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「ねぇユーシス」


 ホテルへ戻るとテラは思い詰めたような声でそう話しを切り出した。


「前に見た新聞にあったあれって、もしかしてデュプォスがかな?」

「新聞?」

「ローズさんのとこに泊まる前に泊まってた宿があるでしょ? そこから出る時に置いてあった新聞にあったんだ。この街で連続殺人事件が起きてるって」

「アイツらが吸血鬼共の為に人を襲う事があるのは知ってる。だがどうだろうな」

「じゃあさっきのデュプォスは私達を追ってここまで来たと思う?」

「それはない。別にここまで計画して来た訳じゃないしな。もし後を付けてたんならもっと早いタイミングで襲い掛かってきてたはずだ」


 テラが何を言いたいのかイマイチ掴めずにいたユーシスは彼女を見つめながら小首を傾げた。


「もしかしたら私達が首を突っ込むような事じゃないかもしれないけど――もしデポォスが原因だとしたら私達がどうにか出来るかも。って思ったんだ」

「デポォスとやり合って俺らがここにいる事は既にバレてる。直ぐにでもアイツらが来るかもしれない。だから長居はしない方が良い。さっさと夜条院家に行ってこの街を出た方が安全だ」

「そうだけど……。もしデュポスが原因だとして、このままだとまた誰かを襲うかもって考えると――やっぱり私、放っておけないよ」


 訴える双眸で自分を見つめるテラにユーシスは溜息をひとつ。


「正直言って俺は他の奴がどうなろうとどーでも良い。お前が無事ならそれでいい」

「ユーシス……」


 眉を顰め悲し気な表情をテラは浮かべた。


「だけど……お前がそんな顔するんなら――分かった」

「ありがとうユーシス! それじゃあまずは本当にデュプォスの仕業か探る必要があるね」


 ユーシスの言葉を聞いたテラは暗雲から太陽が顔を出すように笑顔へと表情を変え、ソファへと腰を下ろした。


「それで? 一体どうやって原因がデポォスかどうか調べるつもりなんだ?」

「どうって言われてもなぁ。とにかくまずはあの新聞を読んでみたいかな」


 そう言うとテラは内線電話を使いあの日の新聞が無いかを尋ねた。突然の事にも関わらず、数十分後にはあの日の新聞がテラの手元に。早速、視線を新聞へと落とし記事を読み始めた。


「被害者は全員、朝方に発見されたんだって。みんなその日夕方辺りまでは生きてるのが確認出来てたって書いてある」

「なら夜中に攫われたんだな」

「そうだね」

「人の仕業じゃない可能性は?」


 その質問にテラは新聞からユーシスへ口元を緩め少し眉間を顰めた顔を向けた。


「それって意地悪で言ってる?」

「いや」

「こんだけじゃ分からないよ。シャーロック・ホームズでもエルキュール・ポアロでもないんだし。いや、流石にあの名立たる名探偵たちもこれだけじゃ分からないって」

「そうだな」


 どちらの名前も掠りもしない程に知らなかったユーシスは適当に流すと立ち上がり窓から通りを見下ろした。疎らに歩く通行人へ鋭い視線を突き立て警戒を張り巡らせる。


「――でも何か理由があるのかな?」

「攫う理由が?」

「ううん。無差別に選んでるのか何かに沿って選んでるのかって事。犯人が被害者を独自の基準で選ぶってあるからね。そこから犯人像を絞っていくみたいな」

「好きだな」

「あの頃はスクートさんから貰った本をボロボロになるまで読んだからね。そんなにやる事も無かったし、私は二人みたいに運動が得意な訳でもないから」


 その言葉に釣られ昔を思い出しながらユーシスは振り返った。


「俺はウェアウルフだしな。アイツは異常なだけ――だと思ってた。だからそもそも人間のお前と俺らとじゃ基礎的な部分が違うんだよ」

「でもあの時はそんなの考えても無かったし、二人と一緒の時はいっつも後ろをついて行くのに必死だったから私って運動とか苦手なんだなって思ってた。実際、動き回ってるよりゆっくりしてる方が性に合ってるから」

