第22話 闇の道を歩むとも ⑨

「クイーンが魔砲を使うのは知ってたけど、あんなに範囲が広いなんて」

「シャトルに迎撃能力が無かった事も要因の一つでした」

「魔砲の範囲から逃れるために速度も必要だ」

 

 シャトルより迎撃能力があり、速度もある艦など今から用意できる筈もない。幸いシャトルがそこそこベクターを引き離したので考える時間が少しだけ増えたから、この間に次の作戦を考えねばならない。

 直ぐにでもドライブをかけて逃げるべきなのだが、今ドライブを掛けるとベクターが気づいて追ってくるのは必至だ。ベクターもまたエーテルドライブを使うのだから。

 

「別の囮を出すしかない、シャトルより速くて攻撃力もあって使い捨てもできるやつが……そんな都合のいいものがあるわけない!」

 

 焦燥ばかりが募る、頭の中は「どうする」と「無理だ」がずっと駆け巡っていてまともな思考ができない。他のブリッジメンバーの様子はわからないが、皆黙っているところから様子を見ているのだろうと推察できる。

 艦長がこのように逡巡していては他のクルーにまで悪影響がでてしまう、早急に何か手を打たなくてはいけないのに何も思いつかない。

 

「シャトルより速くて、攻撃力があって、使い捨てできる艦、今使える艦は……あっ」

 

 あった、一隻だけある。シャトルより速くて迎撃能力にも優れて使い捨てできる艦が。それは限りなく名案であると思われた。少なくともリオの中ではこれ以上の案が思い浮かばない。一つ大きな問題はあるが、それは覚悟を決めてしまえば些細なものだ。

 

「今すぐロイヤルメローへ通信を!」

「どうなさるのですか?」

「次の囮をだす!」

「ですがシャトルより優れた囮は」

「ある!」

 

 力強く言い切る。そして続ける。

 

「ガリヴァーを囮に使う」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「委細承知した、直ぐにガリヴァーのクルーを受け入れる体勢を整えよう」

「お願いします!」

 

 次の作戦のためにガリヴァーを犠牲にするとロイヤルメローに伝えたところ、ドラゴニア国王はほぼ即決で承諾してくれた。

 まずはガリヴァーのクルーをロイヤルメローへ移さなければならない、シャトルはまだ一機残っているがそれだけではまだ足りないのでロイヤルメローから迎えのシャトルを出してもらう。


「ドクター! 心臓の破片を頼む!」

「わ、わかりました! 二十分で終わらせます!」

 

 ギリギリ間に合う時間だ。

 

「ガリヴァーの全クルーへ! 時間が無いから手短に言うぞ、このガリヴァーを囮に使ってベクタークイーンを遠ざけるから速やかに退艦してロイヤルメローへ移動するんだ! ドラゴニア国王には既に話も通してある!」

 

 ふぅと息を吐いて館長席へ深く座る。

 やるべき事はやったので、あとは待つだけだ。

 

「アチータはガリヴァーのバックアップデータを取ってから退艦してくれ」

「わかった、五分もかからないだろう。艦長は?」

「俺はギリギリまで残る、まだやる事もあるしな。それとこのロビンのタグも持って行ってくれ」

 

 ロビンのネームタグが入ったケースをアチータへと渡す。アチータはやや不思議そうな表情を浮かべたが、直ぐにキリッとした顔に戻って作業を始めた。

 そして二十分後、ドクターから心臓の準備ができたと報告があった。副長に頼んで保管庫に置いておき、残りの心臓をドクターとドロイドに運ばせる。

 格納庫では既にロイヤルメローから送られてきたシャトルが待機していたので慎重に運び入れて、発進する。全てのガリヴァークルーを乗せたシャトルが順番にガリヴァーを出発してロイヤルメローへ向かった。

 

「行ったか」

 

 リオはその光景を艦長席から眺めていた。リオを除いた全てのガリヴァークルーがロイヤルメローへと向かう。静かになったブリッジはなんと寂しいのだろうか。

 

「さて、気付かれないうちに行くとするか」

「はい艦長」

 

 副長が隣に現れる。副長はガリヴァーのシステムなので必然的に残る事になる。ただバックアップデータはあるのでそれがあれば他の所で蘇る事が出来るのだ。

 

「艦長も残る必要はないのですよ?」

「いやいや、俺がいないと魔砲を使えないだろ」

 

 その通りである、艦の迎撃システムは全て魔砲であり、それらは艦長の許可がないと使えないのである。また艦のシステムである副長を艦長にする事もできない、艦長になれるのはあくまで生身の存在でなければならないと連盟のシステムが定めている。

