第5話 奪え奪えと手を伸ばす (2)



 ドンドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドン!



 あばら家の今にも外れそうな扉を強く叩かれる。そんなに強く、何回も叩かれたら扉が壊れてしまう。ふとシルリィの方を見ると酷く怯えていた。そして僅かに手が震えていた。抱きしめられていたはずの身体には、彼女の温もりだけが残っていた。


「……心当たりはある?」


 囁くような声で彼女に聞いた。扉を叩く得体のしれないものにバレないような声で。怯え切った彼女はゆっくり喉を震わした。


「この、強い叩き方は、ロズザート騎士団……だと思います」


 魔導書を読んだ人を見つけたら殺そうとする、自分たちにとっては敵の存在。そしてシルリィを怖がらせる原因。


「相手が危害を加えてきたら、やっつけるよ」


「で、でも強い……と思います」


「それで死んでもそういう物語になるだけだ」


 扉を叩く音がさらに強くなる。そろそろ出ないと扉を破壊されそうだ。


 扉を開けるときに大した勇気は要らなかった。いつもよりも体が軽いようにも思えた。ある意味吹っ切れていたとも言えるだろう。相手がかなり強く扉を叩くのとほぼ同じタイミングで扉を開けた。そのせいで、相手の手と扉がちょうどぶつかって「あ?」という声が聞こえたような気もしたが、それすらも気のせいに片付けた。


「ああ、すみません……って⁉ デュラハン⁉」


 そこには屈強な男が一人立っていた。その男は銀色の洋風な鎧を身に着けて、大きく重そうな剣を持っている。被っているものがあるせいでよく顔は見えなかったが、髪と眼、その両方が金色だということくらいならわかった。


「何の用事で?」


 冷静にそんなことを聞いてみた。デュラハンであるということだけで相手はビビっている。そんなにこの世界じゃ嫌われ者なのか、デュラハンって。


「ぎ、銀髪の餓鬼がここにいるっていう通報を受けてな……処理しに来た」


「処理、ねぇ……」


 沸々と怒りが湧いてくる。淡々とした感情を相手にぶつけてどうにかなる世界で生きていないからこそ、この世界が最高に楽しみに思えてきてしまう。そんなことを、敵を目前にして思えるのだから、自分は相当頭のねじが外れてる。


 なんだ、普通じゃん。


「悪い、そのような人間を見た記憶はない」


「あ、ああ。そうですか……では失礼しました。……っつ⁉」


 力の使い方を思い出した気がする。気がするというのは、そもそも自分という現実世界を生きた人間にデュラハン特有の力をコントロールする記憶など無いからだ。


 スーツと手の甲の間から黒いものが飛び出す。黒いものの形を瞬時に観察すると、槍の穂の部分に近しいものというのが分かった。金属ではない何かだが、その鋭さをどこかで見たことがあるように思えた。ああ、そうだ。この鋭さは自分の爪だ。


 鎧の隙間にスルッと刃は入っていく。刃は止まることを知らない。いつかそれは肉を切り裂き赤い液体を鎧の中に満たしていく。でもこの場所は急所じゃない。こんな程度の怪我で死なないはずだ。


 相手が大剣を構えようとする。一旦体ごと引く。後ろはあばら家、あまり距離は取れない。そして守るべき存在も居る。負ける、なんて未来は最初から想定していない。シルリィには不安に思わせる言葉を言ったかもしれない。けれど心の内では……。



「さようなら、見知らぬ騎士」



 三本同時に出せるかな、という好奇心の実験台になった騎士。彼の首のあるであろう場所めがけて、手の甲辺りから伸びてきた三本の槍の穂の部分で裂く。


 僅かに騎士が呻いた。殺される恐怖をようやく実感したか。いや、首が裂かれた勢いで出た意味の無い音か。もうそんなことはどうでも良かった。


 大きな音を立てて騎士は倒れる。鮮やかな草花を醜い赤色で染めていく。そんな状況を見て、デュラハンという生物の本能がうずめきだした。


 デュラハンは『死を予言し、執行する存在』。そして現実世界の人間の思想が加わり、ねじ曲がった存在。そんなぐちゃぐちゃの存在が持つ本能とは?



「執行するだけじゃ物足りない、魂を『奪う』。そして捧げる……ハハ」



 ふとそんな言葉が零れていた。厨二臭くて反吐が出る。元から留める気なんて無かったが。


 鋭い爪に魔力を流す。流し方さえ知らないはずなのに出来ている自分が怖い。


 微かに黒い靄がかかった手を見て、それが合図だと言わんばかりに真っ直ぐ、倒れた騎士の心臓目がけて手を伸ばした。


 そして鎧や皮膚などというものをすり抜けて、何かが爪の先に当たる。これが、自分が奪いたいものか、と認識してそれを掴んでそのまま真上に持ってくる。鎖が二重に重なって引き戻そうとする、魂が外に出ないように多少抵抗しているようだった。


 そんなものの意味はない。奪いたいと自分が強く願って実行さえしてしまえば、霊的な何かが引き戻そうとする鎖なんぞ敵ではない。無理やり引っ張って、鎖は崩れていった。





 醜くも美しい、自分の大切なものを守ろうとするデュラハン。



 それが、デュレイ。





 その一連を静かに見ていた少女が歪んだ笑みを浮かべていた。声を出して笑っているわけでは無い。ただそこに笑みを浮かべているだけ。そんな些細なことに、目の前のことで必死になっているデュレイが気づくこともない。


「デュレイさん、大丈夫でしたか?」


 シルリィがあばら家から恐る恐る出てきた。壁の隙間からこの戦いを見ていたのかもしれない。見られているという自覚なしに動いていたものだから、今更になって羞恥心がひょっこり顔を出してしまい、顔を赤らめる。その顔すらないが。


「ん? ああ、シルリィ。やっつけたよ。案外体が覚えているもんだね」


「怪我はないですか? 本当に大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ。安心してシルリィ」


 手に持った魂の置き場所に困って、そのまま何も考えずに自分の中に突っ込んでしまった。これが後にどんな影響を及ぼそうとも、自業自得と言えるだろう。


 もうこの場所にシルリィがいるということがバレてしまっている。この騎士は単独で、周りに仲間も居なかったため自分の存在はまだバレていないと言えるだろう。まぁそれさえも時間の問題だ。


「シルリィ、早くこの場所を離れよう。また騎士が襲ってくるはずだ」


「はい、わかりました! 荷物を取ってくるので少しだけ待っていてください」


 死体の横で呑気に喋って、荷物を取りに行くシルリィの後姿を眺める。多分こうやってシルリィをゆっくり眺める時間など無い。恨みたいが、恨み切れないのが自分であった。


 空に浮かぶ雲の流れが速い。大きな太陽、反対側には二つの月。


 この世界に来てからろくに空なんて見ていなかった。そもそも上を見ていたら、この世界でデュラハンとして生きることはなかったかもしれない。その代わり、社会という杭に鎖で繋がれたままだっただろうけれど。


 ……スルーしたけど、この世界、月が二つあるのか。それは驚いた。そもそも月というのも現実世界での名称で、ここでは違うだろう。






「みぃつけた」

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