしまってるではないか。むしろそれ以上かもしれない。

 何が彼女をそうさせているのか判明はしなくとも、事情があるのは自明の理。それに関して彼女から助けを求められてもいないし、もっと言えば俺の平穏も崩されたくはない。深入りするのは野暮だろう。

 

 

「なるほどな。だったら今日から俺が友達だ」

 

「あんたみたいなオッサンじゃ、ちっとも嬉しくないんですけどぉ〜♪」

 

「まずはオッサンって呼ぶのやめようか」

 

 

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