錬金術師の師匠と祓魔師

佐藤晶

第1話 錬金術師の師匠と祓魔師

錬金術師ラキの元にくる依頼主はさまざま。研究の一環で作る薬を求めてくる人もいるが、時々珍しい職業の人もやってくる。


「こんにちは!!!!!!」


ビシリと決めた服装にデカい挨拶と共に現れた優男。彼は悪魔を祓う祓魔師を生業としていた。


「いつもの、お願いします」


さっきのはなんだったのかと思うくらい丁寧な口調で注文するのはいつもの流れだった。


「うるさいぞガキ」

「ガキじゃありませんよ!失礼な!」


こんな人だが、仕事の腕はよく評判のいい祓魔師の一人に数えられる人物なのだから不思議だ。


「いつものな」


そろそろくる頃だろうと用意していたそれを店の奥から出すと男へ差し出した。

男はそれを鞄へとしまうと代わりに代金を取り出しラキへと渡す。


「毎度」

「あ、ちょっと相談があるんすけど…」

「なんだよ…」


男が次の依頼に必要なものがあるというとラキはちょっと嫌そうな顔をした。

男はよくそうやって新しく必要になったものを作ってほしいと依頼してくるのだ。そういう時は大抵既存のものではなく頭を悩ませるだろうことは分かりきっていた。しかも今回は締切が短いと来た。


「お前なぁ」

「すいません!でもラキさんなら出来ると思って!」

「俺だってもう若くねえんだから徹夜できねえんだぞ…」

「嫌、できます!いけますよ!」


自分がなったことがないから言えるのだ。男も後数年すれば徹夜がどれだけ体に応えるか分かるだろう。


「拘束時間が長いものがどうしても欲しくて…」


悪魔祓いは取り憑いた状態でどれだけダメージを負わせられるかがその後の作業を左右する。最終的にはそれが憑かれた人の負担を少なくすることにもつながるのだが、悪魔も必死。逃げ出すのを抑え込むのに時間がかからないようにしたいというのが祓魔師の希望だった。


「んー、まあやってみるが」

「本当ですか!?」

「出来る保証はないぞ」


喜色満面の男に釘を指す。


「いいです!お願いします」


頭を下げる男の後頭部を見て、ラキは小さくため息をついた。


「期待はするなよ」


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


拘束時間を継続させる祓魔具はもうすでにある。それに付帯効果をつけるのに錬金術を用いるのだが、それは今まで誰も成功したことがなかった。


(俺に出来るわけねえだろうになあ)


そうは言っても何もしないわけにもいかない。店番を弟子に任せて店奥の作業室へ引っ込んだ。壁に並ぶ棚から手当たり次第に効果のありそうな素材を取り出して机に並べる。しかしどれも先人に試されている素材ばかり。


(さらに掛け合わせてやんないといけないのか?)


並んでいる素材を順に全てを掛け合わせて化合していくが、ほとんどが消し炭になってしまう。ならなかったものも、そこからさらに祓魔具と合わせられる状態ではなくなってしまった。これでは祓魔具に付与することすらできない。

この作業にすでに3日要してしまっている。依頼の期限は後5日。あまり時間の余裕はない。


「後は、最近使うようになったこれか」


ラキの手にはレアメタルと呼ばれる小さな鉱石があった。金属としての価値は認められていたが、錬金術としてのレアメタルの効果が判明したのはつい最近のこと。これを祓魔具に試した人はまだいないらしい。

材料として使うため細かく削り取ってから使うわけだが、レアメタルのなかなかの強度で削り出すのにも体力が必要となる。すでに時計の針は夜中の1時を指していた。


(明日にするか)


レアメタルを引き出しに戻して作業室の明かりを落とした。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


翌朝、ラキはゴリゴリと何かを削る音で目が覚めた。作業室を覗くと弟子のアーシャがレアメタルを削り出していた。


「はええな。レアメタル使うのか」

「あ、おはようございます。ちょっと使ってみたくて」

「そうか。全部使うなよ、俺も使うからな」

「分かりました!」


朝ご飯を食べていないだろうアーシャについでに作ってやろうとキッチンで食材を選んでいると、作業室からアーシャのけたたましい悲鳴が聞こえて急いで戻った。作業室ではアーシャと溶けた作業台が目に映る。


