3

「夜条院ってビディさんが言ってたのだよね?」

「多分な」

「まさかこんな風に会えるなんて。――そうだ。ホテル、どうする? さっき言ってた場所に行ってみる? どの道これから探すんだし」

「どっちでもいい」

「じゃあ行こっか」


 そして二人は慧の説明通り道を進み、『ツクヨミ』と書かれたホテルへと辿り着いた。見上げる程に聳えるそのホテルはテラが予想していたものより何倍も大きく、そして上品な豪華さを兼ね備えていた。


「ここで合ってるよね?」


 思わず不安を零すテラの横を通り過ぎユーシスは何の躊躇いも無くホテル内へ。それにテラも続いた。

 外観同様に一般の人は入るのにさえ気合いが必要そうなロビーを真っすぐ進み受付カウンターへと向かう。そこには絵にかいたようなホテルマンが一人立っており、二人がカウンター越しに来ると深々とした一礼をした。


「いらっしゃいませ。――ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「いや、あの……。予約とかはしてなくて……」

「申し訳ございません。当ホテルはご予約をして頂かなければ――」

「夜条院慧、さんに教えて貰って来たんですけど……」


 場違いなばつの悪さに耐え兼ねテラは言葉を遮り言われていた名前を口にした。

 すると少し大きくなったテラの声にホテルマンは一瞬、表情を吃驚とさせたがすぐに莞爾とした笑みへと変わった。


「慧様のご紹介ですね。少々お待ちください」


 そう言うと手元のパソコンへ手を伸ばし何やら操作を始めた。


「あの――大丈夫なんですか?」


 若干ながら恐々となりながらテラはそう尋ねた。


「はい。慧様のご紹介ですので。――お部屋の方はいかがなさいますか?」

「一部屋で大丈夫です」

「かしこまりました」


 それから少しの間、タイピング音が鳴り響くとカウンター越しの顔が上がった。


「ではお部屋の方へご案内させて頂きますので、こちらへどうぞ」


 彼を先頭に二人はロビーを進みエレベーターへと乗り込んだ。ボタンを押し到着までの間、箱の中に流れる沈黙。

 だがそれは二階分でホテルマンが振り返り途切れた。


「申し遅れました。わたくしは、二夕見ふたみと申します」


 二夕見は胸のネームプレートを丁寧に見せ、その後にこれまた丁寧なお辞儀をした。

 それからエレベーターは上へ上へと上り、ドアが開くと明るく照らされ真っすぐと伸びた廊下を二夕見の後に続く。


「こちらのお部屋でございます」


 そう言ってカードキーを翳すとピピッと機械の反応音が鳴り二夕見はドアを開いた。


「うわぁ~」


 二夕見の開いたドアから先頭で中へと入ったテラは思わず感嘆の声を漏らした。

 そこに広がっていたのは広々とした一室だったが、それだけではなく更に幾つかの部屋が隣接している。豪華なその部屋はまるでお城の一室。

 だが同時にテラの中で感嘆を呑み込む影の感情が溢れ出した。


「あの、すみません」

「何かご不明な点等ございましたでしょうか?」

「いえ! とっても素敵なお部屋です。けど、私達その――こんなに良い部屋を借りられる程のお金が……」


 どこか申し訳なさそうにテラは段々と小さくなってゆく声で正直に伝えた。


「とんでもございません。慧様のお客様ですので、代金をお支払いいただく必要はございません」

「えっ? でも――」

「何もお気になさらず、存分に当ホテルをお楽しみ下さい」

「本当に良いんですか?」

「はい」

「ありがとうございます!」

「では早速、お部屋のご説明をさせていただきます」


 寝室に浴室、ミニバーやルームサービス。それから二夕見は簡単に部屋の説明をした。


「それでは何か御用の際は内線電話をご利用ください」

「分かりました」

「それではごゆっくりどうぞ」


 そしてお手本のようなお辞儀をし二夕見は部屋を後にした。

 二夕見が出て行くとテラはクルっと後ろを振り返り改めて部屋を見回し始める。


「わぁ~」


 見ているだけで幸せが込み上げてくる部屋を煌めかせた顔で歩いた彼女は、まずソファへ腰を下ろした。まるでマシュマロにでも包み込まれているかのような反発がありながらもフワフワと心地好い座り心地に、思わず零れる感嘆の溜息。お次は寝室。ドアを開けば、そこではこれまでの宿とは比べ物にならない程に大きく豪華なベッドがスポットライトを浴びるように堂々と置かれていた。


