第7話 新川悠2

 今日は久々に来客があった。扉の向こうから母さんの声がした時、勉強の邪魔になるから無視しようと思ったが、懐かしい名前が出たことで手が止まった。小学生の頃の友人、月岡だった。


 月岡とは最後に会ったのが中学に上がる前だったので、かれこれ四年ぶりに聞く親友の名前だった。母さん曰く久しぶりに地元に戻ってきたらしい。


 招き入れるか迷ったが、彼がその後どんな人生を送っていたか気になったので了承することにした。


 僕が答えると、母さんはいつもより跳ねた声を出し、バタバタと階段を降りていった。僕が人と会うのが随分嬉しいようだ。


 しばらくするとゆっくり階段を登ってくる音がした。そしてノックが三回。懐かしい。子供の頃遊びに来る時、ノックの回数が合図になってたな。


 声をかけると扉が開いた。すると、扉から悪戯っぽい笑みを浮かべた友人が現れた。相変わらずの脳天気さに笑いが込み上げた。


なぜ訪ねてきたのか聞いてみたが、月岡はこちらの質問に答えず、僕の部屋をキョロキョロと見回していた。自分の興味あるものに真っ先に注意が向く性格は変わらないなと思った。


 その時は恥ずかしくて言えなかったけど、彼の能天気さに随分救われた気がした。

その後、月岡の身の上話を聞いた。ある程度は想像していたが、彼は彼で相当な人生を送っているようだった。(内容は彼のプライバシーを守る為割愛する。)


 彼はその境遇を悲劇的にも自虐的にも語らない。ただ自分の現状を受け入れているようで、それを羨ましく思う。しかし、それはある種の諦めにも感じられた。


 月岡から今後どうする予定なのか尋ねられた。僕は資格も取っていたし、大学受験をすると決めていた。その為にずっと勉強にも励んでいる。そう伝えると彼は賞賛してくれた。


 ここ何年も人に褒められるということが無かったので、正直嬉しかった。でも、僕はそれを素直に受け止められるほど立派なものでもない。


 事情を話した。辰巳ひなた。彼女に僕は酷いことを言ってしまった。今の自分の状況がまるで彼女のせいであるかのような言葉を。もちろん本心では無かった。しかし、そんな言葉が自分から出たことが許せない。


 そんな僕に対して彼女は変わらず接してくれている。彼女に直接会って謝りたい。そして、許されるなら一緒に歩んで行きたい。その一心だけで今は前に進んでいる。


 彼女との繋がりが無ければ、僕はこの怠惰な生活から抜け出そうとも思わなかっただろう。ただ自分の運命を呪いながら、不幸という名の免罪符を持って現状を正当化していたはずだ。


 彼女の名前を出すと、月岡は妙に納得した顔をして見せた。子供の頃、彼女と月岡は同じクラスになったことは無かったし、それほど親しくは無かったと思う。しかし、僕と彼女が一緒にいるところを見られて、後で二人の関係を冷やかされたものだった。


 僕の話を聞いた月岡は気持ちの良いほどケラケラと笑った。そしてひとしきり笑った後、僕への協力を申し出てくれた。


 聞けば彼も今後について目標を失っていたということだった。日々を食い繋ぐだけの仕事はあるが、何かやらなければならないと焦りを抱いていたらしい。だから僕と一緒の大学を受験するというのだ。



 それと、もう一つ指摘された。外に出る練習はしなくて良いのかと。



 痛い所を突かれたなと思った。受験勉強を初めてから何度も外に出ようとしてきたが全くと言っていいほど、上手くいかなかった。どうしても他人がいると動悸が止まらなくなってしまう。確かに知り合いが一緒にいてくれれば克服できるかもしれない。


 ただ、僕はそんな月岡に少し意地悪をしたくなった。彼が高卒認定を取ることができたら、一緒に大学を目指そうという条件を出した。


 彼の気持ちはありがたいが、それによって勉強の邪魔になるようなら不要だ。思い付きで言っているのであれば、事前に条件を出せば諦めるだろうとも考えた。それに、本心から受験をしたいのであれば、いずれにせよ月岡には必要になるものだ。


 月岡は二つ返事でその条件を承諾し、元気よく部屋を出ていった。


 騒々しい客が帰った後、父さんがドアの前に立ち、様子を訪ねてきた。引きこもりの息子に来客があったのだから、親としては当然気になるのだろう。僕は無難な返答に留めた。


 それをきっかけに考える。僕は彼を心から信頼できるのだろうか。今の僕は外に出ると動悸が止まらなくなる。他人と接するなんてとてもじゃないが正気を保てる自信が無かった。でも、不思議と彼とは昔のように話すことができたな。

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