第3話 余計なお世話かもしれないけどさ

「荷物持ちサンキュ☆ 助かったよー」

 

「いや、この程度はお易い御用だよ。これ結構重いけど、家まで持ち帰れるのか?」

 

「ん? いつもこんなもんだと思うよ?」

 

「子連れでよくやるなぁ」

 

 

 会計を済ませて店の外に出ると、もわっとする湿った空気にさらされて、急激に体力を奪われる。ギャルは平然と弟の手を握っているけど、残りの片腕で大荷物を持ち帰らせるのは少々忍びない。

 良心の呵責に抗いつつ、慎重にエコバッグを渡そうとした瞬間、舌っ足らずな声が俺の挙動を完全に停止させた。

 

 

「ねーね、あっこ!」

 

「えーー、もうちょっとだけあんよできないかな〜?」

 

「あっこぉー! ねねあっこー!」

 

「暑くて歩くのイヤになっちゃったかぁ……」

 

 

 さっきまで自発的に足を動かしていた弟くんが、甘えた声でギャルに抱えろとせがんでいる。ちょうど荷物を受け取るタイミングだったこともあり、彼女は困った顔をしてから小さなため息を漏らした。

 スムーズな動作で幼児を抱き上げると、体を揺すってあやす姿まで本当に手馴れている。彼女はただのギャルではなく、子育てに励む弟想いのギャルなのだろう。見てるだけで心があったかくなる。肌の表面に刺さる外気と日光は、払いけたいほどのムサ苦しさだが。

 弟の機嫌が良くなると、彼女は当然のように細腕をこちらに伸ばした。子供一人を抱えながら、食材まで同時に運ぼうと言うのだろうか。もちろん聞くまでもない。

 

 

「持たせっぱなしでごめん。もうだいじょーぶだから、それちょーだい」

 

「いや危ないだろうが。家の前まで持って行くよ」

 

「それはさすがに悪いって! こんぐらいたまにやってるし、あたしなら全然へーきだから!」

 

「君が平気でも、万が一弟が落ちたりしたら大変だろ? 俺も運んだらすぐ帰るって」

 

「そんなことばっかしてると、都合のいい男扱いされて、そのうち使い捨てになるよ?」

 

「余計なお世話だ!」

 

 

 もう半ばクソ意地で突っぱねた。何が悲しくて女子高生のギャル娘に、都合のいい男呼ばわりされなきゃいかんのだ。俺の方が人生経験10年くらいは長いんだぞ?

 スーパーを出て路地に入り、ヨタヨタと2、3分歩いた頃、古いアパートの前でギャルが立ち止まった。崩れそうな塀に囲まれた、ボロい階段付きの二階建て。周辺住宅の隙間に埋まるような、みすぼらしい建物である。

 

 

「あたしんすぐ近くだから、ガチで平気だったんだよ」

 

「あー、ここなんだぁ。うん、確かに近かったねー」

 

 

 そりゃあこんな幼児連れて来てるんだから、ご近所さんに決まってる。もっと早くに気付くべきだった。しかしこんなアパートの一室で、家族四人が暮らしてるってことなのだろうか。さすがに狭苦しいと思うんだけど。

 

 

「ここまで来たらさー、ついでにご飯も食べてっちゃいなよ。今日も色々助かっちゃったし、そのお礼ってことで」

 

「いやいやいや、そこまでするのはマズいだろうが。見知らぬ男を連れ込んだりしたら、親御さんが驚いちまうぞ?」

 

「ママはさっき仕事行ったよ。どーせ作るのはあたしとゆうちゃんの分だけだし、気することないっしょ?」

 

 

 この子はプライベートな時間でも、ずっと弟の面倒を見てるってことか? とんでもない父親だったから、別居か離婚していても不思議じゃないが、こんな小さな子供を女子高生が一人で? 彼女だって遊びたい盛りだろうに。

 

 

