二十三年前④

 倉橋の中にある天城伶依子のイメージは、〈プロ意識の強い、自分に厳しい正統派女優〉というものだ。芸能界でも抜きん出た美しさだとも思っている。たしか三十代半ばだったはずで、倉橋が高校生のころ、ドラマ出演がきっかけでブレークしたと記憶している。

 八、九年前だったか、天城は突然、「子供ができたので結婚します」と発表し、マスコミとお茶の間をにぎわした。有言実行、実際に会社経営者なる一般男性と結婚を果たしたのだが、その数年後には育児に対する価値観の違いを理由に離婚してしまう。当時のテレビニュースでは、旦那が子供嫌いで子育てにまったくのノータッチだったことがその本当の理由であると、まことしやかに語っていた。

 その後は再婚することなくシングルマザーとして女優業と子育てを両立させる生活を続け、現在に至る──倉橋の記憶は曖昧だが、大筋では合っているだろう、と思っている。

 その天城が警察署内で喚いていた理由だが、彼女の言い分では、「娘が行方不明になってしまった」「あなたたち警察がしっかりしないから例の誘拐事件に巻き込まれたのよ! そうに決まってるわ!」「それなのにその女の対応からはこれっぽっちも誠意が感じられない。もう少し真摯に対応すべきでしょ?! あなたたちには責任感とか罪悪感はないわけ?!」ということらしい。要は、子供が帰ってこない不安を受付職員へのいちゃもんという形で紛らわそうとしていたわけだ。

 いちゃもん云々うんぬんはともかく、娘が行方不明というのは軽視できない。〈埼玉連続少女誘拐殺人事件〉に巻き込まれたというのも、たしかにありうる話だ。そして、警察がしっかりしないせいだという天城の非難は、けっして的外れとは言えない。耳の痛い話だった。

 しかし、よりによって天城伶依子の娘がか──倉橋はマスコミと世間の反応すなわち警察批判を思い、憂鬱になった。今でさえ、やれ無能だの、やれ税金泥棒だのと盛んに叫ばれているのに、高い知名度と人気のある女優の愛娘まなむすめが被害に遭った──あまり考えたくはないが──殺されたとなれば、火に油を注ぐという表現が生ぬるく思えるほどの業火にさらされるだろう。

 ここは慎重に言葉を選ばなければならない、とかぶとの緒を締めて口を開こうとしたら、

「娘さんの写真ってあるっすか?」

 椎原が言った。

 まずい、と思ったが、椎原の顔は真剣味を帯びている。対する天城も、担当刑事に対応してもらえることとなったからか、あるいは思うように怒りを吐き出したからか、落ち着きを取り戻している。それに、椎原には例の不思議な魔力──相手の懐にしれっと侵入する謎のスキルがある。倉橋はひとまず椎原の好きにさせることにした。

「もちろんあるわ」天城は大きめの黒いハンドバッグから三枚の写真を取り出した。

 椎原はそれらを受け取り、しげしげと眺める。倉橋も左側から覗き込む。右側からは受付職員の女性が、盗み見するように目だけで見ている。その顔には野次馬根性がにじんでいる。

 あんたのそういうとこがよくなかったんじゃねぇか?

 倉橋はあきれつつ視線を写真に戻した。

 写真には、第一、第二の被害者少女と同じ年頃の少女が写っていた。その美貌により、デキ婚バツイチこぶ付き三十代女という肩書きになっても未だに衰えない人気を誇る天城ほどではないが、十分に将来有望そうな美少女だ。

「へぇー、かわいい子っすね」椎原は他意のない様子で言った。「流石は伶依子ちゃんの娘っすね」

「え、ええ、大切に育ててきましたから」

 一線級の女優すら動揺させる椎原の馴れ馴れしさこそ流石だ、と倉橋は悪い意味で舌を巻いた。

「何て名前なんすか?」椎原は更に尋ねた。テンポがいい。

「イクミよ」一瞬だけ置き、「トモウライクミ」それから天城はバッグから長財布を出し、そこからピンク色のカードを抜き出した。「字はこれよ」と差し出されたそれは、保険証であった。

「あざっす」椎原はそう言って保険証を手に取った。そこに目を落とした彼は、むむ、と波打たせるように口元を曲げた。「珍しい名字っすね。これって伶依子ちゃんちの名字っすよね? 伶依子ちゃんはどこの人なんすか?」

 保険証によると、知浦ともうら郁実いくみと書くようだ。たしかに人生で初めて見る名字だ。

「島根県よ」天城は答えた。「田舎出身なのよ」

「島根がどこら辺にあるのかもわかんねーっすけど、何かあれっすね、もしかしてど田舎のほうが美人誕生率が高いんすかね?」第二の被害者の母親、番平槇のことが椎原の頭を横切ってしまったのだろう。

