第38話

 呼吸が落ち着くと、田口はそっと身体を離し、ゆっくりと私の中からペニスを引き抜くと仰向けになって横に寝転んだ。自分の指を閉じたり、開いたりを暫く繰り返した後で、天井を睨むと口を開いた。
「前にさ、君が言ってた、久しぶりに感情が戻った日、衝動的に死のうって思ったっていうやつ、あれ、俺には良く分からなくて。かといって佐々木さんみたいに、ああいう完璧な死に方も無理だな。って。そしたらさ、結局付き合って行くしかないんだよな、そういう、自分自身の問題や面倒事なんかと。

 おはよう。とか、おやすみ。とか、作って貰った味噌汁飲んで、仕事に行って、また同じ場所に帰ってくる。

 良い時もあれば、悪い時もあって、浮いたり沈んだり、嫌気がさしてもさ、時々冗談を言ったりして、どうにかやりくりしていくの。それが普通で……でもずっと理想だったんだと思う。でもさ、そういうやつが凄く遠くて、全然近付けないんだよ。

 駄目かな、俺にはもう無理だと思う? 

 俺さ、君といて、凄く久し振り……、小学生以来じゃないかな、季節の匂いっていうのを、しっかり感じた気がしたんだよね。

 だから、もしかしたら。って、君が居てくれたら俺も変われるのかなって……。

 そもそも君が付き合いきれないって言ったらそこまでなんだけどね」

 その質問に、私は何も答えず、ただ、田口の手を握った。

「ねえ、色々落ち着いたら、また一緒に暮らせるかな?」

「出来るよ、きっと」そう私が言うと、田口は泣きそうな顔をした後で、「布団で寝ようか」と、さっきまで着ていたTシャツを拾うと私に被せた。

「ねえ、あなたの曲、私は好きよ」

「サビのG#augの遣い方が?」

「ねえ、あなた、私の事色々誤解してるわ。」

「そうかな?」

「そうよ。明日一から十まで全部説明してあげるわよ」

「そしたら明日は早く起きないと」そう言いながら私たちはベッドに潜り込んだ。


「おやすみ」そう言うと、田口は目を閉じてすぐ、小さな寝息を立てた。



 窓の外はもうすでにしらみ始め、部屋中の物々が只の影になり、ただそこに佇んでいた。私は男の呼吸の正確さに安心し、それに耳を傾けながら眠りに落ちた。

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