第2話 おじさんとの約束



 中には握りこぶし程の赤茶あかちゃけた石が入っていたのだ。


 それもゴツゴツとした決してきれいなものではない。その辺の工事現場から拾って来たような汚い石だった。

(これが父さんからのプレゼント?)


 石と一緒に手紙が入っていた。


 これはさすがに読んじゃダメかと躊躇ちゅうちょしたが、少しでも父さんに近づきたくて僕は手紙を開いた。



 帰る前に拾った石です。

 君と碧人あおとをいつも見ています。

 次はいつ会えるかな。

 仕事頑張って!

 あと三年したら必ず三人で暮らそうね。



 手紙は短いものだった。でも確かに僕の父さんは存在した。僕の名前を知っていた。嬉しくて目の奥が熱くなった。


 一時間後に平川さんが来た。


「夜遅くにごめんね碧人あおとさみしくないかい?」


「大丈夫。明日の朝には千葉からばあちゃんが来てくれるから」


「そっか。一週間の泊まりの撮影さつえいだからな。あすみさん今回の映画に力入ってるし、初めての役どころだからね。ご主人からのプレゼントも撮影に使うみないなんだ」

(あの石を?いったい何に使うんだ?)


 僕はあの汚い石と父さんとの関係がどうにも結び付けられず迷宮めいきゅうに迷い込んだ気分だった。


 そして僕はたまらず平川さんに詰め寄った。


「僕の父さんは生きてるんだよね?」


 平川さんはいつものように少し困った顔で知っている限りのことを話してくれた。何度も聞いた話ばかりだったが今夜の僕は更に食い下がった。


「いつ結婚したの?」


「分からない。僕があすみさんのマネージャーになった時はもう結婚して碧人あおとが産まれていたよ」


「会ったことはないの?」


「ごめん。会ったことはないし、業界内でも誰も知らないんだ。でも悪い噂もないんだよ」


「僕さ、何度も『佐川さがわあすみ 夫』ってワードで検索したんだ。でも不明としか出てこないんだ」


碧人あおと、絶対ナイショにしろよ」


「実はさ、最近あすみさんが妙に夜空を見てニヤニヤしてるんだ」


「えっ、ちょっと大丈夫かなぁ母さん」


「それにさ、ロケの合間に料理教室に行ったりもするんだよ」


「何それ?料理嫌いのくせにマジでヤバい」


「たぶんだけどさ、もうすぐ旦那だんなさんに会えるとか、何か凄く楽しみなことがあるんじゃないかなぁ」


 平川さんは時計を気にしている。僕は短い時間だったけど母さんの話を聞いて少し希望が持てた。


「じゃあ俺は撮影現場へ戻るよ。戸締とじまりしっかりするんだぞ」


 そう言うと平川さんは母さんの白い箱を大事そうにしまい、急いで玄関を出て行った。


 僕はベランダへ出てタワーマンションの前に待つタクシーに乗り込む平川さんを見送った。


 今日の夜空もあまり星は見えない。


(三年後っていつのことなんだよ。父さんは外国にでもいるのか。生きているなら会いに来いよ)


 僕は星の無い夜空に本気で願った。


 平川さんが置いて行ったアイスを食べながら母さんが出演する映画のパンフレットを見ていた。


 『オリンポスからの使者ししゃ


 母さんは火星から使者としてやって来た宇宙人に体を乗っ取られるスーパーの店員役だった。


 これはコメディ映画なのだろうか?それともまじめな映画なのだろうか?たぶん前者なのだろうけど、母さんは役作りに余念よねんがなかった。


 最近は火星の資料をたくさん読み、新聞記事なんかも切り抜いていた。


 特に家で練習していたのは、体を乗っ取られた時の表情だ。何パターンも僕の前で披露ひろうしていた。


 白目むき出しバージョン・気絶硬直きぜつこうちょくバージョン・痙攣けいれんバージョン。公開は半年後なのだが、どれが採用されるのか今からちょっと楽しみだ。


 そもそもオリンポスとは火星に存在する山の名前で、エベレストの約三倍、標高二万七千メートルもある巨大な山である。


 火星と地球を舞台としたSF映画なんて今どき需要じゅようがあるのだろうか?


 

 シャワーを浴びた後、僕はひとしきり溜めていた録画を見ていたが、もう一人の父親候補が出演する十一時のニュースが始まるのを思い出しチャンネルを変えた。


 彼は若手のポープと名高い、五条真悟ごじょうしんごキャスターである。どうして彼が父親候補なのかと言うと、単に僕と顔が似ているからだ。


 クラスの女子からも何度も言われたし、母さんまでも「五条ごじょうさんとだんだん似てきたわね」なんて言うのだ。


 ふざけた話だと思いながらも、第一候補の平川さんが消えた以上、彼にすがるしかないような気がしていた。


 五条さんは今日も的確に専門家の意見をまとめ番組を進行している。

(かっこいいな。こんな父さんもいいかもな)


 特殊詐欺とくしゅさぎの話題が終わると、火星探査船たんさせんの特集が始まった。


 長年宇宙船のクルーを務めてきた人たちが数年ぶりに帰還きかんするという話題だった。


 今朝も少しだけニュースは見たが、僕は船長の顔を見て画面にくぎ付けとなった。


 僕は彼を知っている。


 忘れもしない小学校二年生の夏だった。僕は母さんに連れられて仕事現場に向かった。


 その日は母さんが出演している朝の情報番組で宇宙飛行士たちにインタビューをするとのことだった。


 母さんがインタビューをしている間、僕はスタッフのお姉さんとスタジオの隅でジュースを飲んで待っていた。


 撮影が終わった後に母さんと宇宙飛行士の人達と写真を撮ったような気がする。僕はアルバムを探しにもう一度母さんのクローゼットへ向かった。


 何かに期待をしながら、急いでアルバムをめくる。


 何冊か目をめくっている時にしおりのような物がひらりと落ちてきた。スタジオの控室のネームプレートのようだった。そこには八嶋健人やしまけんと様と書かれていた。


「ドクンッ!」


 心臓が大きく波打った。


 僕の名前は八嶋碧人やしまあおとだ。紙に書かれた名前は八嶋健人やしまけんと。何か似ている!


 名前の書かれた紙が出て来たアルバムを見ると、四人の宇宙飛行士と母さんと僕が写っていた。


 僕は母さんのとなりに立つ男の宇宙飛行士に肩車をされていた。


 彼の制服にはYASIMA KENTOと書かれている。全く記憶になかった一枚だったが、この人の顔は覚えている。


 そしてこの日の記憶は確かに僕の心に残っていた。


 凄く優しいおじさんに抱っこしてもらったり、ホテルで食事もした。


 僕はお子様ランチを食べて、確か……、この優しいおじさんもいて、母さんは凄く楽しそうに笑っていて……、そうだ、この日僕はこのおじさんとをしたんだ。



 僕は突然この時の会話を思い出した。



『俺は火星にお家を作りに行くんだ。完成したらまた会いに来るよ』


『僕も火星に住みたい』


『よしわかった。立派なお家を建てて来るよ。時間がかかるけど待っててくれるかい?』


『待ってるよ!僕ずーっと待ってるよ!』


 この胸騒ぎは何だろう?


 そっか、僕はこのおじさんをずーっと待っていたんだ。

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