「それはわからないけど……」天城は困り顔になった。

「ん、てゆーか、天城伶依子って芸名っすよね? こんな美人っぽさ全開のかっこつけた名前の人なんて普通いないし」

「そ、そうね」天城は、そうかしら? と内心では思っていそうな顔をしている。「本名は知浦ヨウコ。〈太陽〉の〈陽〉に〈子供〉の〈子〉で陽子ようこよ」

「信じられないくらい普通っすね」

 椎原に悪気はないのだろうが、少しばかり失礼ではないか? と倉橋は思わないでもない。視線を横にやると、受付職員の女性も不安そうにしていた。また怒らせてしまうのではないか、とハラハラしているのだろう。気持ちは痛いほどわかるが、たぶん大丈夫だ。椎原は人の気を逆撫でするようなことを言いまくってもなぜか無傷で生還するのだ。世の理不尽や不可解が彼に味方しているようだった。

「顔の美しさに名前が負けてるっすね。──ってことは名前負けの逆ってことだから顔に名前が負けるってことで、つまり顔負けってことっすね!」椎原は、まるで世紀の大発見でもしたかのように言い放った。

 受付職員の女性が笑いを噴き出した。天城は口を半開きにしている。言葉を失っているようだ。

 こんなにバカなニュートンがいていいはずがない、と倉橋はとうとう我慢できずに口を挟む。「後で〈顔負け〉を辞書で引いて確認しとけ」

 え、嫌っすよ、何でそんなダルいことしなきゃいけないんすか、と言う椎原は放っておいて、

「郁実さんが行方不明ということですが、状況を詳しく教えていただけますか」と天城に尋ねた。

「え?」天城は一瞬理解が遅れたようだが、「え、ええ、わかりました」とうなずいた。

「ありがとうございます。それでは相談室に移動しましょう」と人に聞かれないようにしたいときに利用する小部屋へ案内する。誘拐事件と関係なければいいが、と願いながら。



 十一月二十六日の日曜日、朝のアニメ番組の視聴を終えた知浦郁実は、一人で英会話教室へ向かった。自宅からそう離れているわけでもなく、子供の足でも十五分も要しない。問題など起きるはずはないと天城は思い込んでいた。事実、今まで何かが起きたことはなかったし、そのような気配を感じたこともなかった。

 しかし、その日は英会話教室の女性講師から電話が掛かってきた。本来ならレッスンが開始されている時間だった。この時点で天城の心臓は騒がしくなりはじめていた。

 天城は怪訝を眉間に浮かべて、「どうされました?」と尋ねた。

 すると、天城よりも一回り年配の女性講師の緊張が高まる気配が、受話口から伝わってきた。

『……郁実ちゃんがまだこちらに到着していないのですが、今日はお休みするのでしょうか』台本を読むような彼女の口調は、答えを求めるためではなく答えを確認するための質問であることを窺わせた。

 もはや心臓は明確におびえていた。郁実が生まれてからは人生のすべてを彼女に捧げてきた。比喩でも誇張でもない。天城は声が上擦るのを無理やり抑えながら、

「……三十分ぐらい前にいつもどおりそちらに向かいました」どこかで寄り道しているのでしょうか──すがるような思いで言った。

『そういった場所に心当たりがおありですか?』

 女性講師の言葉は、天城に現実を突きつけるものだった。郁実はそういう子ではない。そう、しつけてきた。

「……いえ」天城は答えた。

『知浦さん』女性講師は改まった口調で言った。諭すようでもあった。『最近は何かと物騒です。可能であれば今すぐにでも郁実ちゃんを捜しに向かったほうがいいでしょう。そして、ご自宅とこの教室の周辺を捜しても見つからなかったときは、ただちに警察に言うべきです。彼らも今なら事の深刻さを理解してくれるはずです』

 彼女が〈埼玉連続少女誘拐殺人事件〉のことを言っているのは明白だった。

「……わかりました、そのように致します」

 それから天城は自家用車を駆って娘を捜し回り、されど発見には至らず、その足で大弥矢警察署に来たそうだ。

 倉橋、椎原、天城の三人は、相談室の小さなテーブルを囲むようにして座っている。話を聞きおわった倉橋は、アナログ式の腕時計に目を落とした。針は十一時二十二分を指している。つまり、知浦郁実の消息がわからなくなってからまだ二時間程度しか経過していない。天城自身が口にしていたように、どこかで遊び歩いている可能性も十分に考えられる。が、逆もまたしかり、だ。平常とは言いがたい現状にあっては楽観視していい道理はない。

