第20話 S級美女達の会話③

 噂というのは瞬く間に広がっていくものだ。

 内容が良いものであれ、悪いものであれ関係なしに周囲に拡散されていく。

 とりわけ有名人の場合は影響力が高いせいか、噂なんてのは、当人の知る余地なしにあっという間に広がってしまうのである。

 晴也と同じクラスのS級美女、姫川沙羅がいい例であった。


「……最近、周囲からの視線が凄いんですけど、どうしようもないのでしょうか」


 晴也と結奈が出会ってから後日。場所は人気の少ない女子トイレ。沙羅は、信頼できる二人の友達に相談を頼み込んでいた。

 普段、周囲の視線に対して鈍感な沙羅であっても過敏になるくらいには噂が蔓延していたのである。


『———姫川沙羅が好きな人はこの高校の男子の誰かだ』


 一見、別に取り立てて騒ぐほどの内容ではないが、沙羅と一部の女子に関しては別問題。

 並外れた容姿を持ち——"S級美女"と評される彼女たちの場合、男子が黙っているはずもないのである。


 クラス内だけにはとどまらず、学年全体にまで広がってしまった噂はもはや沙羅には対処しようがなかった。


「どうしたらいいのかな……結奈りん」

「……悪いけど私も思いつかないかな」


 時間をかけて噂が沈静化するのを待つしかない、と結奈そして凛は困り果てた表情を浮かべる。最近、噂のせいで告白されることも多くなった沙羅は早くこのことを解決させたい様子。

 二人の返答を聞くと、琥珀色の瞳をうるうると潤ませる沙羅である。


 不幸中の幸いなのは、学校全体にまでは噂が広がっていないこと。ただ、この様子では時間の問題である様な気がしないでもなかった。

 沙羅がどうしたら、と頭を抱えこんでいると凛は何か思いついたのか桜色の瞳をぱちと見開く。


「そうだ! 沙羅ちん。これ、案外チャンスじゃないかな?」

「チャンス、ですか?」


 言っている意味が分からない、と困惑した眼差しを凛に向ける沙羅。


「そうそう! だって、噂が広がってるってことは……沙羅ちんの"運命の相手"にそのことが伝わるかもしれないし!」


 沙羅が探している"運命の相手"。未だに突き止められず、困惑していた沙羅だが、そのお相手が同じ高校であるなら、きっと向こうにも沙羅のことが自然と伝わるのではないか。

 そんな風に凛は捉えて、沙羅を元気づけようとしているのだ。


「……そうでしょうか? もしかしたら、他の高校という線もあるのかもしれないですし」


 以前、沙羅に関する噂が蔓延し始めたとき。

 沙羅の探している運命の男子が中々見つからないと困っていると、結奈が"別の高校の可能性"を提示したため、そこが沙羅としては引っかかっていた様である。

 沙羅は結奈にチラチラと申し訳なさそうな眼差しを向けていた。


「大丈夫だって! まだ、あの日から全校生徒を確認できたわけじゃないでしょ? 沙羅ちん」

「勿論そ、そうなんですけど……」


 凛の励ましに頷きながらも、どこか歯切れが悪かった。凛はどちらかと言えば、冷静に物事を考えるタイプではなく、感情に任せるところが多いのだ。そのため、沙羅は凛に同意しながらも、不安がどうにも拭えないのである。


 沙羅は、俯瞰的にそして冷静に物事を捉えられる結奈にこのときは意見を求めたいのだろう。切羽詰まり焦っている沙羅の視線を認めると、結奈はふぅと一息ついた。


「———沙羅、きっと大丈夫だと私も思うよ」


 黒髪をくるくると指で巻いて、結奈は柔和な笑みを沙羅に向ける。


「……ホントにそうなんでしょうか?」

「うん、私ってさ。"運命"っていうのぶっちゃけあんま信じないタイプでしょ?」


「そう、ですね」

「そうだね〜。結奈りんに"運命"はなんか合わないかも」


 普段から、クールじみており現実主義的な一面が見られる結奈。彼女といつも一緒にいる二人はそのことを身に染みて理解しているからこそ、結奈の発言には説得力が増すのである。

 先を促す凛と沙羅を認めると、少しだけ口角をあげて結奈は続けた。


「運命って正直、私……あんまり信じてはなかったんだけど、信じる様になったから、さ」


 含みのある言い方をして、微笑を浮かべると凛と沙羅は瞳を大きく見開いた。

 うっすらと赤みがかった頬と、少し恥ずかしそうに黒髪を弄る手癖。

 意外だったのだろう。結奈のそんな姿を見たのが。そこまで短い付き合いではないからこそ、驚きは人一倍のものである様だ。


「え、も、もしかして——もしかして、ゆ、結奈りんも!?」


 もしかして、と食いついて鼻息を荒くする凛の瞳には"期待"が混じっている。凛まではいかないものの、沙羅も落ち込んでいたのが嘘かの様に『わぁぁ!』とテンションを高めていた。


「……ま、まぁ私も昨日。恋した訳じゃないんだけど、"運命の出会い"はしたからさ」


 結奈の溢した"運命の出会い"。思い起こされるのは、言うまでもないが、晴也と出会ったこと。少女漫画の話で盛り上がり、喫茶店で日が暮れるまで話をし、家にあげ、夜ご飯を食べたこと。

 奇跡の様な出会いを経験したからこそ、結奈は沙羅の運命の出会いを信じたのである。


「だから、私も……その、運命の出会いをしたから。きっと沙羅、うまくいくよ」

「は、はいっ! 結奈さんも、うまくいくこと願ってます!」

「ま、まだ……私はそんなんじゃないから」


 結奈は黒髪を弄りながらも、恥ずかしげに口を結ぶ。


「まだ? まだって言ったよね? 結奈りん。詳細、聞かせてよ! どんな出会いだったの? どんな男の人だった?」


 逃がさない、といった凛の尋問が始まると結奈は観念して"少女漫画"のことは隠し、詳細を話し始めた。

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