恋する太陽

坂水

 そうして人類は永遠の眠りについた。

 ──という文言は、二通りの意味にとれる。

 一つは、人類が滅亡するということ。

 一つは、人類が永遠に眠るということ。

 要は〝永遠の眠り〟を比喩表現とするか、文字通りとするか。

 今、私が降り立った大地は、広大な半球形に抉れている。その生々しい赤茶色の痕は、空から粉塵が降り零され、徐々に覆い隠されつつあった。

 遠くで爆音が鳴り響き、大気を震わせる。火山活動が活発になったのかもしれない。

 二通りの意味にとれるものの、この惑星の人類はすべて永遠の眠りについた。

 ちなみに、そうしての〝そう〟には〝恋〟が当て嵌まる。なんとも身勝手にも。

  

 ★


 ことの起こりは、星になつかれたことに始まる。

 仕事帰り、駅から自宅までの三十分の道を歩いていたとある夜。

 その頃、人類は永きに渡る新型ウイルス感染症に打ち勝ち、結果、私は自家用車通勤の栄華を喪った。

 片道三十分の徒歩は厄介だ。パンプスを履き、荷物を抱え、その後に混雑した車両に押し込まれること等々を組み込むなら、なおさら。

 自転車通勤を申請すれば書類不備のため却下。再度作成した書類に押印をお願いしなければならない部長は、あと一月は東京本社から戻ってこず、電子決済は不可。リアルタイムで宇宙にいる人とも話ができるこの時代、押印を一か月待たねばならない事案が存在するのも、ある種の多様性と納得しなくては反ダイバーシティとみなされるだろうか。

 とまれ、ほどほど田舎の午後九時は人気なく、逆に人の気配を感じたなら警戒しなくてはならない。痴漢や強盗に遭っても自己責任。そんな格好してるから、どうして走れる靴じゃないの、夜道は携帯で話すふりしながら歩かないと、なんておありがたいアドバイスを拝領することになる。

 常日頃、私は鬱々と歩いており、その日は特に気が沈んでいた。

 「こういうの、気にしない人なのね」とは、上司の言葉だ。月末の忙しい最中、唐突に過去五年分の集客データを求められて大急ぎでまとめて提出したところ言われた。

 数字のフォントがそろっていないことを暗に指摘されたのだ。

 確かに体裁は整っていなかった。でも、内容に間違いはない。課内の打ち合わせに使うだけだと聞いていたし、優先順位の高い仕事に早く戻りたく、残業代はつけるなって、無駄な労力 コストを払うのはどうか思う、細かいことには目をつむってほしい──などと咄嗟返せるはずもなく。 

「わたしは気にしちゃうのよね。こういうとこにも心を砕いてほしいわ」

 砕かれたのは、私の心だった。

 両脇を田んぼに挟まれた道路の歩道をもくもくと行く。

 日ごと気温が高くなる季節を迎え、痴漢や物盗り以上に気を払わなくてはならない存在がある。虫だ。学生の頃、自転車に乗りながらアイスキャンディーを舐めたあの悲劇を忘れていない。けれど、沈んだ気持ちに引っ張られて顔は俯き、それ・・に気付くのに遅れた。

 歩く私を中心にしてくるくるまわる蛾のような虫。どうして羽虫は人にまとわりつくのか。もしかしたら、私だけなの。

 げぇげぇげぇげぇというカエルの歌にまぎれて羽音は聞こえなかった。ちらちらちらちら虫が視界に入る。鬱陶しかったけれどはたき落とす気力もなく、引き連れたまま、家路を進んだ。


 足が棒となる寸前に自宅に辿り着き、玄関先でようやく気付いた。羽音が聞こえないのは当然のこと。

 それは小さな青い星だった。

 ビー玉とスーパーボールの中間ぐらいの大きさの。そこで思い至る。少し前に流行った育星玩具だ。宇宙について学べるということで、理科教材としても使われていたアレ。

 アクセサリ感覚で自分の周囲に浮かべる人もいた。水金地火木土天海冥と並べた中に恒星が紛れ込み、超新星爆発 スーパーノヴァを起こして大惨事となり、回収騒ぎとなっていたはず。

