6
ウェルゼンに戻った二人はまず空いた小腹を満たす為、夜条院家を出る前に慧から教えてもらったお店へ。お薦めされるだけもあり、つい食べ過ぎてしまう程に美味しい料理を堪能した。
それからユーシスはテラに連れられ噴水広場へ。そこでは大道芸人や絵描きなど色々な人で賑わいを見せていた。
「わぁ~すっごい! 見て見て! あの人凄いバランス感覚」
テラは子どものように表情を煌めかせては忙しなく顔を動かしていた。
「あっ! パントマイムだ! 凄い本当に重そう。――あの人の絵凄いよ! あの人は本物の銅像みたい」
一方でどこを見ても新たに笑みを浮かべ、吃驚とした表情をするテラをユーシスは眺めていた。
「楽しそうだな」
「そりゃあ楽しいよ。本とかでは読んだ事あるけど、実際に見るのは初めてだし。見てるだけでワクワクするするんだよね。あっ、ねぇ! あっち行ってみようよ」
それからも広場の隅々まで見て回り疲れてしまう程に楽しんだテラとそんな彼女について行っていたユーシスは、休憩がてら雰囲気の良さそうなカフェへ。
「んー! 楽しかったぁ」
ジュースを一口飲み終えたテラは気持ち良さそうに伸びを一つ。
「こういうのなんか久しぶり」
「そうだな」
「でも私は雪山とか船とかも楽しかったけどね。旅行って訳じゃなかったけど、色々な場所に行って楽しかったなぁ。それにいっつもユーシスが一緒だったからね」
そう屈託のない笑みを浮かべたテラはジュースへと手を伸ばすと美味しそうに飲み始めた。
「そう言えば、昨日ね。久しぶりに夢を見たんだ。昔の夢。一日中、明かりが点いてて見上げても青空はない。人や場所、危険が沢山あって。私達は狭い部屋のベッドで毎日身を寄せ合って眠ってた。屋根の上とかを駆け回ったり、スクートさんの手伝いをしたり、勝手に基地にしてた廃墟のお店に集まったり。こうやって色んなとこに行けるのも楽しいけど、私はやっぱりあの頃も良かったなって思うんだよね。いっつもあの場所に対して文句ばっか言ってたけど、何だかんだ毎日楽しかったしもう一度、戻れるなら戻ってもいいかなって――思うんだよね。ユーシスはそう思わない?」
「あの頃が楽しかったかどうかか? ならあの頃はそう思ってた。こういうのがずっと続くんだってな。でも今は、どうだろうな。――それともあの頃に戻りたいかどうかか? なら俺は今でいい。またあんな日を味わうのはごめんだ」
「確かにそうだけど……。でももしかしたら何かが変えられるかもしれなかったら?」
「何かってスクートが助かるかもしれないとかか?」
その言葉にテラは顔を俯かせるとジュースの揺れを見つめた。
「――そう」
「こんな事言うのは悪いが、俺はこうで良かった」
テラの顔が上がりユーシスのと絡み合う視線。
「俺はテラが無事で良かったと思ってる。だからもし何かを変える事で今の状況より悪い方へ行く可能性があるなら、このままでいい」
「ありがとう。でもせめて止められたてたらなぁって」
「止めてくれ」
「ごめん」
その言葉を最後に訪れた沈黙はテラがジュースを飲み終わりお店を出るまで居座り続けた。
それから適当にウェルゼンを満喫した二人は陽が落ちると夕食を食べ一度、ホテルへ。そこで時間までを過ごしてから約束の時間には、昼ぶりに夜条院家の屋敷へと来ていた。
「時間通りだね。さっ、中へどうぞ」
屋敷前に立っていたスーツ姿の慧を先頭に二人は屋敷へと上がった。そして廊下を進み案内された部屋には見覚えのある女性が一人。
「ここに居る間は姐さんが面倒を見てくるから」
慧の手の先では、和服姿のよく似合う緋月が柔和な笑みを浮かべ立っていた。それは指先に至るまで意識が行き渡りどこから見ても美しく芸術的な立ち姿だった。
「よろしくお願いね」
そんな緋月をテラは僅かに恍惚としながら見つめていた。
「ん? どうかした?」
