第21話 S級美女の噂?②

 "趣味"を共有する経験を得た晴也の機嫌はいつにもなく良いものだった。

 昨日、結奈と"少女漫画"を熱弁したことを思い返せば、口角が緩みほんのりと微笑を浮かべる晴也。

 時間的に言えば、もう十時間以上が経過しているものの相当楽しかったのか、余韻に浸っているのだろう。

 自席で昨日のことを振り返っていると、


「よっす。赤崎」


 と隣から声をかけてくる人物がいた。朝からテンション高めで接してきたのはお馴染みの風宮佑樹である。ここ最近、絡んでくる佑樹に対して晴也は面倒くさそうにしているものの、そんなことはお構いなしにダル絡みしてくるのだから、佑樹はかなり図太い性格なのだろう。


「はぁ……」

「おいおい、開口一番がため息はないだろ」

「また何か特段興味のない話をするんだろうなぁ……と思って」


 大抵、佑樹が晴也に声をかけるときは、クラスの時事ネタを話すことが多い。

 『クラスの男子が〜』『あの女子が〜』などなど。全くクラスに関心のない晴也にとっては億劫な話題ばかりを佑樹は提供してくるのである。

 最も、ここ最近は"S級美女"の話題が多いわけであるが。


「いやいや、興味なくても知っといた方がいい情報なんだよ。それに、な。今日の話はあくまで俺の推測の話な訳だが」


 興味ない、と言ったところで佑樹の口が止まることはないのを知っていたので晴也は黙って佑樹の話を聞くことにした様だ。

 ニシシ、としたり顔になって佑樹は続ける。


「今日の高森結奈、様子が変だと思わないか?」

「………さぁ」

 晴也はよく分からずこてん、と首を傾げた。

 当然のことだろう。なんせ晴也からすれば、そもそも"高森結奈"が誰のことか検討もついていないのだから。


 お前なぁ、と呆れ顔になって佑樹は嘆息するも、別にクラスに対して興味が湧かないのだから積極的に知ろうとも思わない。

 そもそも、晴也は主に佑樹のおかげで、いや本人からすれば佑樹のせいでクラスのおおまかな事情を把握しているのだ。それほどまでに、無頓着であるので、クラスの女子の名前を晴也が覚えているわけがないだろう。


「……全く、赤崎ってやつは。あのな、高森結奈は今話題の"S級美女"の一人のことだ」

「なるほどな」

「そう。それで、その高森さんだが今日、どこか様子がおかしいんだよ」

「へぇ、そうなのか。まぁでも別にそういう日はその人に限らずあると思うけど」

「そりゃ、高森さんじゃなかったら俺も騒いだりなんかしないよ。あの"高森結奈"だから変なんだって」


 日によってそれぞれ体調だったり機嫌であったり良し悪しがあるため態度がいつもと違うことはあるだろう、と思ったのだが佑樹の言い分はどうも違うらしかった。

 不思議がる晴也を前にして、佑樹はコソコソと耳元へ寄ってくる。


「……あのな。"高森結奈"は沈着冷静でどちらかと言えば"ミステリアス"じみてる女子なんだよ。仲の良い女子には笑顔とか見せてるが、普段はずっと無表情で無愛想……。そんな女子が今日は終始、機嫌がいい……変だと思わないか?」


 同意を求めてくる佑樹であるが、別に、というのが晴也の率直な意見である。

 鉄仮面だろうが、無愛想であろうが、人間である以上、"感情"を持ち合わせているため機嫌がいいときは表情に出てしまうものだろう。


(……実際、俺も学校では気怠そうにしてるけど、今日は機嫌がいいしな)


 なんて自分と照らし合わせて、晴也は佑樹に納得しないでいると———佑樹は慌てて取り繕ってくるのだ。


「———これまで、入学してからずっと一人でいる時は無表情に近かったのに、今日は違うんだ。客観的に見て、変だろ?」

「うん、申し訳ないけど、客観的に見たらキモい。風宮の話を真に受けるなら、入学してからずっとその女子を観察してたことになるからな」

「……っ。いや、この話は男子内ではもう有名な話であってだな!?」


 実際、クラスの男子内ではS級美女のことはほとんどの情報が共有されているため、佑樹の溢す内容に嘘はないのだが……内情を知らない晴也からすれば、疑ってしまうのが自然である。

 ジト目になりながら、気怠そうに、晴也は取り繕っている佑樹に対して口を挟んだ。


「それで、その女子の様子が変でどうだって?」

「おう。これはあくまで俺の推測だが、"恋"したんじゃないかと思っててな」

「はぁ……。やっぱり黒じゃないか。すぐそういう発想に至るあたりが」

「いや、違うんだって、赤崎」

「はいはい」

「おい、絶対分かってないだろ」


 そんな風に、他愛のない会話を繰り広げる晴也と佑樹であるが……佑樹の邪推が当たからずも遠からずであることを二人は知らない。

 本日、クラスのS級美女"高森結奈"の機嫌が良い理由。それは晴也の機嫌が良い理由と同じく趣味を共有できたからに他ならないのだ。


「———そういえば、赤崎。お前もなんか今日、機嫌いいよな?」

「まぁ、いいことがあったからな」

「もしかして、赤崎も恋関連だったりしてな」

「そんなことは断じてない」


 強く言葉では否定した晴也だが、一瞬、心臓が跳ねたのは本人だけに隠された秘密。

 佑樹の観察眼が思いの外、鋭いことを晴也はこのさき知っていくことになるのである。


♦︎♢♦︎


 晴也と佑樹が話に耽っていた頃、女子トイレでは———。


「えぇっ!? 家まで上げて話こんだとか大胆すぎるでしょ!? 結奈りん」

「……ホントに運命の出会いみたいです」


 結奈が晴也と昨日出会った時のことを話せば、沙羅と凛は感嘆の声をあげていた。

 普段、男子から色目で見られるS級美女の二人であっても、驚くべき内容であった様子。

 ぱち、と瞳を見開いては、ぱくぱくと口を開閉させていた。


「それで!? それで!? 歳も近いってことは連絡先とか交換したの? 名前とか知れた?」

 ズカズカと歩み寄り、瞳をキラキラと輝かせる凛に対して、結奈は申し訳なさそうに視線をすっとそらした。


「いいや……聞けてない。ううん、聞いてない、が正しいかな」


「えぇ、なんでよ!?」

「どうしてですか?」


 沙羅の場合、聞き忘れていたというものであるが、今回の結奈の場合は敢えて聞かなかったというもの。せっかくのチャンスなのに、と信じらないといった瞳で二人は結奈を捉えている。


 ———だが、結奈は後悔する素振りなど見せず淡々とこう溢すのだ。


「沙羅の件を聞いて思ったんだ。私も、運命ってのを信じてみようと思って」


 柔和な笑みを浮かべる結奈の瞳にはある確信が見られていた。


 またあの男子と自分は再会できる——と。


 結奈の返答にぽかんと固まる沙羅と凛であるが、仕方がないことだろう。

 なにせ、結奈は少女漫画が大好きで——この中で最も内に熱い情熱を持っているなのだから。

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