第45話 腸詰めとポテト



「ふぅ……もう朝か……」


 執務室の窓から差し込んでくる陽光を見て、ジェイコブは顔をしかめる。


 机の上には処理を終えた書類の山。


 作業に取り掛かったのが夜中……差し込んでくる陽光を見るに、夜通し仕事をしてしまったようだった。


 ノロノロと椅子から立ち上がり、ぐっと大きく伸びをする。


 パキパキと背骨が小気味の良い音を立てる。ガチガチに凝り固まった全身の筋肉が伸ばされ、心地が良い。


 ギルドの幹部なんて、体の良い雑用係だ。


 誰かがやらなくてはならない仕事だとはわかっている。しかし冒険者として危険と隣合わせの仕事をしてきた自分の行き着く先が、こんな書類仕事だとは思ってもいなかった。


 差し迫った仕事はすべて片付けた。今日はもう帰って寝たほうがいいだろう。


 そう考えた矢先、ぐぅと腹が空腹を主張して情けない音を立てた。


 夜通し作業をしていたのだ。腹が減るのは道理だった。


 ジェイコブは少し悩む。


 正直、体力は限界だ。そのまま家に帰り、ベッドに潜り込んでぐぅぐぅと眠り込んでしまいたい気持ちはある。


 しかし、この度し難い空腹がそれを許してはくれなさそうだった。


 小さくため息をつくと、ジェイコブは職場を後にするのだった。










 朝から営業している馴染みの居酒屋。


 ジェイコブはどっかりとカウンター席に座り込むと、顔なじみの店主に注文を伝える。


「いつもの頼むよ」


「あいよ!ずいぶん顔が疲れてるみたいだが、大丈夫か?」


 心配する髭面の店主に、ジェイコブは疲れた表情で手をひらひらと振った。


 返答する元気もない。


 それを見た店主は呆れたような表情をして厨房に引っ込んでいき、酒が並々と注がれたジョッキを一つ、ジェイコブの前においた。


「俺の奢りだ。元気だしな」


「……悪いな、気を使わせてしまって」


「いいってことよ。お前は常連だしな。料理ができるまで酒のんで待ってな」


 店主の好意に甘えてジョッキを受け取ると、一口飲む。


 少し酸味のある優しい味わい。酒精も少なく、疲れたジェイコブにも飲みやすい。


 店主ご自慢の自家製蜂蜜酒。後味にほのかな蜂蜜の風味が香る。


 ゆっくり蜂蜜酒を味わっていると、注文した料理が届く。


 大きな平皿に山盛りにされたポテトフライと大ぶりの腸詰め。


 それはジェイコブが若い頃から食べ続けている好物だった。


 フォークで揚げたてのポテトを突き刺す。


 手に伝わるサックリとした感触。まだ湯気を立てているそれを口に放り込む。


 熱々で舌が火傷しそうになる。息を吐き出し、熱を逃しながらポテトを味わった。


 表面はサクサク、中はホクホクに仕上がったポテト。塩を振っただけのシンプルの味付けだが、故のポテト本来の味が楽しめる。


 蜂蜜酒を一口飲み、次は腸詰めに取り掛かる。


 大ぶりの腸詰めをナイフで切り分けると、中から油が溢れ出てくる。


 適度な大きさに切り分けた腸詰めを一口。


 上等な肉を使っている訳ではない(そもそもなんの肉を使っているのかすらわからない)が、プリプリの皮と噛む度に解けるミンチ肉の旨味がジェイコブを虜にする。


 ポテトも腸詰めも、極上の料理というわけではない。


 しかし若い頃から何百と食べ続けているこの料理を、ジェイコブは愛していた。


 やがて日が高く上り、通りに人通りが増えてくる。


 料理を食べ終えたジェイコブは、ジョッキに残った蜂蜜酒を一気に飲み干して店主に勘定を払い、店を出た。


 相変わらず眠いが、腹が満たされたせいか、それとも調子に乗って数杯飲んでしまった蜂蜜酒が効いているのかわからないが、不思議と気分は高揚している。


「……さっさと帰るか」


 魔王を倒して世界を救うでもなく、昔のように危険を犯して誰かを助けるでもない。


 しかし仕事明けの酒と食事を終え、ジェイコブは確かな充実感を感じていた。


 誰かがやらなくてはいけない仕事。


 そんなハズレくじも悪くはないと、そう思ったのだ。





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