第6話 沼川沿いの桜並木にて【向日葵ver】

 国道一号線に沿って流れる川の岸に数え切れないほどの桜が植えられている。この時期にこのあたりを走るとドライバーの目にも桜並木が飛び込んでくる。あまりしっかり見つめていると事故を起こすので、駅前のコインパーキングに車を止めて歩くことをおすすめする。昭和も終盤にできた新しい町は道路が整備されていて川沿いも歩きやすい。


 歩けども歩けども桜の列が続いている。けれど見頃はそろそろ終わりで、風が吹くたびに花びらがひらひらと宙を舞った。暖かなこの地域に育ったわたしは雪が降るとこの光景を思い出す。わたしにとって吹雪とは桜のことだ。


 桜の下を彼が歩いている。その華奢な背中に桜吹雪が降り注ぐ。その光景はとても幻想的だ。


 名前を呼ぶと彼が振り返った。彼に人間としての名があって呼べばこちらを向くということがなんだかとてもすごいことのように思われた。


 ふるふるさくら、はなふぶきのした、あなたがあるく。


 彼の白い肌に桜の花弁はよく似合う。その穏やかな表情、どことなくゆるんだように見える目元、わたしをみつめる優しい瞳も何もかも、もう雪を見ることはないのだと、気温は安定しコートを脱いで暮らすことができるのだと、そう思えてあたたかなきもちになる。


 でもそれと同時に、ここが現実ではないような気もしてきてこわくもなる。ここは夢の中で、気づいたら自分は自宅の部屋の布団に転がっていて、すべてがなかったことになるのではないか。彼はここに存在してはおらず、わたしが求めたなにかが形を取ってここに現れたものなのではないかと。


 まるで魔法のような世界。


「むかし、友達が、推しが桜にさらわれる、なんて言っていたことがあるけど。何の話だろ、ずいぶんファンタジックだな、と思っていたけど。こうしていると、わたしもあなたがさらわれそうな気がしてきて、気持ちが不安定になる」


 そう言うと、彼は笑ってこう言った。


「僕はどこにも行かへん。あなたを不安にさせないために、僕はここで生きていく」

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