「またか。今度何をしてくれたんだ?」

「レ、レアメタルが…」

「む?」

「全部なくなっちゃいました…!」

「は!?」


アーシャ曰く、レアメタルと他の材料を合わせて化合反応が出たまでは良かったが、それは容器の鉄を溶かし、作業台を溶かし、危うくアーシャも溶かすところだったらしい。

そして、そばに置いてあったレアメタルも作業台と一緒に炭になったと。


「お ま え〜〜‼︎‼︎」

「すみません!すみません!すみません!」


あまりの怒号にアーシャは椅子から転がり落ちた。

青い顔をするアーシャにレアメタルを補充してくるよう言って追い出すと、ラキは大きなため息をついた。


「依頼の日に間に合えばいいんだが…」


そんな漠然とした不安は、当たることになる。

数時間後さらに青い顔をして帰ってきたアーシャが帰ってきた。


「師匠、すみません。今レアメタルはどこの店も取り扱ってないって言われました…」

「は!?!?」


鉱物を取り扱ってる店は全て回ったというアーシャだったが、どこも仕入れ先から取り扱い停止したと言われていた。今一つだけ考えられる方法は生産先へ直接行く事だけだということも教えてもらったということは分かった。


「よし、じゃあ行ってこい!」

「え!」

「見つけるまで帰ってこなくていいぞ」

「え!?」

「んん?」

「いえ…」


アーシャは急いで荷物をまとめると飛び出していった。扉が閉まると同時にラキは頭を抱える。


「締切に間に合うのか…!?」


そのまま玄関の壁に力無くもたれかかった。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


締切の2日前、再び祓魔師はラキのもとを訪れた。たまたま買い足したい薬草があったというが、きっと依頼の進捗が気になったのだろう。話の流れで未だ出来そうにないと伝えると、落胆した半面やっぱりかという顔をしていた。

祓魔師が帰ると再び作業室へと戻って資料を漁る。手がなくなったとて締切の日まであきらめるつもりはなかった。

調べ尽くしてもう見る本がなくなろうという時になってようやくアーシャが帰ってきた。


「なんだこれ!」


アーシャが持って帰ってきたのはレアメタルの粒子。量にして数年分使えるほどだった。


「実は…」


アーシャは炭鉱の街ロングマインで起きたことを話した。炭鉱内に発生した沼によって中止された採掘。原因は効果を高めるレアメタルが悪さをしていて、それを取り除いたら解決したこと。そして、お礼にもらったのが今持っているそれだった。


「よし、でかした。俺はこれから作業室に篭るからあとは頼んだ」

「え!師匠!?」


ラキはレアメタルの入った皮袋をぶんどると作業室へと駆け込んだ。


(もう後はこれを試すしかない)


あれだけ調べて、組み合わせも試して全部やっても出来なかった。試していないのはレアメタルだけ。

祓魔具とレアメタルを錬成陣に置くと錬成陣を作動させる。

レアメタルの粒子が浮かび上がり祓魔具を包み込むと眩い光を発すうる。


(これはいける)


そんな予感ようなものがラキの頭を掠めた。

ややあって光が収まると、やや光沢のある祓魔具が残る。これで祓魔具にレアメタルを付与することができた。


(後は実際に使ってみないとわからないが)


出来上がった祓魔具は締切の日に訪れた祓魔師に託された。


「え、出来たんですか!?」


差し出された祓魔具に祓魔師は驚きの声をあげた。


「出来たというか、効果の付与は出来た。後は使ってみないと正しく効果があるかはわからねえ」


祓魔具は悪魔に使って初めて効力があるため、効果を試すことができないのだ。


「了解です!しっかり試させてもらいます!」


祓魔師は祓魔具をしっかりと握りしめて頭を下げた。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


るんるんで祓魔具を持ち帰ってから数日後、祓魔師は興奮した様子でラキの元を訪れた。


「ちょっと!すごいですよこれ!拘束時間がめちゃめちゃ伸びてて…!」


カウンターに齧り付きどれだけ有用で助かったかを早口で話す祓魔師。専門用語が次々と飛び出し、途中からは悪魔祓いに明るくないラキにはもう聞き取れないほどだった。


「ちょ、落ち着け!俺はお前の仕事は詳しくねえんだから」

「ああ、すいません」


一旦落ち着いた祓魔師は一つひとつ説明しながら先日の仕事について話した。


「と、いうことで、使ってみないとわかんないって言ってたのでご報告でした」

「とにかく、必要な効果の持続時間が伸びていい感じだったってことだな」

「まあ、はい。そういうことです。特免取れますよ、これ」


特免とは、特別免許登録の略で技術を登録して技術者を守るための免許のこと。これは錬金術にも適応され、数々の技術が登録されていている。特免に登録された技術を使用するには少額ではあるが使用料がかかる。今までは錬金術師として商業登録する際に一括で使用料を払っていた訳だが、登録出来れば今度はもらう立場になるわけだ。


「なら、後何回かお前に試してもらわないと、な」


発言した効果がまぐれでは困る。祓魔師に実験の約束を取り付ける。


「アーシャ、しばらく店番な!」

「え!?またですか!?」

「頼んだぞ」


そう言い置いてラキは作業室へと戻っていった。

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