第6話 社会人はつらいよ


 特異的なスキルがあるわけではなかった。

 特別な知識を持っているわけでもなかった。


 何もかもが平均以下で、タイムリープした際にこの世界に持ってきたのは、せいぜい忍耐力とスルースキルくらいだと思っていた。


 しかし。


 まさか。


「……っ」


 風俗に通い続けたことで得たテクニックが役に立つとは思いもしなかった。


 俺が彼女に触れる度、恥ずかしそうに顔を背けながら身を捩る。

 逃すまいと追いかけてさらに触れると、諦めたように委ねてくる。


「ほんとに、童貞、なの?」


「本当だ。嘘はついてない。挿入はマジで経験ない」


「……それ以外はあるみたいな言い方」


「まあ。どうなんだろうな」


 それを肯定すると説明がつかない。

 風俗通いましたなんて当然言えないし、だとすると誰を相手にしたんだということになってくる。


「まあ、いいけど」


 高峰はゆっくりと起き上がり、今度は俺を押し倒す。俺を見下ろすその表情は、完全にスイッチの入っている顔だった。


「今度はアタシの番ね」


 彼女のテクニックも中々のものだった。

 こういう言い方をすると申し訳ないが、見た目だけで言えばビッチっぽい。


「そっちこそ、慣れてるみたいだけど」


「……ふぉおおほふ?」


 どれだけ風俗に通っても、この早漏っぷりは鍛えられてくれない。非常に残念である。


「そろそろ」


 俺は彼女を離す。

 俺の意図を察したようで、高峰は後ろに手をついて俺を迎える姿勢を取ってくれる。


「……全部終わったら教えてあげるよ。だから今は何も考えないで」


「あ、ああ」


 ついに。


 ついに。

 ついに。

 ついに。


 俺は童貞を卒業する。

 

 未来では絢瀬さんで卒業したけど、あれはあったようななくなったような、ふわふわした状態だ。


 でも今度は違う。

 もし何かしらの理由でタイムリープが起こり元の時代に戻ったとしても、これは過去で起こったことなのでなかったことにはならない。


 ああ。

 そうだ。

 この感覚だ。


 うう。


 お、


 あ、


 う、あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?!?!?!?



 ――。


 ――――。


 ――――――。


「ああああああああああああああああああああああああ!!?!?!!?」


 俺は叫びながら目を開く。

 一瞬、何が起こったのか分からなくて固まる。


 そのまま数秒、天井を見つめ続けていると股間の辺りが生温かいことに気づく。


 おいおい、嘘だろ。

 デジャヴなんだが。


「……シャワー浴びよう」


 起き上がり、風呂場へ向かう。


 二回目だからか、それとも見慣れた場所だったからか、今度は意外と冷静だった。


 どうやら元の時代に戻ってきてしまったらしい。


 服を脱ぎ、シャワーを浴びる。


「……どういうことだ?」


 ここは俺の部屋だ。

 実家を出てからずっと暮らしている家。間違いなく、元の時代に戻ってきている。


 俺は高峰円香という女の子と体を重ねていた。その最中に再びタイムリープが起こったということか?


 だとすると。


 ちょっと待って。


 確信はないけれど、二回のタイムリープ発生からその条件を導き出すと一つの結論に辿り着く。


「俺、挿入と同時にタイムリープするのか?」


 そんな馬鹿な。

 なんて生殺しなんだよ。

 挿れた瞬間にタイムリープが起こるとするならば、俺は腰を振り最高潮のタイミングで射精することができないじゃないか。


 それはもはや童貞を卒業したと言っていいのかも危ういぞ。いや、挿入してはいるのだし卒業はできてる。

 うん。

 そういうことにしとこう。


 それにまだ確定ではない。


 現在の状況も改めて確認しなければならない。

 ということで、シャワーから出た俺は自室に戻り携帯電話を手にする。

 それがスマホであることに安心感を覚えつつ今がいつなのかを確認する。


「……二〇二〇年。」


 あれから十年後。

 つまり、最初にタイムリープをした時間軸に戻ってきたということか。


「ん?」


 ラインが入っている。

 珍しいな。

 仕事以外のラインといえばせいぜい風俗嬢からの営業ラインくらいだったけど。


 はてさて、誰からだろう。


「これは」


 その内容は『この前言ってた飲み、いつにする?』というもの。その相手は俺がよく知るあの人物。


「如月!」


 過去での行動が少なからず未来に影響を及ぼしていることがこれで分かった。


 だとすると、他にも影響はあるかもしれない。その辺はしっかり確認しておかないと。


 とりあえずは仕事だが、どうやらそこは変わらないらしい。あのあとブラック企業を転々としたのか。頑張れよ、俺。


 ラインの友達一覧を見ると、前回に比べると少し増えている。でもやり取りはない。その中には『高峰円香』の名前もあった。

 しかし、もちろん『絢瀬紗理奈』の名前はない。


 そのあともいろいろ調べてみたが交友関係を除けば大きく変わったことはなさそうだ。


 最後に、俺は『子猫の戯れ』のホームページに向かう。在席一覧を上から順に見ていく。


 えっと、名前はなんだっけな。

 絢瀬紗理奈。

 エリとかリナとかそういうのじゃなかった気がする。でも名前にちなんではいたような……。


 スクロールしながらそれっぽい名前を見つけようとしていると一人の女性のところで俺の指が止まる。


 そうだ。


「アヤちゃんだ。絢瀬のアヤ」


 つまり。

 彼女はまだこの店に在席しているということになる。最悪の未来は変えれていないのか。


 まあ、何もしてないからな。

 これで変わってたら世話ないか。


 話を聞きに行きたいけど、今週は出勤してないな。

 仕方ない。

 彼女に会うのは一旦諦めよう。


 俺はラインを開き、昨晩来ていたらしい如月のメッセージに返信する。


 そして大事なことに気づく。


「……今日は平日か」


 仕事だ。

 社会人って辛えなあ。

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