罰を受けるべきです


「先輩……何があったんですか!」


 見たこともないくらい、焦った様子の花蓮は地面に倒れた俺を起こすと、足元がおぼつかない俺の肩を掴んで事態を問いただす。一体、花蓮は何に驚いていたんだろう。俺はただ、呆然と歩いていただけだってのに。


「……何もない。花蓮が気にすることなんてないよ」


 彼女が親友にNTRれてショックを受けてました、なんて後輩に言えるわけがない。だから俺は、淡々とそう応えた。けれど、花蓮が納得してくれる様子はなく、俺の手をぎゅっと掴んでは、本当に心配そうな表情で俺に訴えかける。


「何もないわけ……ないじゃないですか。だったらどうして……信号もない道路に、身を投げ出そうとするんですか……」


 ……そうか。さっきの大きな音は、クラクションが鳴った音だったんだ。全然気づかなかった、いや、もしかしたら身体が本能的に死を望んでいたのかもしれない。……ははっ、確かに死んだほうがいっそ楽になれたかも。


 でも、花蓮が助けてくれた。その事実に、俺は感謝をしないといけない。


「……そうだったんだ。ありがとう花蓮、俺のことを助けてくれて。でも、本当に俺は大丈夫だから、気にしないで——」


「大丈夫なら、どうして泣いているんですか! どうして、そんなに辛そうなんですか!」


 飛び出しそうなくらいに目を見開いて、花蓮は声を荒げる。それを聞いて、俺は初めて自分が泣いていることに気がついた。もう、身体と魂が分離したかのように、今の俺は生きている実感がないようだ。


「教えてください先輩、プレゼントを手に持っているってことは……日高先輩と何かあったってことですか?」


「……!」


 花蓮の勘は鋭く、まさに俺を絶望させた人の名前を出す。いっそ、花蓮に全てを話してしまえば楽になれるのかな。でも、花蓮にこんな下世話な話をしたくない。余計な心配なんてかけずに、何事もなかったかのように、部室で日々を過ごしたいと、俺は思っていた。


 でも。


「……話せないなら、せめてこうさせてください。私は、先輩が苦しんでいるのを放ってなんていられません」


 包み込むように、花蓮は俺のことを優しく抱きしめてくれた。それは、大きな傷を負ってしまった俺には有り余るほどに心地よくて、いつの間にか声を出して泣き出してしまう始末。本当に、先輩として情けない。こんな姿、絶対に花蓮には見せたくないと思っていたのに、一番近い距離でそんな醜態を見せてしまう。


「気がすむまで、泣いてください。私はずっと、先輩の側にいますから」


 今の俺が言って欲しい言葉を、花蓮は見透かしているかのように言ってくれる。それが大きく開いた俺の心の傷に染み渡り、涙は延々と出続けた。


 大好きだった彼女、信頼していた親友に裏切られた俺だけど。たった一人、俺の側にいてくれる後輩の存在は、今の俺には本当に嬉しかった。


「……ありがとう、花蓮」


 涙を出し尽くして、ようやく少し落ち着きを取り戻した俺は花蓮にお礼を伝える。


「どういたしまして。これ、お水です。……お話、できますか?」


「……公園でするよ」


 あれだけ泣き喚いたのに事情を話さないのは失礼だと思った俺は、花蓮に事の顛末を話すために公園に向かった。そして、誰もいない公園に着くとさびれたベンチに花蓮と横並びで座り、見てしまった光景を話す。


 真衣が夏樹とセックスしていた事。前から二人が浮気していた事。俺のことの将来なんて、何も考えていなかったこと。それを見てしまった俺は、ショックでいつの間にか道路に飛び出して、花蓮に助けてもらったことまで、全部。


「……本当に辛かったですね、先輩」


 花蓮はずっと俺の背中をさすりながら、話を聞いてくれた。普段はちょっと冷たいところや、意地悪なところもあるけど、いざと言う時に見せてくれるこの優しさが、今の俺には本当に助けになっている。


「……ごめんな、こんな話聞かせて」


「構いません。先輩こそ、辛い話を話してくれてありがとうございます」


「……優しいな、花蓮は」


「傷ついた人を痛めつける趣味はないので。それで先輩、このままでいいんですか?」


「え?」


「このまま二人が何も罰を受けずにのうのうと過ごしていても、いいんですか?」


 その言葉に、俺は返事を詰まらせてしまう。あいつらが罰を受けたところで、あの幸せだと感じていた日々はもう帰ってこない。俺もあいつも、お互いに幸せになることはないんだろう。だから復讐なんてしたって無駄だ。


 だけど、本音は違った。俺が受けた苦しみと同じように、あいつらも苦しんでしまえばいいのにって、心の奥底では思ってしまった。


「私は受けるべきだと思います」


 花蓮は俺の心を見透かしているかのように、俺の本音を肯定する。


「先輩、少し待っててくださいね」


 ベンチから立ち上がり、花蓮はどこかに行こうとする。直感的に、嫌な予感がした。止めるべきだと思い立ち上がろうとするも、ふと突然クビの後ろにトンっと衝撃が走り、意識が遠のいていく。


「あとは、私に任せてください」


 消えゆく意識の中で、花蓮のその声だけがかすかに聞こえたのを最後に。俺は気絶してしまった。


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