 つまり、これは野良星だ。いや逃げ星というべきか。

 自ら光を放っていない。恒星ではなく爆発の危険性はなさそうだけれど、どんな影響があるかわからない。引力とか、軌道とか、あとなんか超波動とか。

 企業に回収を依頼するべく、肩紐が食い込む鞄から携帯端末を取り出そうとして。

 顔を上げた目線の先に浮かぶ、ちっぽけな球がかすかに震えた、気がした。

 憐れんだわけではない。

 綿 わたのようにぐったり疲れて、携帯の操作をするのも億劫で、歩き続けてかいた汗をシャワーで流したい一心だったから。私は後に続いて星が敷居を跨ぐのを見逃した。


 通報 しなかった私に気を許したのか、習性なのかわからないけれど、星は私の周囲をくるくる廻るようになった。

 最初は鬱陶しいとしか感じていなかったけれど、仕事の時や連れがいる時は大きく弧を描いたり、独りの時は寄り添ったりと、なかなか空気を読む。

 帰り道、連れ立って歩くのは心強かった。そして、なぜか星が周囲を廻ると虫が寄ってこない。一般的な意味ではなく、本物の虫が。


 私は恋人はおらず、友人も少ない。休日は外出せず、インターネット配信の映画やドラマを観るぐらいしか趣味がない。

 自室に浮かぶ星は、コメディには楽しげに揺れ、メロドラマには雲を起こし、ホラーになるといっそう身を寄せてくれて、映画やドラマを一緒に楽しんでくれているようで、少し嬉しかった。


 私は星に、小さい地球を縮めて『小球 コダマ』と名付けた。

 名付けたなら、情が移る。

 小球は美しかった。瑠璃色の海、緑と黄金の大地、真白い雲の薄衣、そして時折またたく光の花々。

 うっとり眺めているうちに、小球に人類らしきものがいるのに気付いた。小さすぎて見えるはずないのに、なぜかだか視覚できた。3D立体視の感覚によく似ている。

 そして、小球人も私の存在に気付いているかのように手を振ってきた。さすがに勘違いだろうと思っていたら、ある日、彼らからのメールが携帯端末に届いた。

 我らが太陽へ──それは小球を匿ったことへの感謝と恒久的な友愛を誓う内容であり、差出人は微小惑星・小球元首となっていた。

 〝太陽〟とはなんとも面映ゆい。あなたは私の太陽です──とは口説き文句だ。でも、悪い気はしない。

 こちらこそよろしく、とSNSのフォローバックをする心地で返信をした。

 しばらく、私たちは他愛ないメールを送りあった。自然や文化や地理など、あたりさわりのない内容を。

 ある日、小球の某所が日照り続きで、農作物への被害が出るかもかもしれないとのメールを読み、霧吹きで水を拭きかけた(最初、スポイトで水を垂らそうとしたが洪水を起こしてはいけないとやめた)。

 不作と聞けば米を数粒ピンセットで摘まんで受け取らせ、レアメタルなどの産出が少ないと嘆かれたならネットオークションで競り落として届けた。

 まさしく天の恵み、神様、仏様、太陽様、ありがとう! と、小球人らは喜んでくれた。

 言葉とは恐ろしきもの。

 彼らの本物の太陽は、地球のそれと同じはず。地球が太陽の周囲を廻る関係性になぞらえ、彼らは私を太陽と呼んでいるに過ぎない。けれど、太陽、太陽と呼ばれるうちに、私は太陽としての役目を果たそうと、いや、本物にはなれないのでせめて役立とうと小球に尽くした。

 彼らの繁栄の手助けをするのは楽しかった。

 上司に嫌味を言われても、私は小球の太陽なんだぞと思えばいちいち心を砕かれず ・・・・・・に済んだ。上司と話すたびに青菜がしおれるようだったのに、まるで人が変わったようだとロッカールームでは噂されていたらしい。胸がすく思いだった。

 連日連夜、飽きもせずに小球を見つめ続けて──ある日、ひとりの小球人と目が合う。

 同年代らしき若い男性。彼が太陽 こちらを見上げるのはわかる。でも、どうして私が彼にピントを合わせたのか。運命以外の理由付けができるなら、誰か説明してほしい。


 とどのつまり、私は恋に落ちた。


 実を結ばないのは火を見るより明らかだった。

 私は太陽、彼は小球人、スケールが違い過ぎる。

 けれど、小球と彼は最早同一で、彼の役に立てるならと、元首からメールで送られてくる要望に応え続けた。

 胸の内で彼に〝コダマ〟と呼びかける。本名があるはずだが、知りようもないので、勝手に〝コダマ〟と名付けたのだ。

 呼びかければ、コダマは私を振り仰ぎ、微笑み返してくれる気がした。どこか憂いを帯びた表情に胸が締め付けられる。

 その一方、コダマに話しかける女たちを見るたびに天誅を下したくなり、衝動を押さえるのに苦労した。

 一分、一秒でも、早く、長く、近くで見つめたい。

 定時の三十分前になると、一切の新規案件を受けないようになった。「明日にしてください、今から取りかかったら残業になりますよね、計画的に振りわけられないのですか?」と返して、上司の顔色を失わせた。

