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「恐らく今の母を倒そうとすればそれ相応の数を送り込む必要があるでしょう。私にもう少し力があれば……。ですが、貴方はウェアウルフ。その実力は分かりませんが、恐らく母とも十分やり合えるでしょう。油断は禁物ですが、それでもウェアウルフはそれほどの力を有しているのですから」


 ルミナは一度、間を空け次の言葉を口にした。


「――どうかお願い出来いでしょうか? 当然、危険である事はこちらとて理解しています。ですのでお断り頂いても構いません。判断はお任せします」

「人間がどうこうってのもそれが理由か」

「はい。エイラ女王を失い、祖国を離れることになったのは人間の所為。だから人間という種族を一色単に恨んでいる者が多数なのです。ですので、申し訳ありませんがここから出るのはお控えお願い致します」


 その言葉と共にルミナの視線はテラを見つめていた。


「見たとこお前らもそう外見は変わらないようだが?」

「確かにそうかもしれません。ですが違いというのは当然あります。感覚的なモノなので言葉にして説明するのは難しいですが。しかし我々からすれば見分けるのは容易いのです。――それよりどうでしょうか? えーっと……そう言えばお名前をお聞きしていませんでしたね。申し訳ありません」


 そう言って頭を下げるルミナ。


「ユーシス」

「私はテラと言います」

「ではユーシスさん。どうかお願い致します」


 再度、頭を下げたルミナに対しユーシスはすぐに返事をしなかった。


「実際にその地で生まれ育ってないとは言え、祖先は同じノワフェイナ王国の民。どうかお力を」

「俺はそんな国どうだっていい。種族間のいざこざもウェアウルフの事でさえもな」

「自らの一族でさえだと?」


 そんなユーシスの言葉に反応を見せたのはゴレムだった。


「貴様には誇りというものが無いのか!」


 若干ながら怒鳴るような声と共に感情に引かれるように一歩前へ出たゴレム。


「ゴレム!」


 だが直後ルミナのそれを制する声が響き、ゴレムは少し顔を俯かせながら元の位置へ。


「申し訳ございません」

「別にいい」

「ですがその言葉は本当でしょうか? 自らの一族でさえも?」

「どうだっていい」

「なるほど。我々には――いえ、多くの者にとって理解し難いような思想が貴方にはあるようですね」


 微かに何度も頷くルミナはユーシスへの理解を示しているようだった。


「では改めまして。スノティーを率いる女王として貴方にお願い致します。どうか我らの元女王エイラ・グロス・グラキエースを殺して下さい」


 それは女王がするにはあまりにも深々としたお辞儀。そこには言葉以上に様々な想いが詰め込まれているのだろう。

 ユーシスは返事を出す前にそんな彼女から視線をテラへと移した。


「最初に私達を見つけてくれた時、スノティーの人達は嫌な顔してたの。それどころか敵視するような視線向けられてた。でもその中の一人がユーシスを見て、仲間の人を説得してくれたから今こうして治療もして貰えたんだよ。だからほら、やっぱり助けて貰ったのに何にもお返ししないっていうのは嫌じゃない? って言っても結局、私には何も出来ないから何かを言う資格なんて無いんだけどね」


 テラはそう言うと一瞬だけ暗い顔を見せた。

 だがまるで何もなかったと言うように明るさが戻る。


「でも表に出さないだけでユーシスが優しいのは知ってる。昔から何だかんだ言いつつお礼とかちゃんとしてたもんね」

「もし、俺が断って先を急いだら――お前はどう思う?」

「どうって。それ重要な事?」

「まぁな」

「別にユーシスを責めるような事はしないって。――でも先を急ぐって言うのは私の為でしょ? だから多分、私は罪悪感とか感じちゃうかも。もし私が居なかったら助けになれたのにって。だから私の我が儘を言っていいなら、気持ちよくこの場所を出て先を目指せるように結果はどうであれ手を貸してあげて欲しい。でもそれはユーシスが決める事だよ。私の事も抜きでどうしたいか、ユーシスが自分の気持ちに正直にね」


