第8話 黒鉄と虹 (2)

 頭からパクリと食べられてしまったレアル。ざまぁみろとしか言いようが無いが、正直グロいはずのその捕食の光景から目が離せなかった。食べる所作さえも美しい。手遅れなくらいに、自分がシルリィに惚れている。


 ぐちゃり、と言語化するのも難しいような捕食音が聞こえたかと思えば、べろべろと大きな舌がレアルを舐めて噛み千切られた。その場には足だけが残され、食われた衝撃で右足らしきものが横に倒れた。


 咀嚼音ASMRとは程遠い、常人なら気色が悪いとまで思う、化け物のくちゃくちゃと口の中で食べ物を崩していく音。それさえも魅力的であった。


 シルリィの宣言通り、足の先っぽだけが残されたレアル。彼を可哀想とも思わず、当然の報いだと思う。……あくまで、自分の目線では。


「シルリィ、美味しい? 多分美味しくないと思うんだけど」


「おーいしくないっ。いくらレアルくんでも美味しくない」


「吐き出してもいいぞ。あんな奴……食った方が身体に悪いと思うし」


「でぇもー。せっかくだし、ちゃんと食べないと!」


 そう言ってむしゃむしゃと噛み続け、飲み込んだのが外からでもわかった。


「あのね、デュレイ。元の姿に戻るのに時間がかかるの。もう少し、待ってくれる?」


「うん、いくらでも待つよ」


 自分はそっとシルリィに寄り添って、静かに体温を感じた。人間らしい体温ではない。


 ざらざらとした皮膚は親しみを覚えられない。でも、一番大切な人だと考えたら何もかもが愛おしく思えてくる。狂っている。でも狂うほど愛している。


「お洋服まで食べるつもりはなかったの……。今日は急だったから、一口で食べちゃったけど……。ほ、本当は、いつもは、もっとお上品に食べるの」


「うん。自分は、ありのままのシルリィが好きだ。無理に取り繕わなくても、どんなシルリィでも、この気持ちに変わりはないよ。今日は急だったから、仕方が無いんだよね」


「うん……」


 目の前の人喰い姿のシルリィに赤面などという概念はなさそうに見えるが、確かに自分は恥ずかしがっている彼女を感じた。


 姿は多様、純粋な心。そんなシルリィが大好きだ。


「人間の姿でも、人は食べるの。でも、でも、たまにこうなっちゃう」


 どうしても本人の気が済んでいないようで、必死に言い訳を並べている。

 自分はシルリィをそっと撫でたあと、シルリィを安心させるように抱き寄せた。





 それから二十分ほど経ってからのことだった。


 突然シルリィの身体周辺にキラキラとした銀色の粉のようなものが舞い始めた。そして、見ているうちにどんどんと量が増えてきて、シルリィの姿が覆い隠されてしまった。


「こ、これは」


「ああ、大丈夫です。人間の姿に戻る前兆なので、むしろ安心してください。ほら!」


 彼女が言い終える頃に、銀色の粉のようなものが少しずつ離れていく様子が見て捉えた。その量は、寄ってきた分以上に増えていて、粉が完全に消え去った後に人型となったシルリィがこちらを向いて微笑んでいた。


 が、化け物に変化したせいか、一切の衣服を身に纏っていなかった。目は無い。しかし思わず眼を逸らす。


「すいません、時間がかかってしまって」


「あ、ああ……」


「あ! 洋服が……。すいません、もう少しお時間いただいてもよろしいですか? 瞬時に変身したせいで、衣服が無くなってしまい……」


「は、早く着替えて!」


 自分がそう言うと返事をする間もなく、小屋の中へ入る音がした。


 顔は無いが、やけに顔が熱くなっているように思える。何となく、人間の感覚がそう言っているのだ。つまり、自分は恥ずかしいのだと。


 女性の縁が無かったのは事実だ。多少はあるかもしれない。けれど、魂に刻まれるほど心から想う女性はいなかった。薄れていく記憶の中に、そういった人はいない。むしろ安心した。


 ……本当にいなかったか?


 焼けて端しか残っていない写真のような前世での記憶。いつしか転生者であることも忘れてしまいそうな具合に薄れていく。まるで別人になれと言われているようだ。





 しばらく経って、シルリィが頬を染めながらあばら家から出てきた。


 緑と白を基調とした清楚なワンピースだった。これも食べた人から奪ったのだろう。そう思うと随分綺麗な状態だと思った。シルリィは几帳面なのだろうか、そうじゃなくても、そうだとしても、どちらも彼女の魅力には違いない。


 それにしても、シルリィには緑色が良く似合う。


「すいません……えっと、その……」


「いや、大丈夫。気にしないで。それより早く移動しよう。こんな場所、危険だ」


 かなり無理がある言い方だっただろう。しかし起こってしまったことは仕方が無いとシルリィも割り切ったようで、声の調子が少し変わったのが聞いて取れた。


「え、ええ! そうしましょう。楽しい旅の始まりですね!」


 こちらも少々強引に感じられる。しかし、シルリィの赤らめた頬と、ぐるぐるが目の中に入っていそうな必死さが愛らしい。


 そう言って、彼女は地面に落ちていた荷物を拾い、自分の側に来る。


「どこか、行き先はある?」


「そうですね……。あ! ここから近い場所に塔があるんですが、そこに少し寄らないといけないので、そこに行っても良いですか?」


 塔。


 てっきり街に行くものだと思っていたが、よくよく考えると街は危険だ。


 そもそも、人間社会で敵とみなされている僕らが受け入れられるはずもなく、騎士団のような危険な集団もいるかもしれない。そうなると、街は避けた方が良い。


 それにしても塔か。シルリィは一体何がしたいのだろう。その目的を聞くべきでは無いと咄嗟に判断する。きっと、着いたら教えてくれるに違いない。まぁ、どちらでも構わないのだけれど。


「もちろん。道はわかる?」


「こっちです! ついてきてください!」

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