 恋をすると人は変わるという。綺麗になったとか、前向きになったとか、笑顔が増えたとか。しばしば良い意味で語られるけれど、私の場合、逆だ。どんどん醜く、肥え、強欲になる。恋は魔物だ。

 面と向かって話がしたかった、並んで歩きたかった、・・・・・・触れてみたかった。

 指先を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込める。コダマが生きているこの小球にはもう不用意に指さえも浸せない。物資を届ける時は、携帯端末からの誘導に従い、慎重に行った。

 

 かなわないなら、いっそ食べてしまいたい。

 自室で一人と一星になった時、しばしばそんな衝動に襲われた。

 ソーダキャンディーのような色合いで舐めたならきっと甘い。地殻は飴がけ、マントルはチョコレート、核はキャラメル。がりりと噛み砕いてしまおうか、とろとろ口内で溶かそうか。そしたら文字通り、コダマと一つになれるだろうか。くるくるくるくる私のお腹の中で廻り続ける青い惑星を夢想する。


 ──しのぶれど色に出でにけり、とはよく詠ったものですね。

 小球元首からの通話にぎくりとした。最近ではメールと通話機能、どちらも使っている。先にメールが送られ、細かなニュアンスを通話で補強するという流れが多い。

小球 こちらから貴女のお姿は、空に大きく雲で描かれたような輪郭でしかわかりません。ですが、最近のお色みは、神々しき曙光、雨に濡れた薔薇、黄昏の西空と美しくも悩ましく艶めいて、我らが太陽は恋をしているのではないかともっぱらの噂です。

 特に独り身の若い男らはあてられてしまい、四六時中、天を乞うておりますよ」

 腕を交差させて自分を隠すように両肩を抱きしめる。湧き上がる羞恥と、総毛立つ感覚、そして裏腹に抑えきれない期待とで。

「お相手は、地球 そちらの方でしょうか。もしか、小球 こちらの?」

 私は否定した。叶うはずない恋ならば。

「そうですか。そうですね、我らが太陽が小球人に恋などと、戯れ言を失礼いたしました。いえ、もし、こちらの者ならば、電話口に出すこともできたと浅慮いたしまして」

 コダマと話せる──歓喜に膨らんだ胸はすぐに萎む。

 私は彼の本名すら知らない。それに元首に知られるのは危険に思えた。要求は増え続け、薬燃料や化学薬品などもリストに挙がっている。手配できないと断りを入れることもしばしばだった。

「恋とはままならぬものですね。小球人の男らは、皆、貴女様に焦がれているというのに」

 みんな──これは甘言。

「万一、気になる小球人がおられましたら、おしらせください。お引き合わせいたしましょう」

 耳を傾けてはならない。

「ご承知おきください。貴女は我らが太陽、すなわち神。貴女が望むならば、小球人は協力を惜しみません」

 苦しいような同時に嬉しいような、天を振り仰ぐコダマの表情がよぎる。あばたもえくぼとは言ったもの、きっと眩しくて目を眇めただけ。でも、もしかしたら。

 そうして通話の最後に元首は支援物資の追加を依頼してきた。

 

 一度こちらに来ないかと誘われたのは、一本調子のカエルの歌が、繊細かつ複雑な秋虫らの多重奏に代わった頃だった。

「我らが太陽、敬愛する女神の恵みにより、我が星はめざましい発展を遂げています。実際にご覧いただきたく、その上で今後の方向性など相談したく」

 一も二もなく飛びつきたい気持ちを宥めて、尋ねる。私がそちらに行けるわけない、象が蟻の巣に招待されるようなもの、踏み潰すだけだと。できるだけ素っ気なく、興味なさげに、なんなら馬っ鹿じゃなーい、というふうに。

「簡単ですよ。貴女はすでに小球に落ちて・・・いらっしゃるのですから」

 ──落ちている?

