第19話
「自己採点と特に変わりなしか」
返却されてきた解答用紙を見て、侑人は結愛と一緒に確認したものと相違が無いことを確認していた。
夏休みまでの残り少ない授業は、期末考査の返却と復習などと言った振り返りの授業が多い。
安定した成績を残せた上に、すでに間違えたところなどは結愛から教えてもらったりしているので、特に何もすることがない。
そんないつもよりも気楽な一日を終えて、放課後を迎えた。
今日は、結愛の料理同好会の活動があるとのことで、放課後の集まりはない。
こういう日は、一人で校内に残ってもつまらないので放課後になると、早めに帰宅するようにしている。
「柚希、また明日ね」
「う、うん。また明日!」
侑人の後ろから、結愛と柚希が別れ際に軽くやり取りしている声が聞こえてくる。
聞こえたからと言って、二人のやり取りに入ることは教室内では絶対にないので、侑人は黙々と荷物を片付けて帰宅の準備を整えている。
「あの、小野寺君……」
「は、はいっ!?」
片付けに意識が向いていた侑人の耳に、突如として至近距離から結愛の声が聞こえてきて、飛び上がってしまった。
「ご、ごめんなさい! ここでは声を掛けませんし、驚きましたよね……」
「い、いえ。大丈夫です」
教室内で声をかけてきたことにびっくりこそはしてしまったが、もう教室内には柚井を含めた数人の生徒しかいない。
それに、たまにこうしてしゃべるだけなら誰でも起こりうるケースなので、変に慌てる方が不審がられそうだ。
だとしても、結愛がこうして人目のある中で直接話しかけてくるのは、今までになかったことだが、何かあったのだろうか。
「どうかしましたか?」
「その……。柚希がなんだか元気がなくて。なんだかボーっとして、いつもと様子が違うんです。心当たりとか、ありますか?」
結愛にそう尋ねられて、侑人は柚希の方をちらっと見た。
確かに、なんだかボーっとしているような雰囲気があり、いつも明るい柚希の雰囲気からすると、なんだか違和感を感じる。
しかし、幼馴染の侑人とは言っても、それほど頻繁にやり取りをしているわけではなく、何かあったという話は全く聞いていない。
「今でも話はしますけど、そんなに頻繁に話はしないですからね。幼馴染と言っても、いい年の異性同士なのでプライベートな話とかは踏み込みにくいですからね」
「それはそうですよね……」
「柚希のことだから、試験の成績が悪くて流石に凹んだとかじゃないですか?」
「いや、そう言うわけではないみたいなんですよね。赤点になっている科目とか無かったですし、何ならいつもよりも成績が上がっていたまであります」
「うーん、謎ですね……。真島さんと柚希の関係なら、思い切って尋ねてみるのもありなのでは?」
こうして結愛が知り合う機会を持てたのも、結愛と柚希の関係性が確固たるものだったからだと考えられる。
結愛とこうして関わっている以上、何でも信頼して悩みなどを打ち明けられる相手だと侑人は感じている。
そんな侑人よりもずっと長く関わっていて、仲がいい柚希ならより信頼していると考えられるが。
「……いつもなら、何かあったらすぐに相談してくれるんですけどね。遠回しに『なんだか元気ないんじゃない?』って聞いても、『いつも通りだよ!』ってその時だけは元気そうに振舞うんですよね。小野寺君の言う通り、思い切って尋ねてみましょうか」
「明日の様子を見てからでもいいかもしれませんね。楽観的過ぎるかもしれませんけど、もしかすると明日けろっとした顔してる可能性もあるので」
「それもそうですね。すみません、思ったよりも長話になってしまいました」
「いえいえ、問題ありませんよ」
「では、本日は同好会の活動がありますので。また、明日」
「また明日」
同好会の活動に向かう結愛を見送った後、再び柚希の様子を見た。
荷物を片付ける手が止まっており、「はぁ……」とため息をついてしまっている。
その様子だけでも、結愛の指摘が間違っていないことを証明しているうえに、何より侑人と結愛が一緒に教室内で話していて茶化しに来ない辺り、柚希らしくない。
結愛には「明日、様子を見てからでも……」と言ったが、侑人的にもいつもと違う幼馴染が気になったので、軽く話をしてみることにした。
「よぉ、柚希」
「……侑人じゃん。どうかした?」
「全然元気ねぇな。何かあったのか?」
「……そりゃ元気が無い時だってあるでしょ」
「それはそうだけど、真島さんにも何も言ってないんだって? かなり心配してたけど」
「それは……」
「何か言いにくい事でもあるのか? 余計なお節介かもしれんが、世話になってるし、幼馴染として話しやすいとかあるなら、俺が話を聞くが」
侑人がそう語りかけると、柚希はちょっと迷ったような顔をして少しの間、悩むような様子を見せた。
そして、ため息交じりの声でぽつりと言葉を漏らした。
「彼氏と別れた。というより、別れてもらった」
「別れてもらった? 要するに、お前が相手に冷めたってことか?」
「そういうことだね」
柚希のその言葉を聞いて、すんなりと納得が出来なかった。
別れたのは事実だとしても、別れを切り出されたのであれば今の元気の無さに納得できる。
しかし、自分から別れを切りだしておいてこんなに元気が無いのは、いまいち侑人にはよく分からなかった。
「お前から別れたくて、別れられたのなら別にそれで良くないか? 何でそんなに元気が無いんだ?」
「別れたって結論だけなら簡単だけど、別れるまでに色々と揉めた。それで疲れちゃって。終わり際に嫌なこと結構言ってきたからね」
「なかなか陰湿だったのか……」
侑人は敦人の彼女以上に、柚希の彼氏については顔を含めてほとんど知らなかった。
どんな奴と付き合っているのだろうと、気になることはあったが、ふたを開けるとなかなかに陰湿なやつだったらしい。
別れ際に諦めきれずに、やけくそになって柚希に嫌がらせ、と言う形になったのかもしれない。
「侑人と結愛、どんどんいい感じになってきてるでしょ。誕生日も二人でデートすることになったって聞いてるし。そのタイミングでこんなテンションで白ける話、言っていいものなのかって思ったの」
「そういうことか……」
確かに、その柚希の言い分は分からなくなかった。
これだけしんどい思いをしている中でも、二人の関係性に影響させまいと必死に結愛に打ち明けないようにしてくれていたらしい。
「そんなに結愛、私の事を心配してるの?」
「さっき、わざわざ俺のところに来てまで尋ねてきたぞ。『何があったか知らないかって』」
「マジか……」
「俺たちのことを気遣ってくれるのはありがたいが、真島さんを不安にさせちゃだめだ。それぐらいで俺たちが微妙になるなら、それまでだったってことだし」
二人を合わせた立場でもあるし、大事に思ってくれているのだろうが、この行動でそもそも結愛と柚希の友達としての関係性が後退してしまうことがあってはならない。
「そうだね、ごめん。明日にはもうちょっと気分がマシになるだろうし、結愛にはちゃんと伝えておく」
「それが良いと思う」
「なんか色々と聞いてもらっちゃったな。ありがと」
「いやいや、別にそれは構わんよ」
「じゃあ、気持ちを切り替えて部活頑張るかな!」
「おう、運動して嫌なことは忘れようぜ」
「お、侑人もやる?」
「顔面にあのデカいバスケットボールぶつけられそうだから、止めとくわ」
侑人の言葉に、ようやく柚希にいつものような笑顔が少しだけ見られた。
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