 倉橋は居住まいを正して、「わかりました、すぐに捜査本部に伝え、捜索に当たります」

「──ありがとうございます」天城の瞳は、わずかだが確かに潤んでいた。彼女はテーブルに乗せられた倉橋の手をひたと掴み、「よろしくお願いいたします」と深く頭を下げた。

 天城の思いが手のひらから伝わってくるようだった。それは失う恐怖にほかならないのだろう。子供どころか妻も恋人もいない倉橋には、彼女の気持ちを本当の意味で理解してやることはできないが、ナイフで心を切りつけられるような痛みを確かに感じていた。

 手を握り返して優しい言葉を掛けようかと倉橋は一瞬迷ったが、そっとそれを押し返した。

「最大限尽力します」

 刹那の空白の後、「──はい、お願いいたします」天城は再び頭を下げた。

 それではこちらの捜索願に必要事項を記入してください──公務員らしく倉橋は言った。



 しかし、死神の鎌は振り下ろされ、知浦郁実は変わり果てた姿で発見された。

 更に二十二日が過ぎていた。月は変わり、もう十二月。気づけば、冬が始まっている。特に朝の気温は低い。

 現在時刻は午前八時四十一分、倉橋は蚊守壁市内の公園を訪れていた。住宅街の隅のほうにある小さな公園で、遊具はブランコと砂場、滑り台があるだけだ。公園灯もなく、周辺の街路灯も多くはない。夜はさぞかし暗くなるのだろう、と思われた。

 通報があったのは午前六時四十六分。近所に住む中年女性が、ごみを捨てようと公園前を通った時、砂場の辺りに黒っぽいものがあることに気がついた。初めは野良犬か何かかと思ったそうだが、微動だにしないうえによく見ると色合いや質感も違うようだった。しかし、その時はまだ完全には日が出ているわけではなく、道路からはそれ以上はわからない。女性は、ひとまずごみを捨てて、それから公園に入って確認することにした。近くに寄ってみると、それが大きな黒いポリ袋であるとわかった。良識のない誰かが捨てたに違いない──そう思いつつ女性は、確認のためにポリ袋を開けた。

 次の瞬間、早朝の住宅街に悲鳴が響きわたった。中にバラバラ死体が詰め込まれていたのだ。

 そして、最寄りの交番の制服警官、機動捜査隊、蚊守壁警察署の刑事と鑑識の順でぞくぞくと到着し、最後に稲熊をはじめ特別捜査本部の捜査員たちが現場入りした。本来ならば埼玉県警の管理官が臨場して事件性を認めてから捜査一課や捜査本部の刑事に出動命令が下されるのだが、今回に限っては明らかに事件性があり、また、例の手紙も添えられていたため、倉橋たちは稲熊とほとんど同時に現場に向かうこととなったのだ。

 手がかりとしては、足跡があった。鑑識の見立てでは、第一の現場と第二の現場に残されていたものと同一であるという。ただ、靴底の形は日本で最も流通しているスニーカーのものらしく、推測される身体的特徴も一般的な成人男性のそれであり、足跡だけをもって犯人を特定するのは困難なようだった。

 犯人からの手紙は、深い赤のチェック柄の封筒に封入されていた。透明なポリ袋に入れられたそれが、首の切断面、すなわち胴体側の食道に差し込まれており、クリスマスプレゼントに添えられた手紙のようなファンシーさがあったが、論なくその内容は聖なる夜には似つかわしくないものだった。


『「ぁ、あっ、ぅ、ぁ、ぁん──」

 僕が腰を打ちつけるたびに彼女は、未完成の幼い、けれどすでに十分に雄を欲情させられる美しい唇から淫靡いんびな雌の声を洩らす。鼻に掛かったようなその声は、ともすれば商売女のようで、彼女が男の性棒を喜ばせるためだけの存在であると確信させる。

 僕らは正常位でまぐわっていた。

 仰向けで大きく脚を広げた彼女の股ぐらを貪りつづける。やがて彼女は歓喜に打ち震えるように幼穴をうごめかし、締めつけた。狭くて浅いそこは、まるで狙いすましたかのように僕の敏感なところ──よく張ったカリ首を刺激した。