 私の繰り返しに、ああ、と元首は得心した声をあげる。

 我々には当たり前過ぎて説明をしていなかったのですが、と前置きして説明してくる。

「我が星では、二通り以上の意味にとれる文言は、その揺らぎを利用して、集合的認識から対象に干渉して置き換えることができるのですよ。言ってしまえば言霊 ことだまですね」

 意味がわからず、私は黙したまま、説明を待つ。

「例えば、相手に功を譲るという意味で、〝花を持たせる〟という慣用句がありますでしょう。この場合、複数の小球人が言葉通りの〝花を持たせる〟ことを認識をしたなら、対象に花が現れるのです。手の中か、鞄の中か、はたまたデスクにかはわかりませんが」

 だからなにと返そうとして、ようよう思い当たる。〝小球に落ちている〟──つまりは。

〝──しのぶれど色に出でにけり、とはよく詠ったものですね〟

 私は否定した、下衆の勘繰りはやめてほしいと強く言った。だが、元首は、勘ぐりではありません、事実ですと悪びれず返してくる。

「実は、物資輸送の際、我らが太陽には自動体調管理装置と高感度脳計測装置を装着させていただきました。小さすぎてお気付きなりませんでしたでしょうが。お怒りなさいますな、貴女様の健康は最早小球の存亡にかかわっておるのです。

 結果を解析したところ、小球のある一定の地域に視線を向けられる時、脳の報酬系回路である腹側被蓋野や尾状核が活性化されることがわかりました。逆にネガティブな感情を司る前頭葉の一部の働きは抑制されています。つまり、これらの数値から、小球人の誰かに恋に落ちているのは明白──」

 わかった、わかったから! と、したり顔であろう元首の言葉を遮った。ビデオ通話であれば赤面しているのがばれていただろう。


「我らが太陽の人気は絶大です。元首としては、どうしても貴女に来星していただきたく」

 政治的な思惑があるのはわかっていたが、誘惑を振り払えそうになく、私の気持ちは落ちる方向に傾いていた。

「郷に入っては、郷に従えと申します。過去、来星された方々は、落ちゆく間に、スケールを合わせてくださいました。我らが太陽──神ならばこそ、できる御業 みわざでございましょう」

 そこで、元首が私を〝太陽〟〝神〟などと持ち上げていた理由を悟る。同時に、過去に別の太陽がいた、貴女でなくとも代わりはいると仄めかした。そうなると闘争心が湧いてくる。コダマから向けられる視線を思い出し、神の座は譲れないと。元首の掌で踊らされているのをわかっていながら。

 けれど、やはり不安は残った。私が小球に落ちた・・・として、危険はないのだろうか。私自身はもちろんだが、小球に、ひいてはコダマにとって。言い出しっぺは元首であり、自星の不利益になることとは考えにくいが。

 六五〇〇年前、恐竜を含む大量絶滅の一因は巨大隕石の落下と言われている。近年某大国に落ちた隕石も、死者こそ出なかったそうだが、爆風により建物のガラスが割れ、千人以上の怪我人が出た。

 言えば、元首はごもっともです、とおそらくは重々しく頷いた。

「小球へのご配慮痛み入ります。ですが、心配無用。対策を考えてあります」

 目の前にふわり浮かぶ青い星はウインクするように揺れる。

「我らが太陽が落ちてくる間、我々小球の人類は永遠の眠りにつきます。」

 ──永遠の眠り。それは、もしか。

「ええ、そうです。我々小球人は睡眠箱 スリープケースに入り、一旦死にます。死は生の突き当り、死んでいればそれ以上の被害を受けません。まあ、念には念を入れ、死体の損害を防ぐため睡眠箱 スリープケースは地下シェルターに設置しますが。

 そうして我々が滅亡している間に我らが太陽に降臨していただき、地表が安定した頃に〝永遠の眠り〟の意味の置き換えをしていただきたいのです」

 でも、と口を挟む。〝永遠の眠り〟の〝永遠〟はどうなるのか。死ぬことと、永遠に眠り続けることは、確かに違う。けれど、それではコダマと話もできない。

 元首は少し笑った。私の下心を見透かすように。

「失礼しました。いえ、我らが太陽は誠実であられる。ええ、本来、〝永遠〟とは無限に続くこと、無窮であります。けれど、その定義を遵守している〝永遠〟は一体どれだけ実在するでしょう。