「誰もいないのに招こうなんて、もし襲われたら助けも呼べないって分かってる?」

 

「そんなことする人じゃないっしょ! そんくらい見てれば分かるし」


「しかしだなぁ、これじゃ君こそ都合良く使われてないか?」


「あんたお金払ってんじゃん。それにクソ親父に利用されるより、よっぽどマシ!」

 

 

 イタズラっぽく言った彼女は、本当にただのいたいけな少女だ。なのに彼女を取り巻く環境は明らかにおかしい。先日の一件もあるし、本当にこの先真っ当に生きていけるのか、こっちが不安になってくる。せっかくの親切心を拒めば、優しい性格まで歪めてしまいそうだ。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

「うん、甘えちゃいなって! 一緒に晩ご飯食べよー♪」

 

 

 なんか見てるだけで涙が出そうになる。この子は普段、会話しながら飯を食う相手もいないのだろう。俺にもいないけどさ。

 階段を恐る恐る上がると、玄関の横に申し訳程度の表札があった。これは一体なんて読むんだ?

 

 

「よんじゅうざきさん?」

 

四十崎あいさきだよ。そーいえば名前言ってなかったし、聞いてもないね!」

 

「俺のはアプリに出てなかったか?」

 

「なんか正義せいぎって書いてあったかも。せいぎってのが本名なの?」

 

「それで正義まさよしって読むんだよ。玖我くが正義まさよしな」

 

「へぇ〜、名前珍しいね! あたしは四十崎あいさき菜摘なつみ。この子は悠太ゆうただよ♪」

 

 

 名乗ると大抵ネタにされるから面倒だけど、思いのほか自然な反応だ。逆に新鮮さを覚えるほど何も言ってこない。興味が無いってことかな。

 そしてこのギャルは菜摘ちゃんらしい。普通だよ。普通過ぎるレベルに常識的で、俺としてはすごく羨ましい。苗字がマイナーな分、全体的なバランスも取れてるんだよな。

 自己紹介を交えて部屋に入ると、中はあまり窮屈に感じなかった。余計な装飾が無いせいもあるけど、女性二人と幼児一人なら割と暮らせそうなスペースがある。

 

 

「そーそー、ちなみにあたしは16歳の高一で、ゆうちゃんは2歳だから」

 

「そうなんだ。ついでに俺は26歳だぞ」

 

「あれ? この前27だって言ってなかったっけ?」

 

「あれは今年27になるって意味な。まだ3ヶ月の猶予がある」

 

「あぁ〜、なるなる。そんじゃやっぱ11個年上なんだね〜」

 

「少しは威厳を感じたか?」

 

「最初はオッサンに見えたけど、喋ってると子供っぽいなぁって」

 

 

 恩人に対する印象としては、ずいぶん舐められたものではないか。と、心の中で思ったりしてみたものの、くつがえせるほどの要素が自分でも浮かばない。彼女の抱く大人への憧れなんかを崩してしまっただろうか。

 

 

「あ、別に悪いイミじゃないから。フツーに接しやすくてイイと思う」

 

「あー、うん。そっか」

 

 

 女子高生に気を使われてしまったよ。尚更立つ瀬がなくて辛いんだが。

 キッチンに向かった彼女は手早く荷物を片付け、エプロンを身に着ける。何をしていいか分からなかった俺は、そこら辺のおもちゃで遊ぶ弟を眺めることにした。幼児をまじまじと観察する機会には恵まれなかった為か、ひとつひとつの行動が謎に満ちていて面白い。気付けば一緒に遊び始めていた。

 

 

「あーうっ! こえ、ぱんだ! ぱんだっ」

 

「あれ? ゆうちゃんご機嫌だねー♪」

 

「よく分かんないけどさ、なんでこの子は電車のおもちゃをパンダと呼んでるんだ?」

 

「たぶんパンダが言いやすいんだと思う」

 

「なるほど、口当たりのいい言葉なのか」

 

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