6月19日 お題:transfur・『キミはボクの親友』

「ごめんなさい、美咲。私はもう、あなたと共にいることはできないの……」

「なんで、そんな……急に……」

「……知っているでしょう、昨日の放送ジャック」

「知ってるけど……それが何なの?」

「私はね、あの時演説をしていた人と同じで……人間ではないの。あんなことになってしまった以上、私はもう普通に暮らすことはできない」

「っ…… で、でも、ボクはそんなの……」

「あなたが気にしなくても、周りの人が気にする。私といたら、きっとあなたまで仲間だと思われてしまう」

「それでも――」

「だから……さようなら、美咲。私の……たったひとりの、かけがえのない、大切な人」

「待って!」

 ボクのことをしかと抱きしめ、それから鳥のような姿になって飛び去ろうとする羽純。

 遠ざかるその体に必死で手を伸ばしても、あと僅か、届かない。

 

 ♦


「羽純!」

 誰もいない建物の屋上で、美咲は飛び起きた。


「また、あの時の夢……」

 夢の内容を反芻し、悔しさを噛み締める。

 

「羽純……キミは今、どこにいるの……」

 屋上の端に立ち、水平線へと目を向けた。

 

 ――あの日、放送ジャックから程なくして、人ならざる者たちは宣言通り各地で一斉に蜂起。

 それにより政府機能は麻痺し、治安は悪化の一途をたどった。

 

 それから数年、過酷な環境の中を生き抜きながら、美咲はずっと羽純を探し続けてきた。

 人ならざる者たちの中でも、鳥の姿を持つ者は比較的数が少ないため、片っ端から目撃証言を当たり、レジスタンスに加わってその情報も得て、果ては怪しげな組織とも取引をし……

 ありとあらゆる手を、尽くしてきた。

 それでもなお、彼女へとつながる手掛かりには、未だたどり着けていない。


「……会いたいよ。キミに会えるなら、ボクは……」

 美咲は羽純のことを思い浮かべ、無意識に手を伸ばす。

 

「美咲……」

 そんな彼女を、背後から呼ぶ声。


「羽純!?」

 彼女は急いで振り返り、右、左と声の主を探すも、そこには誰もいない。

 ふと、上へ目を向けると、そこには空を浮く、人型をした鳥の姿。

 

「呆れた、まだ諦めていなかったのね」

 鳥は羽純へとその姿を変えながら、彼女の眼前に舞い降りた。


「当たり前だよ。あんな別れ方で、納得できるわけないでしょ」

「だからって、普通何年も追いかける? しかもこんな状況で」

「こんな状況だろうとなんだろうと、会いたかった。ただ、それだけだよ」

 羽純へと抱き着こうとする美咲だったが、彼女はそれをサッと横に避けて躱してしまう。

 

「うわっとと!?」

「言ったでしょう? 私たちは獣と人。交わるべきではないの」

「知らないよ、そんなの!」

「あなたは、どうしてそんなに頑固なの……」

「だって、キミはボクの、かけがえのない、たった一人の、大切な親友だから……!」

「っ…… そう、そうね。そうよね。あなたは、そういう子だったわ」

「分かってくれた?」

「……いいわ。そんなに私といたいなら、私のこと、捕まえて御覧なさい? 場所はこの屋上だけ。見事捕まえられたら、あなたのこと、受け入れてあげる」

「望むところだよ」

「制限時間は……今から一時間。じゃあ、スタート!」

 羽純の声と同時に、美咲は飛び出した。

 だが、するりと躱されてつんのめりそうになってしまう。


「ぐ……まだまだ!」

 それでも諦めず、何度でも羽純を捕まえようとする彼女。

 だが、何度やっても、その手が届くことはない。


 しかし……

「やっと、追い詰めた……」

 何度も挑んだ末、彼女はとうとう羽純を隅へと追い詰める。


「果たして、どうかしらね。何か忘れてない?」

 不敵に笑う羽純を気にすることなく抱きしめようとする彼女。


 だが……

 

「ずるい!」

 抱きしめようとする彼女の腕をすり抜け、羽純は翼を生やして上空へと飛び上がってしまう。

 

「おや、私は屋上の上からは出てないけど?」

「ぐ……最初から、そのつもりで……?」

「ええ。あなたを諦めさせるには、もっと絶望させなきゃだもの」

「なるほど…… でも、ボクがこれぐらいで絶望すると思ったら大間違いだよ!」

 

 諦めず、飛んで跳ねて羽純を追いかけ続ける美咲。


 それでも、羽純には手が掠ることすらもなく、やがて……


 終了の時間が近づいていることを告げるアラームが鳴り響いた。

 

「……あと五分ね。諦めなさい」

 羽純は屋上の外で飛翔し、再び美咲をそう諭す。


「いいや、諦めないよ!」

 しかし、美咲はそんな羽純の元へと全力疾走を始めた。


「美咲、何を……っ!?」

 驚く羽純をよそに、美咲は屋上の縁で体を屈め、強く踏み込んで力を貯め……

 そして、全身のバネを活かして勢いよく跳躍する。

 

 そんな彼女の背中から、鱗で覆われた大きい翼が服を破きながら現れる。

 

「な……!?」

「羽純ぃぃ!!」

 屋上から飛び立った彼女の手は、しかしあと僅か羽純には届かない。

 それでも彼女はただ手を伸ばし続け、慣れない翼をぎこちなく羽ばたかせて前へと飛ぶ。


 そして……


「捕まえた!」

 皮膚がひび割れ、次第に鱗へと覆われていく彼女の手が、羽純の手を、掴んだ。


「あなたは、一体なんなの……?」

「さあ……ボクにも分からない。ただ、無我夢中で…… そうしたら、こうなってた」

 会話をする間にも、彼女の身体はどんどん鱗に覆われていく。


「でも、とにかくこれで、またキミと一緒に居られるよね!」

「……はぁ、仕方ないわね。約束してしまったのだし。連れて行ってあげるわ」

「やった!」

 やがて、その顔も大きく変形して、彼女はまさしく竜を思わせる外見へとなった。


「……ところで」

「どうしたの?」

「ボク、もう、げんか……い……」

「美咲!?」

 ふ、と握られた手から力が抜け、羽ばたきも止まり、彼女は意識を失ってはるか下の地面へと落下していった。

 

 一瞬の驚きから即座に立ち直り、それを追って急降下する羽純。

 そして、何とか地面まで落下する前にその体を抱えた彼女は、またあの屋上へと舞い戻る。


「はぁ……まったく、世話の焼ける」

 悪態をつきながらも、羽純はどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「でも……よかった」

 羽純の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。

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