第33話 ギルド本部

 王都エラドラにおいて、王城を除いてもっとも巨大な建造物。


 世界中にその勢力を伸ばすギルドの本拠地にマーヤはやってきた。


 港町で見たようなボロボロの支部ではなく、ギルドの本部。


 その建築は相当気合が入っており、ちょっとした小国の城なんかより荘厳だった。


 その巨大な建造物を見上げ、大きなため息をつくマーヤをハザンは笑った。


「なんだそのため息は? 俺の城が気に喰わねえってのか?」


「見てわかんだろクソ爺。アタシはこういう堅苦しい場所が苦手なんだよ」


「若いなぁマーヤ。ま、今回は諦めてくれや」


 そう言ってズカズカを歩を進めるハザンの背中を見て、マーヤは再びため息をつくとその後を追うのだった。










「……公にできん情報が多くてな、回りくどいがギルド本部まで足を運んでもらったってわけよ。すまんな」


 ギルド本部最上階。ハザンの執務室に連れてこられたマーヤ。


 部屋の中にいるのはマーヤとハザンの二人。


 給仕の一人もおらず、かなり立場の高いハザン自ら紅茶を入れてマーヤに差し出した。


 給仕すら入れられないほどの情報というわけだろうか。


 マーヤは差し出された紅茶をグイっと飲み干して一言「不味いな」とふてぶてしく呟いた。


「ギルドマスター様が直々に入れてやった茶だぞ?他にいう事があるだろうに」


「次は給仕が淹れたお茶を持ってきてくれ」


「頼まれても次は茶自体ださねえよ!」


 軽口を叩きながら、ハザンは書類の束をテーブルの上に広げた。


「今回の相手は”緋色の死神”……まあ、お前はわかっているとは思うが、奴は東方の幻想種である ”鬼” だ」


 ”鬼”


 そう呼ばれる亜人は、個体数が限りなく少ない幻想種と呼ばれる種族だ。


 鬼は個体数こそ少ないが、その戦闘能力は非常に高く、記録によるとたった4匹で2千の人間の軍隊を打ち破ったこともあるという……。


「”緋色の死神”はかつての大戦……フスティシア王国とグランツ帝国の戦争で、グランツ帝国が切り札として出兵した鬼種……その認識はあってるかい?」


 マーヤの問いに、ハザンは頷く。


「あぁ、当時世界最強と呼ばれていたフスティシアの騎士団を単騎で半壊にまで追い込んだ化け物だ……その後、”騎士の騎士”アルフレートによって打ち取られたってぇ話だったんだが」


 ハザンは苦々しい表情で、一枚の書類をマーヤに差し出す。


 それは、王都エラドラ近辺で目撃された皮膚の赤い鬼種の証言……。


「……本当にこいつは緋色の死神か?他の個体って可能性は?」


「まあ、その可能性はある……というかその可能性が高い。だがな、緋色の死神は強すぎた。”皮膚の赤い鬼種”ってのはいまだに恐怖の象徴だ。タダでさえ鬼種は強力な種族だ。王都近辺で現れたら放ってはおけねえ」


「……こういうのはアタシの柄じゃないよ?」


 マーヤの言葉に、ハザンはフンと鼻を鳴らした。


「言ったように鬼種は強力だ。たとえ相手が緋色の死神じゃなかったとしても、Sランク以上の冒険者じゃないと相手にもならない」


「カインを呼べよ。あいつなら喜んでくるだろう?」


「あぁ、勇者様なら人助けのため、喜んで参加するだろうなぁ。だが生憎と、今のアイツはフスティシアの貴族だ。おいそれと呼び出せるような地位じゃねえんだよ」


 他の二人も同じだ。とハザンは疲れたように言う。


「だからお前しかいないんだよマーヤ。Sランク冒険者以上の戦闘力を持ち、どんな組織にも縛られずに動ける奴なんてお前くらいだ」


「……討伐隊はアタシだけかい?」


「いや、他にも何名か声をかけている。まあ、今偵察部隊がターゲットの居場所を補足しているところだ。補足するまでに集められたメンバーでやる予定さ」


 マーヤは考える。


 先ほどの話が本当なら、緋色の死神が本気を出せば王都は崩壊とまではいかなくてもかなりの被害が出るだろう。


 冒険者や国の兵を集めても、強力な個の前では無駄な犠牲が増えるだけだ。


 大きく息を吐く。


 知ってしまったからには放っておけない。


 別に正義を気取るつもりは無いが、それでも助けられる命を見捨てる事はできなかった。


「……わかったよ。引き受ける」


「お前ならそういうと思ってたぜ」


 嬉しそうに頷くハザンに、マーヤはビシリと指を突き付けた。


「その代わり!報酬は前払いでいただくぜ!」


「前払いだぁ? 何が望みだお嬢ちゃん」


 眉をひそめるハザンに、マーヤはにやりと不敵に笑った。


「美味い飯だよ!たらふくよこしな!」



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