「ねぇユーシス! 見て!」


 だが一方でユーシスは窓際に立ちじっと外を眺めていた。


「どうしたの?」


 そんなユーシスの隣に並んだテラは同じように窓の外を見遣る。そこには綺麗な夜景が広がっていた。


「きれー」

「妙だな」

「ん? 何が?」

「この街だ。何が起こってるんだ?」

「でも確かに慧さんも、今日はもう外には出ない方が良いって言ってたもんね。それに何か探してるみたいだったし。あと、大きな街だって聞いてたのに全然人いなかったし。どうしたんだろう」

「まぁそれは明日、アイツらに訊けばいい話だな」


 そう言うとユーシスは窓に背を向け歩き出し、テラもその後を追うように窓から離れた。


「そーだ。お風呂見てみよっと」


 それからその夜は十二分に初めての高級な部屋を楽しんだ。とは言え楽しんだのは主にテラで、ユーシスは相変わらず。

 そして翌日の昼前。二人はビディから教えてもらった夜条院家へ行く為、出掛ける準備を済ませていた。


「ねぇ。夜条院家に行く前にお昼ご飯食べてかない? 朝は少し遅かったけど、折角だからね」

「俺は何でもいい」

「それじゃあそうしよっか」


 それから夜条院家へ向け歩を進めながら美味しそうなお店を探していた二人(探していたのはテラだけだが)。

 だが、ユーシスは途中から後方の異様な視線を感じ取っていた。最初は昨夜の事で敏感になり過ぎてるのかと思いもしたが、暫く歩き続けても後方の何者かは依然と一定の距離を保ちながら二人を視界に捉え続けていた。しかしユーシスは気が付いていると悟られないよう振り向かずタイミングを見計らいながらテラの一方後ろを歩き続ける。

 するとユーシスは何も言わずテラの前へ出ると手を引き路地へと姿を消した。そして中腹まで進んだユーシスは足を止め両側の壁に設置された室外機を見上げると、戸惑いを隠せないテラを抱き抱えそれを足場にあっという間に屋上へと上がってしまった。


「ちょっ……どうしたの?」

「誰か知らないが尾けられてた」


 屋上に上がり少し歩いた所で一言の説明と共にテラを下ろすユーシス。

 するとそれとほぼ同時にユーシスの後方へ同じように屋上へ上がってきた人影が三つ。


「下がってろ。テラ」


 一見するとどこにでもいそうな普通の人。だが、自分を追い容易にこの場所へやってこれたという事実に人である可能性を捨てていたユーシス。

 そして答え合わせと言うように三体は一気に人の皮を脱ぎ捨てた。

 中から姿を見せたのはデュプォス。一瞬にして形以外、人と呼べる部分はない存在へと変貌したデポォスは牙を剥き出しにし涎をまき散らしながらユーシスへ威嚇の叫び声を上げる。


「たった三体で何が出来るってんだ?」


 その威嚇も何処吹く風。むしろ呆れるようだった。

 しかしそれはデュプォスも同じ。そんなユーシスへ中央のデュプォスが先陣を切った。それに続く残り二体。

 だがユーシスは一歩も動かなかった。その間にも荒々しく距離を縮めていくデュプォス。

 そして間合いが半分ほど縮まった時。まるでスイッチが入ったかのように動き出したユーシスはあっという間に先頭のデュプォスの眼前へと迫った。デュプォスの速度を上回り伸び始めたユーシスの手は、そのまま顔を鷲掴みにしコンクリートへ頭を叩きつけた。液体と骨の割れる音が鳴り響くと同時に、小さな花火が花開くように飛び散る鮮血。そして一歩遅れ残りの二体はユーシスへと襲い掛かるが、テラが一度瞬きをする間に最初の一体同様に血に塗れ彼の足元に倒れる結末となった。

 息ひとつ乱さず何事も無かったかのようにテラの元へ戻るユーシスの後ろで三体のデュプォスと飛び散った血は影と成って風に連れ去れたていった。


「もっといる可能性もある。一旦戻るぞ」

「うん」


 どこか不安げな様子のテラだったが、特に何かを言う事はないまま上がりここまで来た時と同じように路地へ下りた二人は一旦ホテルへと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る