「──っ!」

 彼女への愛欲が込み上げてくるのを感じ、たまらず僕は腰を止めた。

 欲望を彼女の最奥に解き放ちたい──まだ終わりたくない。

 この二律背反にりつはいはんに酔いしれる瞬間が、僕は何よりも好きだった。叶うならば永遠にこのうましき泥に浸っていたい。

 爆発しそうな射精感を静めるためにゆっくりと深呼吸をしていると、不意に彼女が僕の目を見てきた。濡れた瞳に僕が映し出された。

「何だい?」

 愛おしさを抑えきず、自然と優しい声が出ていた。彼女の涙を指で拭ってやった──愛してる、それを言葉にするのは照れくさかった。

「……もう、やめて」彼女の声帯が音を出した。「いっしょにごめんな、さいしてあ、げるからもうこ、んなことやめなよ、ねぇいまならゆ、るしてあ、げるから」

「……」

 あーあ、と思った。急速に彼女の身体が色あせていく。それに引きずられるようにペニスが力を失っていく。せっかく気持ちよく中出しできると思ったのに台無しだよ。最悪、最悪だ──この欠陥品がっ!

 僕は彼女の瞳に向かって力いっぱい拳を叩きつけた。

「ぁぐっ」だか、「いぎっ」だかわからないが、聞こえた。不快だった。

 遅れて、彼女の頭蓋骨にぶつかった拳に痛みを感じた。やはり不快だった。

「痛いなぁ──」

 彼女は顔の前に手をやって盾のようにしていたが、構わずにその上から再び殴打した。理不尽な痛みを与えてくる肉人形には制裁を与えなければならないのだ。何度も何度も、ぶつ。そのたびに、ごり、ごり、と音がして僕の手に痛みが広がった。

 初めのうちこそ彼女は何かを言っていたようだったが、すぐに静かになっていった。反省したのだろう。そう思うと怒りが少しだけ和らいだ。殴る手を止める。

「はぁ、はぁ、はぁ──」

 僕の呼吸は乱れていた。一方、彼女の息は弱々しかった。膨らみのない胸部は、よく見ないとわからないほどしか上下していない。

 そろそろ替え時かな──。

 彼女の上に馬乗りになり、その細い首に手を掛けた。そのまま力を込める。

「──」彼女が僕を見ていた。「──」ぱくぱくと餌に群がるこいのように口を動かし、けれど声はない。彼女は僕の手に爪を突き立ててきた。不愉快な痛みだった。手を放すと、彼女は大きく息を吸い込んだ。彼女の右手の指を掴み、思いきりねじった。骨の外れる、確かな手応えがあった。

「ぃい、ああぁぁ!!」

 と彼女は口を開けた。

 左手の指もそうしてあげた。コミカルな悲鳴を上げながら彼女は、目を見張っていた。

 笑いかけてやりながら、

「これで邪魔はできないよね?」

 彼女の瞳にわずかに残されていた光が、絶望に塗りつぶされていくのがわかった。いい子だ、と更に笑みを深くした。頭を撫でてやる。かわいいなぁ。

「ごめ、ごめんな、さい、た、たすけ、しに、たくないころ、ころさないでおねがいしま、ころさな──ぅぐ」

 うるさい雑音は首を絞めてあげると、止まった。彼女の目が、何かを訴えかけるように僕を見つめていた。小刻みに黒目が揺れている。

「愛してるよ」

 首を絞めつづける。

 どのくらいそうしていたのか、知らぬ間に彼女は生ごみになっていた。口や目、鼻から体液を垂れ流していた。見開かれた瞳は、人形のよう。

 美しい──何て美しいんだ、と感嘆の吐息をついた。今さっきまで生きていた。生を渇望していた。執着していた。

 ああ、それなのに──! 彼女は生きることを許されなかった!

 彼女は死の間際に何を思っていたのだろう? その瞬間、誰を求めていたのだろう? 母親かな? それとも父親? 友達? はたまた好きな男の子?

 ──何てすばらしい!

 その孤独を思うと、心がじんわりと温かくなる。その絶望を想像すると、えも言われぬ快美感が全身を包み込む。

 ふと、自分の股関に官能的な熱が戻っていることに気がついた。視線をやると、獣欲を滴らせた陰茎が首を持ち上げていた。行き場を求めて痙攣している。未熟な子宮を欲しているのだ。

 先ほどのように彼女の脚を広げた。秘貝に触れる──やはり乾燥していた。これでは楽しめない。

 仕方がない、とベッドから降りて廊下に出た。隣の部屋に入った。ここは僕の寝室だ。

 ナイトテーブルの上に目的の物──固定刃のナイフがあった。それを持ち、彼女の下へ急いで戻る。

 彼女は股を広げた体勢のまま微動だにしていなかった。

 膨張しきったペニスが焦れている。早くしろと急かしてくる。

 ナイフの切っ先を彼女の膣口に宛がった。そして、一息に挿入した。わずかな抵抗──膣肉を裂く感触があった。引き抜くと、刃に血液が付着していた。

 ベッドに膝を突き、今度は僕のそれを赤くぬめった淫穴に当てた。これから訪れるだろう肉悦に思いを馳せ、一度深呼吸をしてから、腰を突き出すようにして挿入した──その瞬間、下腹部全体に心地よい痺れがほとばしった。

 愛らしいその顔を見つめながら僕は、腰を動かしはじめた。最高の瞬間は、すぐだった。

「ぁぁ……」

 幸せを噛みしめ、瞳を閉じる──。


 メリークリスマス!

