春休みの雨と子猫

 私は動物が大好きだ。猫と犬を家で飼っている。


 動物好きに悪い人はいない。そんな言葉をいまだに信じていた。


 中学に入っておよそ一年、春休みに入る前の日だった。

 私にとって世界の法則並みに当たり前だったことが覆りかけた出来事があった。


 それは学校で誰も知らぬものはいないであろう不良のNo.1ルーキーがあることをしていたことに他ならない。


 彼は入学後たった数日で先輩を一撃で病院送りにしたレベルの不良と聞いていた私は、なけなしの勇気を振り絞り、その男子に話しかけた。


「ちょっとあんた。その子いじめないでくれない?」


 声は震えた。でも私が助けなきゃそう思った。


 彼は今どきそんな捨て方をされているのが見たことのないくらい古典的な段ボールに入れられていた子猫に顔を近付けていた。


 私は彼が猫に悪さをするのではないかと思ったのだ。

 彼はたった一度、大きく舌打ちをすると、その場から離れていった。


 私は猫を助けた高揚感と、彼に襲われなかった安心感で心臓を大きく鳴らしていた。



 春休みの最初の日は雨だった。なんだかテンションが上がらないなー、なんて考えながらベッドの上でスマホをいじっていた。

 ふと捨てられていた猫のことを思い出して私は着替えて急いで家を出た。あんな箱では雨に濡れてしまう。


 飼うことはできないけれど。傘を置きにいくか、一時的に保護しようかと思い立った。


 行ってみると箱に猫はいなかった。拾われたなら良かった、私はそう思って自分を納得させ帰ることにした。


 子猫の可愛らしい鳴き声が聞こえた。


 自分の家の方向とは違う方向に目をやると昨日の不良がいた。後ろ姿で見えないが、猫を拾ったのかもしれない。


 猫をいじめるようなら許さない。一言言ってやる! と思い、踏みとどまる。ちょっと後をつけてみようか。

 同じ中学だから、そう遠くには住んでいないはず。


 傘を持っていなかった彼に牽制けんせいも兼ねて傘を貸そうと思ったけど。走る彼の後姿を捉えるのがやっとで声を掛けられなかった。


 彼は一軒家の敷地に入っていった。ここが自宅だろう。私の家とそう変わらない規模の家だった。

 門扉の塀からそっと伺う。彼は玄関ルーフの下で子猫をタオルで拭いていた。


 その手つきはいやに丁寧で、相当気を使って扱っているのが見て取れた。


「ふーん、いいとこ、あるんじゃん」


 私は小さくつぶやいて子猫と彼が家に入るのを見届け、その場を後にした。



 嫌な予感通り、猫が捨てられていた箱は雨をしのげるような代物じゃなかった。


 昨日あの女の邪魔さえ入らなければと思った。それならこの雨の中、猫を抱えて家まで急ぐなんて目に合わなかった。


 あの女の制服のリボンを見る限り同じ学年であることは確かだ。ただ、別の小学校だったのだろう。クラスもおそらく違うし、名前がわからない。


 入学早々不良のレッテルを貼られた俺はクラスメイトとのコミュニケーションをとることすらできなかったのだ。他クラスの人間など把握しているはずもない。


 普通に怖がられてる。行事も参加しなくていい。しなくていいと表現しているのは強がりだが。


 それにしても可愛らしい女子だった。アイドルでもいいとこが狙えそうな可愛らしい顔に、こんな不良に文句を言う芯というか心の強さは魅力的にさえ思えた。


 いや、単に女子と話をしなすぎて、声をかけられただけでれてしまう状態に陥ってしまっているのかもしれない。

 だとしたら相当重症だが。


 俺、らしくない。


 いつ絡まれるかびくびくとして過ごし、そればかり考えている日々だったのにあの女のことを考えてしまう。


 それより先に今抱えている猫をどうしようか考える方が先決だろう。

 とりあえず家に連れていくしかない。

 猫は終始大人しかった。弱っているのかもしれない。


 猫共々、濡れたまま家に入るわけにはいかない。玄関ドアにかけておいたタオルで猫を拭いてやる。洗うのはそれからだ。


 鼓動を感じる。猫は確かに生きている。

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