第34話 黒ビール

 こんがりと焼きあがったジューシーな鳥の丸焼き。


 新鮮な葉野菜と根菜のサラダ。


 トロトロのシチューには大きくカットされたウサギの肉。


 黒ビールがなみなみと注がれたジョッキを持ち上げ、テーブルに置かれた素晴らしい料理たちの香りを肴に、ジョッキの中身を一気に飲み干す。


 焙煎された麦芽の香ばしさ、深く濃い味わいが一気に喉を通り抜ける。


 マーヤはすかさず給仕にお代わりを要求する。


「まったく、乾杯も無しにもうお代わりか?」


 テーブルを挟んだ向かいの席に座っていたハザンが呆れたような表情を浮かべた。


「だれがテメエと乾杯なんてするかよ。さっきアタシの尻さわったの忘れてねぇからな?」


 睨みつけるマーヤに、ハザンは視線をそらしながら自身の黒ビールを一口飲んだ。


 意外と根に持つタイプのようだ。


 マーヤは給仕が運んできたお代わりのジョッキを受け取り、今度は少しずつ味わって黒ビールを飲む。


 ビールの豊潤な香りを楽しみながら、テーブルの上に乗っている料理に手を伸ばす。


 鳥の丸焼き。ナイフを使って食べやすいサイズに解体し、切り分けられた鶏肉をナイフで突き刺してそのまま口に運ぶ。


 中にたっぷりのガーリックを詰め込んで焼かれた鶏肉は、野営で自分で調理したものとは一味違う。


 肉に移ったガーリックの香り、皮に刷り込まれた塩と香辛料。かみしめるとジューシーな油が染み出てくる。


 すかさず黒ビールを流し込む。


 至福の瞬間。


 美味い酒と美味い肉。これが合わないはずが無いのだから。


「若いねぇマーヤ。悲しいことに、俺は最近脂っこいものが食えなくなってきたんだ……」


 ハザンはそう言いながら、食事はとらずにビールだけをチビチビと飲んでいる。


「年じゃねえのか? いい加減ギルドマスターの椅子を後輩に譲ってやったらどうだ」


「ワハハハッ!おもしれえ事言うな!」


 ハザンは豪快に笑った後、ジョッキに残ったビールを飲み干して、マーヤを睨みつけた。


「舐めるなよ小娘。あれは俺の椅子だ……死ぬまで誰にも渡さねえよ」


「相変わらずの強欲さだな……いつか背中刺されるぞ爺」


「上等よ!俺を刺し殺すくれえのやつじゃねえとギルドマスターの地位を譲る気はねえからな!」


 そんな会話をしていると、酒場の扉が開かれ、一人の武装した男がやってきた。


 その男の顔を確認した瞬間、マーヤは驚いたような表情を浮かべる。


「ジェイコブじゃねえか!お前、王都にいたのか!?」


 かつてスイの街で知り合ったギルド幹部のジェイコブ。


 あの時は貧相な装備をしていたが、今はギルド幹部らしく、高価そうな装備を身に着けていた。


「よぉマーヤ、久しぶり。一応ギルド幹部だからな、本拠点はここさ」


 そしてジェイコブはハザンに向き直ると、真剣な表情で報告する。


「ギルドマスター……奴が補足できました」


 その報告に、ハザンは静かに頷く。


「意外に早かったな……じゃあマーヤ、こいつを食い終わったらさっそくお仕事の時間だ」


 マーヤはジョッキの残りを一気に飲み干し、ニヤリと不敵に笑った。


「あいよ!さっさと片付けて祝勝会やろうぜジェイコブ」




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