3

 既に割れた窓を通り外へと飛び出したユーシスだったが、彼を取り囲んでいた景色は内とは全く異なるものだった。豪華な城内だったはずの場所から飛び出した先に広がっていたのは、仄暗い路地裏。

 ビルとビルに挟まれた狭く薄汚いその裏路地へユーシスが飛び出すと、後方では壁に開いていた円形の煌々とした光が一拍の間を置いてから縮小し消えていった。

 だがその刹那の隙間を抜けたデュプォスが一匹。勢いそのままユーシスへと襲い掛かった。

 しかしその殺気を感じ取ったユーシスは振り向きざまに上げた片足でそのデュプォスを壁へと蹴り飛ばす。一瞬にして激突し衝突と同時に血をまき散らすデュプォス。その後、垂れてゆく血液の後を追うように体はずり落ちて行ったが、地面に倒れるより前にその体と血は影となって消え去った。まるで最初から何も無かったかのように跡形もなく。


「あはっ! 無事だったんだねー。良かった良かった!」


 デュプォスが消えて無くなった後、溌剌とした可愛らしい声がユーシスへそう声を掛けてきた。その声にユーシスが視線を向けるとそこには、ぱっちりとした目と爽快感のあるショートヘアが特徴的な女性が立っており、屈託のない笑みを浮かべていた。


「コル。それより開いてくれるか?」

「はーい。任せてー」


 陽気な声でそう答えるとコルは壁の方を向きポケットからレバータンブラー錠を取り出した。そしてそれを当たり前のように何もない壁へと伸ばし始める。ゆっくりと伸びていき入り込む隙間の無い壁へと触れるが、鍵はそれを無視し中へとするり入り込んでいった。

 そしてコルがそのまま手を捻るとそれに合わせ開錠の音が気持ちよく鳴り響き、何もなかったはずの壁の一部が(刺さった鍵をドアノブ代わりに)ドア状に開いた。その向こうは最初の円形同様に煌々としておりどこに繋がっているかは不明。だがユーシスは一切疑う事無くその光へと足を進めた。

 一瞬の光に包み込まれ先へと出たユーシスの眼前に広がったのは、雑貨屋のような一室。少し明りは弱く本や小物で溢れ返っているが汚いとはまた違う。

 そんな部屋でテーブルの傍にある椅子へ腰を下ろしていた初老の女性は冷静沈着とした様子でティーカップを口へと運んでいた。ユーシスはその女性を他所にそのままテーブルとは少し離れたソファへと向かい、彼に続いてコルが部屋へ入って来るとドア代わりの光は静かに消えていった。


「無事だったみたいね。しかも無傷だなんて」


 テラを抱えたままソファに座ったユーシスは膝上に乗ったままの彼女の背中に手を添え、テラはユーシスの首へ手を回した。

 そしてそんなユーシスへ女性は落ち着き払った声でそう言葉を口にした。


「アイツらは何もしてこなかった」

「それはきっといつでも取り返せるって意味じゃないかしら?」

「そうかもな」

「ありがとう。ユーシス」


 するとテラは安堵と感謝の籠った声でお礼を言うと寄り掛かるように抱き締めた。少しの間だけ頭をユーシスの胸に預けたテラは顔を離すと視線を彼の目元へ。

 そして若干、口元を緩めながらユーシスの仮面へと手を伸ばした。


「ずっと気になってたんだけど、どうしたの? これ?」


 そう言いながらユーシスの顔から仮面を取った。


「いいでしょ~? あたしが選んだよ~」


 テラの質問に答えたのはコル。喜色満面を浮かべ自信満々に自分を指差している。


「窮屈過ぎる」


 溜息交じりの言葉と共にユーシスは雑に蝶ネクタイを外すと横へ投げ捨てた。


「えぇー。だって仮面舞踏会に行くんだからちゃんとそれなりの恰好しないとじゃーん」

「別に踊りに行くわけじゃないんだ」

「大丈夫。私は好きだよ」

「やった!」


 不満そうに少し口を尖らせていたコルだったが、テラの一言に表情を勝ち誇ったものへと一変させガッツポーズをした。


「もう終わったんだ。どうでもいい」


 ユーシスはそう吐き捨てるように言うと、テラをソファへ下ろし別の部屋へ行ってしまった。その後姿を残された三人が静かに見送る。


「――ビディさん」


 ユーシスの姿が消えるとテラはテーブルの方へ顔を向け女性の名を呼んだ。


「ありがとうございました。もちろんコルもね」


 行ってしまった彼と入れ違うように訪れた沈黙も束の間、テラは二人に遅れながらお礼を言った。


「気にする必要はないわよ。これは言わば使命みたいなものなんだから。相手が誰だろうか私はあなたの為に力を尽くすわ」

「あたしに関してはどっちにしても拒否権無いからね。――あっ! でもちゃんと心配してたし、助けたいと思ってたからね!」


 コルは少し慌てて付け足した。

 でもそんな彼女にテラは笑みを浮かべながら温かな視線を向けていた。


「大丈夫。分かってるよ。でもありがとう」


 そんなテラの言葉にコルは少し面映ゆそうに頭を掻いた。


「コル。おかわり貰えるかしら?」

「はーい。ビディ様。ただいま~」


 そして声を弾ませながらコルは踵を返すとビディのお替りを淹れにキッチンへと向かった。

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