第5話 2022年1月21日、京都に大雪警報が出た。

 朝、自然と目が覚めた。枕元のスマホを手に取ると午前六時と表示されている。冬の農作業がない時期は怠惰に生きると決めているのでアラームを七時にセットしているのになぜか早めに起きてしまう。昨日は十時頃に寝たから睡眠時間はおよそ八時間といったところか。人体がそういうつくりなのかもしれない。


 目が覚めて時刻を確認すると次に隣で寝ている夫の呼吸を確認する。ちゃんと息をしているか。生きているか。生きていてくれればうれしい。今は特別何かの病気をしているわけではないけれど、この人ははかないので何かの節にふっと命のともしびを消してしまいそうで怖い。今日も規則正しい寝息を立てている。顔色も悪そうではない。それだけで今日は一日いい日になる気がした。


 布団の中でスマホをいじる。特に通知なし。それならば布団を出て活動を始めてもいいはずだが、日は昇っておらず窓の外は真っ暗だし、寒くて布団を出る気になれない。季節は大寒、一年で一番寒い季節。温暖なこの地でも朝は氷点下になる。自分と彼の体温で温まった布団から出たくない。


 手すさびにインスタを開いた。


 わたしは目を真ん丸にした。


 目に飛び込んできたのは雪化粧をした古都の姿だった。


 インスタを閉じてツイッターを開く。大学の時の友達が京都新聞の公式アカウントをリツイートしている。京都市内で積雪十センチ、大雪警報発令中。大学を卒業しても就職や院進で京都に残った友人たちが思い思いに雪の降り積もった景色の写真をアップしている。


 京都、雪、で検索した。とある寺院がスロー撮影で雪の降る様子を撮っているツイートが出てきた。黒い柱、立派な瓦を白いものが覆っている。しんしんと。天の神がこの地を選んで白い点描を施しているかのように。まるで最初からそうと定められていた奇跡が起こったかのように。


 なんとうつくしいんだろう。


「おはよう」


 声をかけられたので隣を向くと、彼が寝ぼけまなこでこちらを見ていた。


「おはよう」

「なに見てたん?」

「京都今すごい雪なんだって」


 スマホを手渡した。白い雪なのになぜか彩られたと感じるその風景を彼に見せた。


 わたしからすると絶景なのだけど。


「ふうん。地獄やな」


 彼は一瞥しただけでそう呟き、わたしにスマホを返してきた。


「地獄って。綺麗だと思わない?」

「京都は除雪車があらへん。バスは止まるし、タクシーも来いひんし、歩いたら危ないし、どこも行けへん。暑さ対策で壁が薄いからさぶい。死ぬ」


 そう言って布団の中にふたたびもぐりこんでいく。


「静岡は今日も晴れるんやろ。まだおいさん昇ってはらへんけど。今日も晴れるんやろ」


 わたしは溜息をつきながら手の中で雪の写真画像を追いかけ続けた。こんなにうつくしい世界、こんなに優雅で、高貴で、世界にまたとない個性をもった都市で、うつくしくて、うつくしくて、はかなげで、雪が消えたら一緒に溶けてしまいそうな世界――


 ああ、と息を漏らした。


 自分の中でこのうつくしい都市がこのうつくしいひとと重なるのだ。このうつくしいひとが雪の中でたたずんでいたらわたしは同じことを思うだろう。わたしの中では、彼はこの都の象徴で、この都は彼の象徴なのだった。


 冬はつとめて。美しい雪。閉ざされた清らかな世界。

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