今度はそんなテラに対し表情はそのまま小首を傾げる緋月。
「――あっ! いえ! こちらこそよろしくお願いします」
少し慌て気味に手を振るとテラは忙しなく一礼をした。その後、慧と緋月が何か話を始めテラはユーシスの耳元へ顔を近づけた。
「綺麗な人だね」
「それじゃあ僕らは行こうか」
テラの一言の後、話を終えた慧はユーシスへそう言った。
「気を付けてね」
部屋を出て行く二人を見送るテラの言葉を最後に障子は閉められ、ユーシスと慧は再び廊下を進んだ。
慧に連れられユーシスが向かった部屋は誰もおらず無人。だがそこは普通の部屋とは違い、障子を開けば(横に伸びた)長方形の空間を挟み乳白色のアクリルで作られたゲージが夜空の元に設置されていた。中には木などが置いてある。それもそのはず、無人ではあったがそこでは二匹のワシミミズク梟が悠々と暮らしていた。
「きっと君は僕らと動くより一人で動く方が良いでしょ?」
「そうだな」
「それなら相棒を連れて行って。こっちが、イマチ。そしてこっちが、ネマチ。どっちの子が良い?」
手を指しながら順に紹介してくれたがユーシスにとってその二羽はどちらも同じにしか見えていなかった。
「どっちでも同じだろ」
「おーっと。そんな事言っちゃいけないよ。ちゃーんと性格が違うんだから。そーだなぁ」
慧は腕を組み二匹を順に何度か見ると少しだけ黙った。
「まぁ、イマチの方が君には合うかな」
そう言いうと慧はゲージのドア部分を開け中へと入って行った。そして一羽の梟を腕に乗せ再びゲージの外へ。
「この子は危険察知能力が優秀で冷静な判断が出来る子なんだよ。ちょっと臆病で人見知りしちゃうけど、人によるんだよね。さーて君はどうかな」
そして慧は腕に乗せたイマチをユーシスへと近づけた。最初は警戒するようにじっとユーシスを見つめるイマチの目。顔を動かしながらただじっと見つめ続ける。何を見ているのか、全てを見透かすような大きな目をユーシスもまたただ黙って見返していた。
すると、突然イマチは鳴声を上げながら翼を羽搏かせ飛び上がるとゆっくりと降下し、そっとユーシスの方へと降り立った。
「どうやら気に入られたみたいだね。良かった。良かった」
慧は肩に乗るイマチを撫でながら嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうだ。僕らは特殊なスーツだからイマチの爪は大丈夫だけど、君は無くても平気そうだね」
「問題ない」
「よし。それじゃあ、後はこれかな」
そう言って慧が差し出したのは一台のスマホ。
「これで他の部隊と連絡が取れるよ。最悪の場合は、イマチが知らせに来てくれる。あと、イマチは上空から周辺を見回りしてくれるし対象を見つけたら足の装置に座標記録されるようになってるから。まぁ彼は彼でちゃんと判断してやってくれるよ」
慧は説明を終えると視線をイマチへ。
「頼んだぞー。イマチ」
それに答えるようにイマチは鳴声を上げた。慧はイマチから手を離すと再度ゲージへ入りネマチを腕へ乗せ出て来た。
「今日も頼んだぞ。ネマチ」
そう言って今度はネマチを撫でる慧の手。少しの間、撫でると慧の視線はユーシスへ。
「それじゃあ君は好きにやってくれていいから。僕らは数部隊で探し回るから発見次第、連絡するよ」
「そんな数で見つけられるのか?」
「大丈夫。一人、優秀な目が街中を見てるからね。心配しないで君は君でその鋭い感覚で自由に探し回っていいよ。それじゃあ行こうか」
そしてユーシスはイマチを肩に乗せ、慧と共に屋敷の外へ。そこから月明りに照らされ脅えるように静まり返った街へと戻ると、慧とは別れイマチと共にジャックを探し始めた。
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