第12話 フェナカイトの魂 (3)

 さらに数年が経った。ご主人様ととある少女の出会いだ。


 僕が不老不死の人形となってから、ご主人様は旅を続けた。名乗る名前はその時々で変え、顔も変えていた。僕はそんな偉大なことはできないので、名前も顔もそのままだった。


 ある小さな村で、ご主人様は偶然見かけた少女をターゲットにした。


「あの子供を化け物にしよう」


「わかりましたぁ。どんなモノにしますぅ?」


「そーだな……。禁忌とされている魔導書でも渡してみるか。他の本に紛れさせて、人喰いの化け物になる魔導書も読ませよう」


 ご主人様は基本的に好奇心旺盛だ。面白そうだから、という理由一つで国を亡ぼすし、気に入らないことがあれば最低の行動で見せしめにする。


 到底神とは思えない。でもご主人様は神なのだ。


 全員が、従うべきだ。


 とは思いつつ、自分が抱く矛盾に苦しんでいた。余計な考えが浮かびそうになった時は、必ずご主人様が話しかけてくれる。そして痛みを、悩みを忘れさせてくれる。


「異国の絵本と……図鑑と、小説も入れよう。間に挟むように魔導書をねじ込んで、と。いやぁ、狂気の産物を人間から盗んでおいてよかった」


「楽しみぃですねぇ」


「ああ、本当に楽しみだ。どんな悲劇が見れるか……ハッハッハ」





 翌日に、外で水を汲んでいる少女を見つけた。僕は顔を隠すように言われているので、下を向いてフードを深く被って、会話だけを聞いているような状態だった。


「やあ、お嬢さん」


「こんにちは」


「こう見えて旅をしている者なんだが……ちょっと道に迷ってね、王都に行くにはどの方角を歩けばいい?」


「まぁ! 旅人さんなんですね!」


 しばらく談笑が続く。方角を教えてもらったり、今までどんな場所を巡ってきたりしたとか、どんなものを見たかとか、そういうくだらない話。


「ありがとう、お陰で道に迷わずに済んだよ。お礼と言っては何だが、旅の途中で買った本をいくつかあげようと思うんだ」


「お礼なんてとんでもないですよ、困っている人を助けただけなんですから……」


「ではこうしよう、旅人の私は荷物がいっぱいで物を減らさないといけない、それをあなたが親切で受け取る、というのは」


「荷物がいっぱいなら……」


「難しい本ばかりじゃない。図鑑や絵本、小説など色々な本だ。中には難しい表現があったりするけど、大人になる頃には読めるだろう」


「そ、そういうなら受け取りましょう! 実はとっても嬉しいのです!」


「うんうん、子供はいっぱい勉強していっぱい遊ばないとな。はい、どうぞ」


 少女の顔が分かるくらいに、少しだけ顔を上げる。


 随分整っていて、こんな村に置いておくには勿体ないくらいだった。


「……」


 ご主人様はそれを口に出していった。少女が首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


「いや、従者が早く行かないとって急かしてくるんだ。気にしないでくれ」


「そうですか……」


「そうだ。お嬢さん、お名前は?」


「フェナク。フェナク・メリッサです」


「うむ、覚えておこう。フェナクお嬢さん。それではまた、どこかで会えると良いな」


「はい、さようなら」





 フェナクと別れてから村を出て、村全体を見渡せる丘があったためそこに移動した。


「んで、どうだ? 惚れたのか?」


「惚れてないですぅ」


「俺は好きだぞ、ああいうの」


「はぁ……」


 呆れていた。いくらご主人様といっても、こういうことを聞いてくるところはどうも好きになれない。


「さぁ、何日で効果が出るかな」


 ご主人様の悪意に満ちたあの目を忘れることはできない。


 そのまま気長に待って、深い夜が来た。僕はウトウトしてきた。別にこの身体は睡眠を必要としていないのだけれど、不老不死になったばかりの僕はまだ、人間の習慣を捨てきれないようだ。


「眠そうだから喋るか」


「気にかけてくれるんですかぁ?」


「寝たいんだったら寝ていいぞ。その時が来たら叩き起こすだけだ」


「ちょっと寝ますぅ」


「ん」


 ごろんと寝転がってそのまま目を閉じる。


「寝顔は……可愛いんだよな、レアル」










 少しだけ夢を見た。


 国が亡ぶ前の記憶を映し出しているように思えた。

 お母さんの部屋に行く。お母さんは綺麗なドレスを身に纏って、新しいアクセサリーを買おうかメイドに検討している。お母さんは僕に気付くことなく、鏡に映る自分自身の姿に酔っていた。実際母は美しかった。

 次に父の書斎を覗いた。お父さんは字がびっしり詰まった紙と睨めっこしている。お父さんは僕に気付くと、こっちへ来なさいと、手招きをした。

 僕はお父さんの側に行った。頭を撫でられた。

 何故か涙が出てきた。



 そして目が覚めた。現実でも僕は泣いていた。さらに驚いたことは、ご主人様が僕の頭を撫でていたことだった。


「急に目覚めたな、悪夢か?」


「いぇ。家族の夢でしたぁ」


「家族ね。まぁ、懐かしむくらいは良いでしょ」


「……」


 ご主人様は僕の態度を見て、一言。


「苦しいか」


「へ?」


「フェナク嬢が化け物になったら、真っ先に身近にいる人を喰うだろう。それがお前の過去と重なったか、どうだ」


「どぅ、でしょう」


「家族を敵兵に奪われたことと、家族を殺すことは、明らかに違う部分があるだろう。でも既視感を覚えた、そんな感じか?」


「わかぁりません」


「……俺と喋ってるときは、碌な思考ができないんだったな。あと、喋り方をどうにかしねぇと。いい加減ウザくなってきた」


「……」


 思うところはあった。


 複雑な思いを言葉にするのは難しい。僕にはその脳が無い。でも無い脳で必死に考えて導き出した答えは合った。

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