 つまり迎撃能力をクリアするためには必然的に艦長も残る必要があったのだ。

 

「さあ、発進してくれ」

 

 震える声で伝える。今から死にに行くと言っている様なものなのだから仕方ない。

 声だけでは無い、手も顔も震えが止まらない、心臓ははち切れんばかりに鼓動が大きい、足に至っては力が入らなくて感覚すら感じられない。

 

「副長、興奮剤を投与してほしい」

「はい艦長」


 身体を包み込む恐怖を少しでも和らげれたらと思う、正確には誤魔化してるだけなのだが。

 それでも今のリオには必要な事だった。

 

「俺は数ヶ月前まで高校を卒業したばかりのクソガキだったんだ、それがこんな艦の艦長に選ばれてさ、どうかしてるよ」

「興奮剤です」

 

 副長がドリンク状の興奮剤を持ってきたので一気に飲み干した。鼓動が更に早くなる。

 

「艦長はよくやっておられます、それこそ民間人とは思えないくらいに」

「ありがとう副長、でも俺なんか大した事ないよ、ほんとは……ずっと、怖かったんだ。俺は艦長だから、皆の生命を命令一つで失わせるんだ……そんなの重くて怖いだろ」

 

 声の震えは止まった、しかし代わりに今まで抑えてきた感情が胸からポロポロとこぼれ落ちてくる。

 

「ほんとはガリヴァーを使って帰りたかった、でもそんな事したらもっとたくさんの人が死んでたかもしれない。ドラゴニア人なんて助けなければ良かった、そしたらこんな事にはならなかったんだ。ほんとはロイヤルメローなんて見捨てるべきだったんだよ、ガリヴァーだけなら逃げられるし、たとえドラゴニア人が反乱を起こしても毒ガスで無力化できる」

「でも、そうはしませんでした」

「自分でもビックリだよ、俺はもう少し自己中だと思ってたから」

 

 常に完璧な選択は出来なかったけども、最善の選択はしてきたつもりだ。少なくともそれはリオの中では誇りと思っている。

 

「未成年だからお酒を飲んだ事ないんだけど、どんな味なんだろうな」

「さあ、少なくとも私はシステムなので飲めませんが、ヒデから聞くところによると飲めないと人生を損するそうです」

「ヒデさんて酒カスじゃなかったか? あぁでも飲んでみたかったな。あとセックスもした事ないんだけどさ、あれも人生損するのか?」

「さあ? ですが子作りには必須なのである意味では損かもしれませんね」

「俺の人生損ばかりかよ」

 

 そう考えると色々馬鹿馬鹿しくなってくる。

 モニターにベクタークイーンが映される、既に心臓の活性化は済ませてあるので確実にこちらを狙っている。クイーンの前方に魔法陣が出現した。

 

「魔砲か、副長! 風速魔砲ダッシュウィンド発射用意!」

「はい艦長、風速魔砲ダッシュウィンド発射シークエンス開始します、詠唱コード入力完了、発射可能です」

 

 この魔砲の最大の利点はコードの入力だけで発射準備が整う事だ。

 少しだけ待ってクイーンの発射が整うのを待つ、何度も魔砲を撃ってきたのだ、相手の発射タイミングだってわかる。

 

「今だ! 風速魔砲ダッシュウィンド発射! 上だ!」

 

 ガリヴァーの真上に魔法陣が出現すると同時に、魔法陣からエーテルが吹き出してそれが暴風のようになる。少し遅れてクイーンが魔砲を放った。

 しかしその頃にはクイーンの魔砲の射程からガリヴァーが暴風によって押し出されていた。


「ぐっ……うぅ」


 魔砲によって急制動をかけたのだ、いくらシールドで緩和しているとはいえ、艦内全体にかかるGは笑って流せるほど優しくはない。

 だからこそ使い道が無い魔砲の一つでもあったのだが、今はGに耐えるのがリオ一人なので遠慮なく使う事ができる。

 

「ふぃー、とりあえずこいつで回避はできそうだな」

 

 近づいて来たベクターマンティスを光子魔砲で迎撃しながら次の手を考える、まだまだ時間を稼がなくてはならない、そしてクイーンは確実にこちらをターゲットに定めているから逃がしてはくれそうにない。

 それならば好都合だ。

 

「とことんバトルしてやるさ、俺だって死にたくはないんだから!」

 

 この数十分後、リオ・シンドーはガリヴァーと共に永い眠りへついた。 

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