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 更にその量が減り残り僅かになとなった酒瓶。


「いや。もしかすれば、儂らは人間という種族を勘違いしているのかもしれん。一括りに見ているが、あいつらは言葉も文化でさえも統一ではない。そこには他には分からん壁があるのかもしれん。――まぁ人間がどうだろうと興味はない。そんな人間と吸血鬼が衝突し、大戦は始まった。初めから互いに引かぬ激しい戦いだった。儂はどうにか一族を守ろうとしたが、結果はこうだ」


 ヴィクトニルは軽く片腕を広げて見せた。ウェアウルフは残り二人。彼にとって最悪の結果がそには現実としてあった。


「基本的な能力は比べるまでもない。人間はあまりにも貧弱だ。だがあいつらには技術がある。そして何より魔女という存在が戦況を複雑化していった」

「魔女が人間につく理由は何なんだ?」

「さぁな。だが人間と魔女は元を辿れば同じ原種に辿り着くと聞いた事がある。信憑性はないがな」


 そう言ってヴィクトニルは酒瓶へ手を伸ばすが、それは途中で止まった。


「確か、人間にだけは原種という存在がいないらしい。真実かどうかは定かじゃないがな。だがもしそうなら、故に各所に王のような者がいるのかもしれん。稀有な存在だ」


 そして止めていた手を動かしヴィクトニルは酒を口にした。


「でも戦いは均衡してたんですよね? どうして最後は人間が勝ったんですか?」

「均衡というよりむしろ勢いづいていたのはノワフィレイナだ」

「そうなら尚更、どうして勝てたんですか?」

「魔女だ。あいつらの一手が全てを破壊した」

「一体何を?」


 ヴィクトニルは焦らすかのように葉巻をひと吸い。ゆっくりと煙を吐き出した。


「――あいつらは大戦以前よりとある研究をしていた。何をどうしたかは分からん。儂が言えるのはただこの身に刻まれた真実だけだ。――あれは月の無い新月の夜。虫一匹も鳴かぬ静かな夜だった。あの日、王城にある王の間には儂とオーディル。そして人間と魔女がいた。降伏条件を伝える為、魔女と共に人間はやってきた。状況は常に優勢、それに加え初めから勝利を信じて疑わなかったオーディルは、思いもしなかっただろう。あれが儂らに近づく為の口実だったなど。疑わしくはあったが結局は儂とて気付く事は出来なかったがな」

「そこで一体何があったんですか?」

「あれは――魔術だ。いや、呪詛の方が正しいのかもしれん。二人の五芒星は、儂とオーディルへその術を放った。それぞれの体から飛び出した闇に染まった手はそれぞれの元へ一瞬にして伸び、心臓へと達した。確かに感じた心臓を包み込む感触」


 その時のリアルな感覚を思い出したのかヴィクトニルは胸へ手を当て服を握り締めた。


「それは儂とオーディル、原種の力の一部を封じる術だった。その瞬間、ノワフィレイナ周辺で待機していた人間の軍隊が一斉に攻撃を開始。持ち直す時間すらなくノワフィレイナは墜落した」

「だが封じられたのはお前ら二人だけなんだろ? 他は関係ないはずだ。それともそれほどまでにお前らの力は強大だったという事か?」

「そうだ。もし影響が儂らのみなら持ち直す事も叶っただろう。だが原種と一族とには儂の理解をも越えた繋がりがある。原種が絶えた所で一族が道連れになることはない。原種とは言え、あくまで別の存在。一族の誰よりも濃い種族の血が流れており強力であるだけだ。――だがしかし。原種と種族全体は距離や関りに関係なく説明の出来ない何かで繋がっている。恐らく魔女はそれを解明したのかもしれん。儂らの力の一部を封じると吸血鬼、ウェアウルフの力も著しく低下した。そして混乱の中、ノワフィレイナは負けた」

「意味が分からん」


 ユーシスは眉を顰め微かに顔を横へ振りながら率直な気持ちを言葉にした。


「儂も完全に理解できているわけではない。最初に言った通り、恐らくこれは呪詛だ。原種の強力な力は一部を封じつつその繋がりを通じそれぞれの一族全体へ似た効果の呪詛を流し込む。それが魔女の生み出した新たな術なのかもしれない。――と言ってもこれは単なる儂の想像でしかない。吸血鬼とウェアウルフはその力を著しく抑えられた。それだけが真実だ」

