第2話味付けメンマ

 キュウリのたまり醤油漬けは、うまかった。

その後三日ほどで、すべて食べ終えたが、普通の漬物と変わらず、攻撃してくることはなかった。


「やっぱ、夢だよな」


 スーパーで買ったお惣菜をさげて歩くバイト帰り、勇一は誰に聞かせるともなく、つぶやいた。


 今夜は、エビチリと中華サラダだ。

若者が立ち寄るなら、コンビニだろうと言われるかもしれないが、スーパーの方が安いのだ。


 最近のコンビニ飯は、良く味の研究がされていて、うまいけど、行きつけのスーパーは、閉店間際に三割引きになる。


 倉庫で荷物運びのバイトをして、汗水たらして稼いだ金だから、できるだけ節約したいのだった。


 勇一がアパートに帰る道は、街灯がない。

日が落ちたらすぐに暗くなり、時々、車が通り過ぎる時だけ、ライトの光であたりが照らされ、明るくなった。


 そのまぶしいライトに照らされた先に、あの時の老婆がまた、道端に店を出しているのが、目が止まった。


 胡散臭い老婆など、知らんふりをして通り過ぎてしまえばいいものを、勇一自身がそう思っているにもかかわらず、勝手に歩みが止まってしまったのは、なぜなのか。


 勇一が老婆を見ていると、老婆はニヤリと口元を曲げて、並んでいた漬物の袋を差し出してきた。


「二百円」


「いや、オレは」

勇一は後ずさりして、受け取るのを拒もうと考えたのだが、意志に反して手は老婆の方へ差し出されていた。


そして、もう片方の手はポケットの中の小銭へ……


「がんばれ」


老婆は言って目をつぶり、暗闇に溶け込んでしまった。




 部屋に戻った勇一は、いつものようにキッチンの食卓に、買って来たエビチリと中華サラダを置き、冷凍ご飯を出して電子レンジに入れた。


老婆に渡された漬物は、味付けメンマだった。


 メンマは台湾原産の麻竹まちくのタケノコを塩漬けして乳酸発酵させたものだ。

塩抜きして味付けしたものを、ラーメンのトッピングにしたりする。麺に乗せる麻竹だから「メンマ」らしい。


「まてよ」


 勇一は、味付けメンマの袋を開けようとして手を止め、棚の上にあった鍋蓋を近くに引き寄せた。そして、思い立って、念のため包丁も横に置いた。


 あの怪しい老婆が渡してきた物だ、おとなしく小鉢に収まるはずがない。参ったなと思う反面、ワクワク期待しているところもあった。


 勇一はフウと息をはくと、メンマの袋を開け、小鉢に移した。

長さ五センチほどの棒状に切りそろえられたメンマは、飛びかかってくることもなく、おとなしく小鉢に落ち着いた。


今回は普通の漬物だったか、安心して勇一の肩の力が抜けた。


 だが、ジリジリとメンマは動いていた。勇一が気づかないくらい少しずつ、小鉢の中に山になっていたメンマは、崩れ、やがて立ち上がった。


 一本のメンマの上に、他の一本が飛び上がり、もう一本、もう一本と縦に細長く積み重なった。


長くなったメンマは蛇のように身をくねらせる。上部のメンマ数本分が割れ、口のようにパクパク動いている。


「えっと……」

何と突っ込んだらいいのかわからずに、勇一は言葉を呑んだ。


 メンマは口を開けて勇一に迫った。右腕に噛みつこうとしたところ、勇一は反対側の手で振り払った。


 いやあ、牙があるわけでもなく、歯さえない、やわやわな口に噛みつかれても、痛くも痒くもなさそうだけれど、と、ひとりごちて、執拗に噛みつこうとしてくるメンマの口を、振り払い続けていた。


 メンマは勇一の手で振り払われても、さほどダメージはないようで、踊るようにフワッと回転して、勇一に向き直り、また口を開ける。


「どうすりゃいいんだ、これ」

勇一は、鍋蓋を左手で持ち、蛇のようなメンマの攻撃を防ぎつつ、右手の包丁で切りつけてみた。


 ステンレスの刃は、メンマとメンマのつなぎ目を断ち切った。

メンマの蛇は、二つに分かれて浮き上がった。


そして、それぞれがパクパクと口を動かしながら、身をくねらせ、勇一に迫ってくる。


 勇一は、食事は外食か、買ってきたお惣菜まかせで、包丁などまともに握ったこともない。馴れない手つきで、包丁を振り回し、二本の蛇をさらに切った。


当然、それぞれが二つに分かれ、四匹? の蛇になった。


 勇一の目の前には、パクパクと口を動かして、四匹のメンマの蛇が浮かんでいた。

襲いかかってくるつもりなのか、タイミングを計っているのか、にらみ合っている風で、動かない。


「どうすりゃいいんだ、これ」


 その時、ピー ピー ピー と、電子レンジの温め終了の音がした。

メンマの蛇はバラバラにくずれて、何事も無かったかのように小鉢の中に収まった


<レベルアップしました!>


頭のなかに機械的なアナウンスがした……


「何なんだ、一体」

勇一は頭を掻きむしりながら叫んだ。

こんな馬鹿馬鹿しいこと、誰に言っても信じるわけがない。


「とりあえあず飯だ」

勇一は。気を取り直して、メンマの小鉢と、温まったご飯茶碗を持って、食卓へ向かった。

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