 聊かの沈黙。ユーシスは双眸をテラへ向けたまま、そんな彼をルミナとゴレムが見つめていた。

 そしてユーシスの顔がゆっくりとルミナへと戻っていく。


「分かった。この礼は返す」


 ユーシスはそう言って頭の包帯を指で叩いた。


「ありがとうございます」


 そんなユーシスへルミナはもう一度、頭を下げた。


「では明日。傷の具合とウェアウルフの頑丈さを考えればその頃には治っているでしょうから。ですので今晩はこちらでお休みになられて下さい。ささやかながら料理もご用意させて頂きますので」

「一つだけ言っておくことがある」

「何でしょうか?」

「明日、俺がここを離れている間、もし彼女に何かあったらその時は世話になった事など関係ない。お前の一族の奴かどうかなんてどーでもいい。その時は覚悟しろ」

「ご安心ください。テラさんの安全はお約束いたします。もし何かあれば、私が責任を取りましょう」

「ならいい」

「それでは明日。失礼しました」


 最後に会釈をしルミナとゴレムは部屋を後にした。

 それから夜が明け翌日。頭から痛みも消えたユーシスは包帯を外し、ルミナとゴレムが部屋へとやってきた。


「おはようございます。昨夜は良く眠れたでしょうか?」

「ちゃんと殺れるかを心配してるのか?」


 一度、言葉を切ったユーシスは立ち上がり口を開いた。


「なら体調で言えば問題ない。が、だからといってそいつを殺れるかどうかは別の話だ」

「単なる目安程度にしかなりませんが、種族で言えば我々スノティーよりもウェアウルフの方が戦闘において優れているのは事実。あとは個人の領域でしょう。ですが母は長年、一族を率いてきた者。その実力はウェアウルフにも劣らないでしょう」

「やってみれば分かる事だ」


 ルミナやゴレムよりも落ち着いていたのは当の本人であるユーシスの方だった。


「でもルミナさん達には申し訳ないけど、私は本当に危なかったら逃げて欲しいな。もしそれが達成出来なかったとしても私はユーシスが無事でいて欲しい」

「いえ、それには私も同意致します。確かに母を少しでも早く解放してあげたいのは山々ですが、それがもし貴方の命と引き換えになるのなら、それは望まぬ事。一族の者ならまだしも貴方はそうではありません。ですので、ご自分の無事をどうか優先して下さい」

「元からそのつもりだ」


 そうルミナに素っ気なく一言返したユーシスは座るテラへ顔を移動させた。


「大丈夫。俺は約束は守る」

「うん。知ってる」


 頷き微笑みを見せるテラの表情は穏やかで、ユーシスへの信頼に満ち溢れていた。


「ブゥアージュへは一族の者が案内します。王国は樹枝六花の形を成しており、中央に建つ王城に母は今もいます」

「他には?」

「いえ、現在あの場所に居るのは母だけです」

「お前は来なくていいのか?」

「はい。本来ならば私がどうにかしなければいけない事ですが、悔しながら今の私では力不足なのです。母にはまだ遠く及びません。きっと足手まといになるでしょう。それに母との別れはもう済ませてあります」


 自分の手で、それが出来ない事が悔しいのだろう。ルミナは逃げるように視線を下へ向けていた。


「失礼します」


 するとハキハキとした声が部屋中の注目を集めた。入り口に立っていたのは若いスノティーが一人。


「来たようですね」


 それを確認したルミナはユーシスへと顔を戻した。


「ではユーシスさんよろしくお願いいたします」


 言葉の後に下がる頭。そんな彼女の隣へ立ち上がったテラが並んだ。


「気を付けてね」

「すぐ戻る」


 そしてルミナの顔は再度、スノティーの者へ。


「それでは頼みましたよ。セツ」

「はい」


 自信に満ち溢れた表情でセツは力強く返事をした。


「では行きましょう」


 そしてセツと共にユーシスはブゥアージュへと向かった。

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