第14話 欺く者への追悼を (1)

 シルリィが塔を目指すと言ってから、三日ほど経った。


 自分としては野宿なんてシルリィにさせられない! と思っていたが、背に腹は代えられない。シルリィが寝ている間は自分が起きて、彼女の護衛をすると決めた。


 その時にシルリィは反対したが、何とか彼女を説得し、その生活スタイルを定めた。ちなみに言うと、デュラハンの身体に睡眠はほぼ必要ないようで、三日三晩寝なくとも一切体調が悪くならなかった。


「おはようございます、デュレイさん」

「おはよう、シルリィ」


 挨拶を済ますと彼女は朝ご飯を作り始める。作り始めると言っても大層な料理ではなく、軽いスープを作って硬いパンを浸して食べるくらいの朝食だ。


「今日くらいで塔につくと思うのです」


「そうか。それで……」


「どうかしましたか?」


「塔には何をしに行くんだい?」


「ああ……そういえば話していませんでしたね」


 大して具の入っていないスープを飲み干して、硬いパンを一口齧る。


「塔というのは所謂、魔法使いの研究所みたいなものでして、そこに物知りな私の友人がいるんです。彼女に会いたいというのもありますが、やっぱり一番は……」


「一番は?」


「デュレイさんの首の行方が、知れるんじゃないかと思いまして」


「自分の……首……」


 そう言われて衝撃を受けた。


 前世の自分は首があったからこそ、デュラハンとなっても首に執着していた。

 だが、今はどうだろう。


 前世で首のついた人型の生物として生きた、という記憶しかない。そこにどんな言葉を使って、どんな人と出会って、絡んで、夢を紡いだのか何も覚えていないのだ。


「今は、シルリィがいるから首なんて無くてもいいと思ってたな……。でも、ありがとう」


「私なんかより、首の方がきっと価値が高いですよ。自分の身体なんですから」


「自分の身体よりもシルリィのことが大好きってことだよ」


「……もう!」


 恥ずかしくて顔を向けてくれなくなったシルリィの愛らしさというか何というか。


「この幸せがずっと続けば良いのに……」







  

 それから昼が過ぎ、夕暮れ時になったころ。自分たちは上を見上げていた。


 何を隠そう、シルリィの言う「塔」についたのだが、入り口が付近に見当たらなければ、窓も何もない。唯一あるのは、円形に綺麗に整えられた石レンガの壁くらい。しかもそれが空の高さまで続いている。首が痛い。


「うーん……おかしいですね」


「扉が無いのが?」


「いえ、それはいつも通りなんですが……」


 大量に積み上げられた石レンガの一つだけをじっくりと見つめている彼女が不思議で仕方が無かった。


「うーん、部外者が居ると入れてくれないのでしょうか……」


 部外者、つまり自分のことだ。


 そりゃそうだ。こんな風変わりな場所に住んでいる魔法使いが、外の人間(人間ですらない)を信じる訳無かろう。


 自分が魔法使いの立場で、シルリィが知らない奴と共に訪ねてきたならば、それはもちろんシルリィのためを思って扉を開けるだろう。連れが入る前に、扉は閉めるが。


「……それは私が外出中だから開かないんだよ、まったく……。欺く娘よ、そなたは馬鹿か?」


 突然後ろから声がして、思わず身体をビクッと震わせてしまった。


 地面に付きそうなほど長い紫色の艶のあるストレートな髪。見る者を惹きつける、オレンジ色と水色のオッドアイの瞳。口からチラリと見える八重歯。身長はシルリィより大きく、自分より小さいほど。


 そして何より特徴的なのが、尖った耳だった。


「魔法についてよく知らないだけですよ」


「へっへっへ。冗談だ。今から開ける。影の子も入ると良い、少し狭いが休む分には申し分ないよ」


 そう言うと名前も知らぬ魔法使いは、手に魔法陣を広げ、石レンガの壁を歪ませた。何かのゲートのようにも見えた。


「さあ、どうぞ。影の子よ」


 シルリィは先に中に入った。不信感はあるが、入る以外の選択肢はない。


「取って食ったりはせんよ。欺く娘じゃないんだから」


 その「欺く娘」というのは一体どういうことだろう?

 疑問はいくらでも湧いてくる。だが、気にしていられない。

 自分は警戒を解くことなく、塔の中に入った。










 外装の割に中は広いように感じた。部屋の中全体を見回すように眺めていると、魔法使いは話しかけてくる。


「空間をゆがめる魔法を使っているから、広く見えるんだ」


「考えてることが分かるんですか?」


「何となく、そんなことを思っているんじゃないかと思っただけだ。こう見えても数千年生きるエルフ族だからな。低俗な人間が考えることなど丸わかりだ」


「デュレイさんは低俗な人ではありませんし、人間でもないですよ。というか、まずは自己紹介をしませんか?」


 世間一般で言うジト目でエルフの間違いを指摘したあと、自己紹介の提案をしてきた彼女に驚いた。


 今では当たり前に「シルリィ」「デュレイ」と呼び合っているが、エルフの彼女はこの名前を知らない。それも含めて、自己紹介もいいものだと思えた。


「自己紹介でも他己紹介でも何でもいいが、呼び方を変える気は無いからな」


「それでも、聞いてほしいんです! 新しい名前を!」


「欺く娘の考えることはわからないな……。まぁいいか」


 エルフが自分をソファに誘導し、座らせる。目の前にはローテーブルがあって、ティーカップとティーポット、そしておやつのクッキーが用意されていた。


「飲めないことはわかっているが、雰囲気だけでも楽しんでくれ」


 ふとシルリィとの出会いを思い出していた。あの時もシルリィはお茶を入れてくれた。結局飲むことは無かったが、もしかしたらシルリィは目の前のエルフの魔法使いから、かなり影響を受けているのかもしれない。


「まぁ影の子のお茶は毒入りだがな」


 やっていることが、同じだから。


「懐かしいな……」

「……むぅ」


 シルリィがこちらを睨んでいる。可愛い。何も怖くない。

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