 永遠の愛を誓います、永遠の友情、エタニティリング、永久だと永久歯、永久脱毛、永久不滅ポイントなんていうのもありますね。

 しかし、そのどれもがちょっと長い、あるいは結構長いぐらいでしょう。元々、信用されていない言葉なのですよ。なので自然と解除されるでしょう」

 ──ですから、大丈夫です。落ちる場所は指定いたします。前例もありますから、大船に乗った気でいてください。

 ぼすっという音が携帯端末を通して聴こえた。おそらくは元首が自分の胸を叩く音だったのだろう。

 

 ★


 大船であったとしても、その整備、航路、船長で命運は分かれる。

 指定日、指定時間、指定場所に向かって私は小球へ落ちた。深呼吸して、コダマの顔を思い浮かべた次の瞬間、もう真っ逆さまに落ちていた。

 大気の階層を突き抜ける。神様暗示が効いていて、寒くも熱くも苦しくもない。ただ頬の肉がぶるぶる震えた。

 漆黒に浮かぶ薄青の小球は神々しくも美しい。本物の太陽の指先が及ばぬ面では、人工の橙色の明かりが瞬いている。どこかで秋祭りでもしているのか、時折美しい光の花がそちこち咲いているのが見てとれた。

 雲を抜けると地表が見えてくる。ぐんぐん近付いて、それは私が現実に飛行機に乗った時の光景とよく似ていた。そこでおかしいと気付く。指定された座標にいざ接近してわかったのだが、海ではない。被害を少なくするには、海のど真ん中が適当ではないのか。

 大気園に突入した私は燃えて、光の尾を引いている。パラシュートはない、減速できない、止まれない。

 神たる私の目に、地表の光景が細部まで映し出される。荒野ではない。都市だ。しかも人々は〝永遠の眠り〟についていない。

 情報が流れ込んでくる。知りたくもないのに勝手に。

 色彩の乏しい食卓を囲む家族、怪我をして受診する妻に付き添う老夫、家族の写真を見せ合う兵士、帰ってこない親を待つ幼い兄妹……

 私が今まで見てきた小球人とはかけ離れた生活を送る人々。その営みは唐突に断ち切られた。他でもない、私自身の落下によって。


 ★


 微小惑星小球には、元々、二つの国があったという。元首率いる大国と、その大国の侵略に抗する小国。落下中に見た光の花々は、戦火のそれ。元首は自国民だけ永遠の眠りつかせ、小国には何も知らせなかった。

 元首は、私の恋心を利用して小国を滅亡させた。我らが神の天罰 ・・として。

 我らが太陽は騙されたと知ったなら、怒るだろうか。腹いせに、永遠の眠りについた大国の小球人を放置するか。いいや、それはない。我らが太陽は恋に落ちた。恋しい小球人を目覚めさせずにはいられない──

 元首の読みは当たっている。

 私は元首の誘いを危ぶんだ。企みがあると察していた。にも関わらず、誘いに乗った。

 建前さえととのえば、どんな犠牲を払っても会いたかった。恋は盲目、元首が言い出さなかったら、遠からず自ら提案したのではないか。

 盲目では済まされない。私はまるで──

 クレーターの真ん中で吐露すると、彼は肩を抱く力を強くした。

「僕も同じだ」

 彼──コダマは、いつかと同じ憂い帯びた表情で、今度は私を見下ろす。彼は私より頭一つ分背が高かった。

 コダマは永遠の眠りにつかなかった。起きていた彼は、私の落下地点に目算をつけて、大地が捲れ上がり、粉塵が降り積もる、敵国の地まで迎えに来てくれた。

 どうして彼が永遠の眠りを免れ、煮え滾る爆心地までやって来られたのか。

「二人きりになれて嬉しい」

 こんなにも大きな犠牲を目の前にしても、なお。その憂いを含んだ微笑みが、嘘でないと証明する。

 私たちは最早、人類でも太陽でも女神でもない。人でなし。

 ──恋は魔物。無辜の人々を殺し、魔物になっても会いたかった。

 小国の人類は落下によって死滅し、大国の人類は自ら永遠の眠りについたまま。

 微小惑星小球に残るのは、堕ちた魔物が二匹。

 総じて人類は永遠の眠りについた。〈了〉



 この作品は第2回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストの共通文章から創作したものです。

 https://www.pixiv.net/novel/contest/sanacon2

 ※pixiv投稿作品を改稿しています。

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