6月 9日 お題:悪堕ち・『オートマタのように』

「レナ……お前は今、どこにいるんだ……」

 妹のレナが行方不明になって、もう一週間。

 気づいてすぐに足跡を追ったが、それは途中で完全に断たれてしまい、結局彼女にはたどり着けなかった。

 私はレナが何者かに攫われたのだと、そう結論付け、今は少しでも早く情報を得るため、衛兵隊の駐屯地に籠り切り、各地のセキュリティカメラの映像を調査しながら連絡を待っている。

 だが、未だ何ひとつ有力な情報は得られていない。


「……少しは休んだらどうですか?」

「これが休んでなんかいられるか。レナは私の全てなんだ。もしレナの身に何かあったら、私は……」

「それは分かりますけど……」

「それに、二年前の惨劇の時に比べれば、このぐらいなんてことはない」

「あの時は結局、事態が収束した後すぐに倒れちゃったじゃないですか先輩。あの後なかなか目覚めない先輩を介護して、レナさんまで倒れるところだったんですよ」

「……ああ、そうだったな。だから今は、あの時の教訓を生かして最低限の武装にしてある。体力もまだそんなに消耗してはいない」

 今の武装は、左手のガントレットに、防弾・防魔仕様のコートと愛用の剣、そしてサイドアームの銃だけだ。

 あの重々しい鎧も、ライフルも、仰々しい大盾も、全て置いてきた。


「……なら、いいんですけど」

「分かったらさっさと――っ!?」

「……どうしまし、た? ……って、これは!」

「ああ、レナだ。間違いない」

 それは、駐屯地近くに設置されたカメラの映像。

 真っ直ぐこちらへと向かってくる彼女の姿が映し出されていた。

 だが、その様子はどこかおかしい。


「行ってくる!」

「えっ? ちょっと、先輩!?」

「レナの動向、逐次連絡を頼む!」

「はぁ……分かりました」

 部屋を出て、廊下を駆け抜ける。


『レナさん、真っ直ぐこの建物へと近づいてきます』

 階段を駆け下りる。


『レナさん、エントランスへと……きゃあっ!?』

 轟音が響き、建物全体が揺れる。


「何事だ!?」

『一階で爆発です! ……っ! 今ので一階のカメラが全部イカれたみたいで、映像出せません!』

「……分かった。ナビゲートはもういい。何があってもいいように、お前は脱出の準備をしておけ」

『了解。先輩も、お気をつけて』

「ああ、分かっている。通信切るぞ」

 一階へと向かう、最後の階段を下りた。


「れ……な……?」

 そして、一階にたどり着いた私が見たのは、爆発による惨状。それから……衛兵たちに刃を向ける、レナの姿。


「レナ! レナ!」

 呼びかけても返事はなく、レナはまるで自動人形オートマタの如く、無表情のまま、無機的に、無造作に、衛兵たちを屠っていく。

 私が掛け寄るまでの僅か数十秒で衛兵は一人を除いて全滅し、残った一人はレナに背を向け、私に助けを求めて逃げ始めた。

 だが、彼は足をもつらせて転んでしまい、無表情のレナは刃を振り上げ、彼にとどめを刺そうとする。

 何とか間に合った私は、彼を庇うようにして立ちはだかり、振り下ろされた一撃を左腕のガントレットで受け止める。

 レナは私の顔を見ても、表情ひとつ変えない。


「ぐっ……レナ! 私が分からないのか!?」

 受け止めた刃を押し返す。

 レナは態勢を崩しながらも、機械的な動きで数歩後ずさる。

 まるで普段とは違う機械的な動き、殆ど動きを見せないどうこうに表情……

 状況を見るに、レナは何者かに精神支配を受けているのかもしれない。


「ひ、ひぃ……」

 レナに集中していた時、横から聞こえた声に振り返ると、そこにはただ一人生き残った衛兵が、卵のように丸まって怯えていた。

 まだいたのかコイツは。

「何をしている! さっさと行け!」

 私が怒鳴りつけると、転がったままだった衛兵は何度もすっ転びそうになりながら奥へと逃げていく。


「レナ…… 安心しろ、お前は必ず、私が助けてやる」

 無事に逃げおおせたのを確認し、私はレナへと向き直った。

 腰に下げた鞘から剣を引き抜き、レナへと突きつける。

「何者がお前を操っているのかは知らないが…… 意思無き剣で、私に届くと思うな!」

 私は剣を構え、レナ目がけて駆け出した。


 ♦


「ふう……さすがは私の妹だけある、手強いな」

 レナとの戦闘に入ってから、十数分。

 私もレナも、お互い未だ傷ひとつない。

 だが、操られているレナは身体の限界を気にせず動けるため、時間をかければかけるほど、私が不利になる。


 だが……


「ふっ、見えて来たぞ、お前の癖が」

 精神支配には、二通りある。

 術者が直接行動を操るタイプと、あらかじめ入力された命令の通りに動くタイプだ。

 間違いなく、今回は後者だろう。

 だとすればそこには、付け入る隙がある。


「はあぁぁぁぁっ!」

 わざと大振りに剣を振りかぶって、レナへと斬りかかる。

 思った通り、レナは隙を突くことも、避けることもせず、振り下ろされた剣を受け止め、弾いた。

「まだまだ!」

 続けて二撃、三撃と刃を返して振り抜けば、それも狙い通りに弾いてくる。

 予想が正しければ、彼女は次に反撃に転じてくるはずだ。

「これでっ!」

 フェイントとして、四撃目を振りかぶる。

 予想通り、生まれた隙を突いて反撃に転じようとする彼女。

 私は振りかぶった剣から手を離し、突き出された剣の根元を掴んで攻撃を受け流しながら彼女を捕らえた。

 そのまま、彼女の首に手を触れて魔力を送り込み、精神支配を打ち破る。

 支配が解かれ、レナは糸が切れたように地面へと倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……これで……終わった……」