 やぁ、サンタクロースだよ。少し早いけどプレゼントを贈らせてもらったよ。どう? 気に入ってくれたかな? 今回はサプライズを演出するためにバラバラにして中身の見えない袋に入れてみたんだけど、驚いてくれたかな?

 うんうん、第一発見者は涙を流して感謝していたんだね。うれしいよ、そんなに喜んでもらえて。サンタクロース冥利に尽きるね。

 ……え? そんなことよりこの三文小説は何だって?

 いやぁ、僕と彼女たちがどんなふうに愛し合ってるのかをみんなにも知ってほしくてね。それで筆を執ったのさ。これでわかったと思うけど、僕は強姦なんてしてないからね? 前回の手紙でロリレイプがんばるとか書いたような気がしなくもないけど、あれは嘘で、本当は和姦だったみたい(笑)

 ……え? 十三歳未満は同意があっても刑法的にアウトだって? ハハハ! それは判断能力がないからって理屈だよね? 思うんだけど、そういうのは個別具体的に考えなきゃいけないんじゃない? 二十歳でも判断能力がなければアウト、五歳でも判断能力があればセーフって感じでさ。いちいち考えんのめんどくさいから一律十三歳に設定しとこうってのは立法と司法の横着だよ。

 というわけで、彼女たちは瑕疵のないパーフェクトな事理弁識能力じりべんしきのうりょくと責任能力とロリパワーに基づいてナチュラルパイパンオマンコを広げておねだりしたんだから、これはもう愛のあるレイp……セックスだよ!

 さて、今回で生ごみは三つ目のわけだけど、いい加減クイズの答えはわかったかな? え? わからない?

 ま、そうだよね、君たちバカだもんね、仕方ないね。こんなに哀れな生き物はいないよ。やっぱり死ねば? バカは害悪、これはもう真理だからね。死ぬしかないって。ね、早く死んで? お願いだからさ、死ね。死ね。死ね。

 じゃ、訃報を心待ちにしているよ。バイバイ☆

           善良すぎる少女愛好家


PS 小説のタイトルは「ロリレイプ」ね(笑)』


 ──これはまた、随分と癖の強い自白だな。

 手紙を一読した倉橋は、あえて一歩引いた感想を口の中でつぶやいた。そうしないと叫び出しそうだったからだ。

 稲熊が捜査員たちに指示を伝えている。その言葉を耳に入れながら倉橋は、奥歯を噛んでいた。

 畜生がっ! 何がメリークリスマスだ! 何が愛のあるセックスだ! 訳のわからねぇ御託を並べやがって!

 倉橋は憤っていた。マグマのような激情が、身体の内側で暴れ回っている。天城の声が耳に蘇る。番平夫妻の、安藤百合子の表情が脳裏で再生される。

 クソッ、クソッ、クソッ──!

 苛立ちは収まりそうもない。

「倉橋君」

 声がした。稲熊が倉橋を見ていた。「大丈夫ですか」

 心ここにあらずといった有様ありさまだったようだ。頬が紅潮する──その羞恥心が倉橋の怒りを紛らわした。

「……大丈夫です」倉橋は落ち着いた口調で言った。目の端に、心配そうに眉を歪める童顔が映った。椎原にまで内心を見透かされていたのかと思うと、情けなさに溜め息が出そうになる。

「無理もありませんよ」稲熊は能面のような表情で言う。「ここまでひどい事件はわたしも初めてです。実に業腹です。我々の立場で言っていいことではありませんが──」そこで彼は言葉を飲み込むように口をつぐんだ。わずかな間があって、失礼しました、と小さく言った。場全体に語りかけるように、「被害に遭った少女たちやご遺族のためにも、そして今後の被害を防ぐためにも一層の努力を期待します。それでは、各々捜査に取りかかってください」

 はい!──咆哮ほうこうめいた声が捜査員たちから上がった。

 倉橋の返事も当然そこに含まれていた。

 しかし、心は不都合な未来を予感していた。手がかりが見つかりゃいいが、と暗澹あんたんたる思いが胸の裡を占拠している。今までのパターンからいって、希望は少ない。

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