「待て。距離に関係なくウェアウルフと吸血鬼が全員がその力を抑えられた? という事は俺もそうだって事か?」

「恐らくな。だが今は違う」


 その言葉にユーシスは思わず首を傾げた。


「儂を含め既にウェアウルフの力は戻っている。大戦が終息を迎える時にな」


 間を空け、葉巻を吸うヴィクトニル。


「大戦が人間の勝利に終わろうとしていた時、儂は一族すら守れず風前の灯火だった。その時、あの魔女が現れた。あいつはに儂の命を救い、一族の力を戻すことを約束した。それは守られ、今では儂もかつての力を宿している。故にお前も本来のウェアウルフの力を持っているはずだ」

「奪った力を返す? 一体何の為に?」

「それは知らん。ただ儂は力が戻る事で一人でも一族を救えると思ったんだがな」


 するとヴィクトニルは微かに表情を動かした。


「――そういやあの魔女が言っていた。いずれこの場所を訪れるウェアウルフの生き残りはウェアウルフとして未熟。だから戦い方を教えて欲しいと」


 睨むようだが真っすぐユーシスの双眸を見つめるヴィクトニル。ユーシスは抵抗するようにその双眸を見返した。


「お前から何を教わるって言うんだ?」

「一族とは離れて育ったウェアウルフ。他にウェアウルフはいたか?」

「いや」

「ならすぐに分かる」


 そう言うとヴィクトニルは突然、テーブルを横へ退けた。そして流れるように拳を握ると、それはユーシスの頬へ容赦なく伸びた。殴り飛ばされたユーシスの体は宙を突き進み、窓を突き破ると依然と吹雪の吹き荒れる外へと放り出される。

 一方テラは突然の出来事に数秒の間、驚倒としながら固まってしまっていた。


「止めて下さい!」


 だが、我に返るとすぐさま立ち上がりヴィクトニルの前へ両腕を大きく広げ飛び出すとそう叫んだ。吹雪と暖炉の混じり合った音に包まれながら、微かに恐怖を帯びたテラの双眸は突き刺す眼つきで見下ろすヴィクトニルを見つめていた。


「殺すつもりはない」


 静かに一言そう返すとヴィクトニルはテラの横を通りドアを開けて外へ。

 小屋から漏れた光が微かに照らす真っ白な積雪。そこへ吐き出された赤い唾。口元の流血を拭いながら立ち上がったユーシスは、間合いを空け立ち止まったヴィクトニルを睨みつける。


「ウェアウルフは他の種族より頑丈で身体能力も高い。だが更にそれを高める術を持っている」


 するとヴィクトニルの体は瞬く間に変貌を遂げ、白銀の毛に覆われた狼の姿へと変わった。隙間から顔を覗かせた一本だけでも十分な程に凶器的な牙。両手には狙い定めた獲物を逃さない獰猛で狂気的な爪。より獣的で、より攻撃的。

 白狼、そこにはその言葉を思い出させる気高くも荒々しい姿があった。


「それを扱えて初めて一族では一人前になれる」


 自然と上がった自分の腕を見遣るヴィクトニルだったが、その双眸は一振りされた刀のようにユーシスの方へ向いた。


「お前はどうだ? ヒヨッコ。図体だけ無駄にデカくなってるようだが?」


 それはほんの一瞬。たった一度、瞬きをしただけだったはずだがその間にヴィクトニルはユーシスの眼前へと間合いを詰めていた。

 そして伸びた手が喉元を粗暴に掴むとユーシスの足は宙に浮き始める。地を求め泳ぐような足と呼吸する度に増していく息苦しさ。片手では掴みきれない手首を両手で握り締めながらユーシスは体を上手く使いヴィクトニルの顔目掛け足を振る。

 足は防御の素振りすら見せず、それどころか眉一つ動かさず直撃。だがそれにも関わらず、気にすら留めていないヴィクトニルの手は緩むどころかより締め付けた。薄れゆく酸素と意識。視界が微かに霞み始める。

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