 落とした剣を拾い、辺りを見回す。

 どこを見ても、死屍累々。

 

「……許さない」

 今回の惨劇を引き起こし……そして何より、レナにこんなことをさせた犯人を、私は絶対に許しはしない。

 処刑台になど送ってやるものか。私がこの手で、徹底的に苦しませて殺してやる。


 ……レナから目を離していた私は、その時、彼女の懐からこぼれ落ちたものに気が付かなかった。


 突如、辺りを覆う白煙。

 一寸先すら見えない状況の中、私は状況を見極めようとする。

 ――誰かの攻撃か……レナの身体に何らかのトラップが仕掛けられていたのか……


 思考しながら警戒していた私は、不意に殺気を感じて咄嗟に回避をする。

 直後、一瞬前まで私がいたところを刃が斬り裂き、頬をかすめて傷をつける。


「あーっ…… 惜しい、もう少しだったのに」

「レ……ナ……?」

 白煙が晴れ、視界がクリアになる。

 そこにいたのは、私を襲撃したのは、他でもないレナだった。

 その瞳は再び意思の光を宿し、見慣れた動きで、見慣れた仕草で、そこに立っている。


「いつもの私じゃ勝てないから、こうすればもしかしたら……って思ったけど…… 意思無き刃は届かない、かぁ。 ふふっ、ホントにその通りだ。やっぱり、お姉ちゃんはすごいね」

 そして、辺りの惨状には目もくれず、まるで何もないかのように朗らかに語る。


「……どういうことだ?」

「簡単なことだよ。私に支配を掛けて、この状況を引き起こした張本人。それは、私自身だったの」

「……つまり、お前がいなくなったのも、今日こうして戻ってきたのも、全て自分の意志だったという事か?」

「うん、そうだよ」

「何故だ! 何故お前がこんなことを!」

「……お姉ちゃんに、勝つためだよ」

「私に……勝つため……?」

「お姉ちゃん、昔言ってたよね。『私に勝てる者がいたら、結婚してやってもいいかもな』って」

「ああ……いつだったかは忘れたが、確かに言ったな」

 同僚に結婚のことを聞かれ、面倒になってあしらうための答えだったはず。

 とはいえ、私に結婚するつもりなどはない。

 私には、レナがいればそれで十分だ。


「それが……何故……?」

「まだ分からないの? じゃあ教えてあげる。私はね、お姉ちゃんのことが好き。家族としてはもちろん、一人の女性としても。だから、あの言葉は、私にとって希望であり、絶望でもあった」

「っ…… ああ、そうか。 ……いつの頃からか、私に何度も手合わせを挑むようになったのは、そういうわけだったのか」

 何度倒れても諦めずに向かってくるレナの姿は、今も強く記憶に残っている。

「うん…… 絶対に誰よりも先に勝って、お姉ちゃんを私のお嫁さんにするんだって、ずっと思ってた。誰よりも先にお姉ちゃんに勝たないと、お姉ちゃんは私の元からいなくなってしまうって」

「……すまない。私の言葉が、お前を追い詰めてしまっていたんだな……」

 レナはこれまでどんな思いで私と接し、そして私に挑んできたのだろうか…… もはや、想像することしかできない。


「……だが、何故だ! なぜこんなことをした! 私に勝ちたいなら、私だけを狙えばいい! 衛兵たちを殺す必要も、ここを破壊する必要も、なかったはずだ!」

「仕方なかったんだよ。今回、手伝ってもらったうちの一人がここの破壊を対価に要求してきたから」

「手伝ってもらった……? どういうことだ……?」

「……今のままではお姉ちゃんには勝てないって、そう思った私は、ある禁術を探すことにしたの。その過程で、手伝ってもらった人」

「禁術……? 一体、何を探した……?」

「それはね……」

 レナは眼を閉じ、しばらくして、再びその眼を開いた。


「人を、魔族に変える術だよ」

「……っ!」

 開かれたその瞳は、白目が黒く染まり、瞳孔は獣のように縦に裂けた、まさしく魔族のそれと変わっていた。


「さあ、もう、話はこの辺で良いよね」

「……そうだな。これ以上は、お前を倒した後、檻の中でじっくり聞かせてもらおう」

「ところで、私が勝ったら、結婚してくれるよね? お姉ちゃん」

「ああ、もちろんだ」

 姉妹では結婚できないとか、そういう野暮なことは言わない。

 結婚できずとも、私たちは番に準ずる存在となる。それで十分だろう。

 誰だろうと、そこに文句は言わせない。

「やった!」

「……ただし、妹だからと言って、手加減はしない。お前はもう、道を踏み外してしまった。私はそれを、見逃すわけにはいかない」

「うん……望むところだよ。手加減されてお姉ちゃんに勝っても、嬉しくないからね」

「お前は昔から、負けず嫌いだからな。……いいだろう。持てる全てを尽くして、かかってこい」

「じゃあ……行くよっ!」


 刃が、再び交錯する。

 賽は投げられてしまった。

 勝っても負けても、私は大切な何かを失うことになる。


 ――どうして、こうなってしまったのだろう。

 ――私は……いったいどこで、間違えたのだろう。

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