「別に俺も好きな訳じゃない」

「毎日のように駆け回ってたのに?」

「それはアイツの所為だ。――それよりどうするつもりなんだ?」

「そーだなぁ」


 やや強引に話しを戻したユーシスに特に何かを言う訳でもなく、テラは口元に指を当て思案し始めた。その脳内でどんな案が浮かんでは消えているのか少しの間、黙り続けるテラ。


「んー。でも結局どうするもこっちにはこの新聞以外の情報は何も無いからねー。分かんない」


 それはワトソンでさえ仕方ないと思ってしまうような清々しい表情で放たれた一言だった。


「あっ! こういうのはどう? 夜に街を回ってみるとか。もし現場に遭遇したらその子を助けられるし」

「そりゃあ名案だ。夜つってもいつか分かんない上に、この街なら見て回るのも楽勝だからな」


 感情の籠ってない――強いて言うなら呆れ声でユーシスは答えた。

 それに対しテラは声を出しながらも控えめに笑った。


「冗談だって。ユーシスにそこまで面倒掛けられないよ。言い出したのは私なんだし」

「じゃあどうするんだ? 名探偵」

「んー。まだ分かんないけど、まずはさり気なーく話題を振って少しでも情報収集しないとね」


 そう言ってテラはベッドから立ち上がった。


「それじゃあ、全然見れてない街へレッツゴー!」


 握った拳を高らかに掲げた彼女の気合に引っ張れられるようにユーシスは窓を閉めた。

 だがそんな二人を止めるように突然響くノック音。ユーシスはドアまで行くとドアノブへ手を伸ばした。


「どうもー。覚えてるかな? って昨日会ったばっかりだけど」


 向こう側に居たのは、昨夜とは違いラフな格好の慧と清竜。


「夜条院」

「良かった覚えててくれて」

「丁度いい。行く手間が省けた」

「あれ? もしかして僕らに何か用でもあった? 奇遇だね。僕らも君に用があったんだ。だから一緒に来てくれるかな?」


 自分に用がある。その言葉にユーシスは微かに眉を顰めた。


「あっ。慧さん!」


 すると後ろから覗き込んだテラがその顔に声を上げた。そしてユーシスの隣へと並んだテラは真っ先にお礼を口にし頭を下げた。


「こんなにいい場所。本当にありがとうございました」

「いやいや。気にする事ないよ。えーっと、そう言えば名前を聞いてなかったね。可愛い子ちゃん」

「あっ! すみません。私、テラです。テラ・リージェスと言います」

「リージェス」


 それはほんの一瞬だったが、彼女の苗字を口にしながら慧の表情は変化を見せた。テラは全く気が付いていなかったが、ユーシスはその変化に気が付きはしたもののそれが何を意味するのかまでは分からない。理由は分からず気の所為かもしれない違和感のような感覚がそこにはあっただけ。


「そしてこっちは、ユーシス。ユーシス・ラインテルです」

「それじゃあ改めてよろしく。テラちゃんにユーシス」


 差し出された慧の手。それをテラは真っ先に握り返し、ユーシスは僅かな間を空けてから握り返した。

 一方、慧と握手を交わしたテラは相変わらずの眼つきで面倒くさそうに隣に立つ清竜へ手を差し出した。


「よろしくね。清竜くん」


 一度その手を見遣り、その後に視線をテラの笑みを浮かべた顔へと向けた清竜。そしてそのまま何も言わずに手を握り返した。


「よし。これで自己紹介も済んだ事だし、行こうか」

「行くってどこにですか?」

「夜条院家――僕らの家だよ」


 それから慧と清竜の後に続いた二人はホテルから街へ。昨夜とは打って変わり、そこにはテラが事前に聞いていた人々が行き交い色々なお店が並ぶ街並みが広がっていた。


「やっぱり聞いてた通りこの街って賑やかなんですね」


 感動も入り混じり煌々としたテラの双眸は忙しなく辺りを見回していた。


「昨日の夜はね。ちょっと特別だったから。これが本来のこの街って感じかな」

「一体何が起こってる?」

「それも含めて後で説明するよ」


 そしてテラにとっては通りを歩いているだけで観光となった街を出ると、四人は山へと更に歩みを進めた。つい先ほどまでの景色が嘘のように木々が並び鬱蒼とした一面緑の世界。整備はされてないがそこにはちゃんと山道が一本、導くように伸びていた。

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