第11話 私らしさ

 八月一日、日曜日。楡井くんと話した。彼があんなことを考えていたなんて、思ってもいなかった。

 よく考えたら彼から反省の弁を聞いていない気がするけれど、まぁ、それはもう良いかなって思う。

 おかげさまで、明日からまた彼と、他のみんなとやっていける気がする。

 演出を「演じる」っていうのを、完全にやめるのは私には無理だと思うけれど。

 それでも楽しく、自分たちらしい舞台を作っていきたいなって思う。


 *


 八月二日、月曜日。今日は通し稽古がちゃんとできた。

 楡井くん。また芝居を変えてくる。ほんと「この野郎!」って思ったけれど、不思議と嫌な感じもしなかったし、私のお芝居が止まることもなかった。

 きっと彼にも彼の考えがあることを理解したからだと思う。


 それに楡井くんは上手い。

 彼は令和三年度の洛和高校演劇部にとって、すごく重要な戦力になると思う。


 宮藤先輩の時代のお芝居の作り方とは、もしかしたら違うのかもしれない。

 でもそれはそれで良いんだろうなって思う。


 私は宮藤先輩みたいに凄い脚本が書けるわけじゃない。

 楡井くんは褒めてくれたけれど演技だってそこまでの華があるわけじゃない。

 それでも私たちが作るお芝居は、私たちのもの。

 私たちだから作れるものを、皆で一緒につくりあげられたらって――今はそう思う。


 *


 八月三日、火曜日。ゲネプロ前最後のリハーサル。

 今日の通し稽古では誰一人とちることなく、最後までやり通すことが出来た。

 もちろん少し噛んだりとか、良い間違えたところにアドリブを入れたりはあったけれど。

 それでも劇空間がリセットされるような形で、お芝居が止まることはなかった。

 ゲネプロ直前でようやく、って思われるかもしれない。

 でも新人の一年生と、二年生で作るお芝居としては、上出来なんじゃないかなって思う。


 それに楽しかった。今日は楽しかった。


 反省するとすれば、演出としてではなく、キャストとして楽しみきってしまったこと。


 演出としての役割は全体を俯瞰すること。だからこれじゃあ演出失格だなぁ、と思ったりした。


 でもそういうことを口にしたら、楡井くんが「いーんじゃないんすか」、眞姫那が「いーんじゃない? 良かったし」って言っていたから、「まぁ、いっか」って良いことにした。


 そして最後に爽香先生からサプライズニュースがあった。

 木曜日のゲネプロで、宮藤先輩がヘルプに来てくれるらしい。

 めっちゃテンション上がってしまった。

「えー!」って声を上げる私に、眞姫那でさえ苦笑いしてた。

 ごめんね、ミーハーみたいで。


 宮藤先輩にピンスポやってもらうとか、どんだけ贅沢なんだって思う。

 でも私たちの舞台を見てもらえる。そして宮藤先輩にコメントを貰える。

 それがとにかく嬉しくて、楽しみだった。


 脚本の解釈が宮藤先輩の解釈とずれていなかったらいいな。

 喜んでもらえると……いいな。


 *


 八月四日、水曜日。

 夕方にお風呂から上がってTシャツとショートパンツで、ベッドに倒れこむ。

 スマートフォンを手に取ると、LINEのメッセージ通知があった。眞姫那だ。


『いよいよ、明日、宮藤先輩、来ちゃうね。絵里、興奮して、鼻血出しちゃだめだゾッ!』


 その下に鼻血を出して卒倒している子豚のスタンプ。失礼が過ぎる。

 眞姫那のなかの私は、どんだけなのよ!


『出さないよ。私、変態じゃないからね?』

『わかんないよー。絵里、自分で思っている以上に、宮藤先輩ラブが強すぎるからね』

『宮藤先輩ラブって。あ、もう、自分で入力してて変にこそばゆいわ』

『でも嬉しいでしょ?』

『うん、それは』

『緊張する?』

『それはするよ。先輩っていうだけじゃなくて、そもそも脚本の作者でもあるわけだから。お眼鏡に適わなければ、なんだかヤバいし』

『ま、宮藤先輩だから、そのへんは大丈夫じゃないかな? あの人、自由だし』

『そうだっけ?』

『そうだよ。絵里って、なんだか宮藤先輩のことを偶像崇拝しているから、なんか別のイメージ持っちゃっているかもだけど。先輩たち曰く、宮藤先輩って、結構適当かつ自由な存在らしいよ。絵里は、きっと宮藤先輩のことを完璧な先輩みたいに美化しすぎ』


 そうなんだ。うーん、たしかにそういう面もあるかもしれない。

 よく考えたら、私、宮藤先輩のことよく知らないのかもしれない。


 一緒に舞台づくりをしたこともないわけだし。


『それで、絵里、明日は告白しちゃったりするの?』

『は? 何のこと?』


 え? 何の話?


『だって久しぶりに会えるわけでしょ。ずっと温めていた想いをぶつけるチャンスじゃん!』

『え? 「想い」って。別に私、先輩に恋愛とか、そういう感情とか無いよ?』

『またまたー。絵里ぽん。自分自身の心は騙せても、この眞姫那さまの目は誤魔化せないんですからね。どう考えても、あんたの宮藤先輩への感情は、恋愛感情までいっちゃっているから。――いいかげん気付けよ。この恋愛音痴!』


 恋愛音痴!? そんな単語、初めて貰ったよ。

 なんて言われたって、私の宮藤先輩への感情は、尊敬であり、憧憬であり、楡井くん的に表現するならリスペクトなのである。

 それは安っぽい恋愛感情なんかじゃない。もっと何か違う。特別なものなのだ!


『うーん。突っ込みたい気持ちしかないけれど、明日のゲネプロでしっかり見てもらって、宮藤先輩へのリスペクトを受け取ってもらうんだい』

『リスペクトに、愛の告白を、添えて』


 ラブレターを手渡す子豚のスタンプ。

 ねえ、眞姫那、煽ってる? 煽ってるよね?


『とりあえず、明日はよろしくね!』

『(`・ω・´)ゞ』


 私はそうやって、永遠に続きかねない、眞姫那とのLINEに終止符を打った。


 先週のリハーサルでのトラブルを乗り越えて、私たちの舞台は少しずつ良くなっていると思う。

 楡井くんが言っていた「私らしさ」についても朧げだけど、見えてきた気もする。


 あしたはそんな「私らしさ」が、宮藤先輩の心に、届くといいなと、思うのだ。

 あの日、掛けてもらえた言葉に、応えられるように。

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