◎第07話・王都へ

◎第07話・王都へ



 数日後、あらかた王都への旅の準備を終えたハウエルと、ついでにローザは、訓練場にいた。

 ハウエルが説明する。

「命令通りに動く。隊列の維持を通じて、心を乱さず常に冷静でいる。細かな命令にも忠実に従う。集団戦に一番大切なことだ。訓練が進めば、槍ぶすまの調練をしてもらおうと思っているけれど、そうなったらますます大事になる。私はきみたちの今までの戦い方を知らない。しかし想像はできる。頭領の号令にはもちろん従っただろうけれど、これまでの、半ば直感に頼った戦い方では心もとない」


 意外なことに、元凶賊たちは静かに聞いている。

「私たちは他国の軍を相手にすることもあるかもしれない。そのときに勝敗を分けるのは、最終的には指揮官の指示通りに動けるかどうかだ。勝手な行動は、合戦中は許されないものと思ったほうがいい。それは自分だけでなく、仲間たちをも死に至らしめてしまう。そうならないために、分かっているとは思うけども、真剣に訓練を受けてほしい。以上。各自、部隊長の指示に従ってほしい」

 彼が訓示を締めると、機動半旗の面々は「おう!」と声を合わせた。



 初回の訓練は、意外にもそこそこの出来だった。


 方陣を組んだ機動半旗の部隊が、指揮官の合図、というより鳴り物の指示に従って、一生懸命に、隊列を維持しつつ動く。

 方向転換。平行移動。部隊単位での突撃。転進。

 きびきびと……というには少し足りないが、さすがは戦いにある程度慣れた凶賊たち、戦闘を前提とした集団行動の訓練にも、まあまあついてこれてはいるようだ。


 滝の砦の兵士たちに比べると、まだ、どうしても見劣りしてしまう。しかし第一印象では、自警団なんぞよりはずっと伸び代があるように感じる。

 というより、自警団はそもそも訓練をしていないと聞いた。こんな土地柄であるから、相手は様々だろうが、ある程度戦闘のようなものを経験してはいるはず。しかしこういった、より正規の戦闘に近い、日頃からの訓練はしていないとの説明を、以前、代官だったアントニーから聞いた。


 ――自警団は本当にどうしようもないな。集団戦のきちんとした訓練はせず、ディレク村以外は領主の直接の支配も及ばず、ただ暴力のみを保持している。

 ハウエルはわずかに苦々しい表情を浮かべた。


 戦闘の訓練をしていないから、暴徒と化した際に容易に制圧できるか、といえば、そうでもない。練度が低くても無差別な破壊はできる。それを鎮圧するのには訓練が必要だが。非対称性と呼んでもよい。腹が立つほどに不条理な非対称性である。

 今後、自警団をどうにかすることも必要だな、と彼は思った。


「主様、どうしたんです、苦い顔をして。訓練は順調のようにみえましたよ」

「そうだね。訓練は順調だ。だけどこの領内の軍制を考えると、問題は山積みだなあって」

「ああ……」

 落ちこぼれとはいえ兵法家でもあるローザは、察したようにうなずいた。

「自警団が、厄介ですね」

「そう。まだ自警団以外の戦力を掌握しただけにすぎない。その掌握だって、きっとまだ完全じゃない。馴染むには時間が必要だろうね」

「機動半旗が馴染むには時間をかけるだけでいいですけど、自警団はそういうわけにもいきませんよね」

「全くだ。さて、王都へ行くための最後の準備をするか。明日の朝には出立だな」

 彼は日差しと雲を見る。

「きっと道中は晴れるな。よし」

「主様と二人旅なんてワクワクしますね!」

 ローザがやたら明るかった。



 翌日の昼。

 古い馬車がわだちをなぞる。

「古い割には、乗り心地、悪くないですね」

「そうだね。屋根もあるから、雨が降っても安心だね」

 ハウエルがうなずく。


 どうやら荒天領では、ずいぶん昔に、当時の代官がいくぶん上等なものを買い、それを今に至るまで丁寧に手入れをしていたらしい。

 まだ荒天領がそこそこにぎわっていた時代があったということ……ではないようだ。当時は代官も、定期的に馬車で王都に内政等の報告をしに行かなければならない時代であり、そこで他の代官になめられないように無理をして買ったらしい、とのことをアントニーから聞いた。


 なお、現在は地方領主にその報告義務がある、とのこと。現在の王都への旅行では不要だが、この先、他の地方領主たる貴族とともに、ある程度長期ではあるものの定期的に、登城して形ばかりの報告をする必要があるようだ。


 ともあれ。

「ふぁ。眠いです」

「眠っていいよ。起こすから」

「そうはいきません。主様を守ることこそ従者の務め。ふぁ」

「おいおい、大丈夫?」

 ハウエルが思わず心配になる。

「ご安心ください。私、剣術やら武芸の類もまあまあですから」

「初耳だね」

 とハウエルは言ってみたものの、実は気づいていた。

 ローザの剣の腕は「まあまあ」どころではない。剣豪に匹敵するとてつもない境地にあるということを。


 本人は何故か隠したがっているが、その理由は分からない。しかし二人は長年の付き合いであり、まれにその凄まじい剣術の一端を発揮することがあった。

「そういえば、主様も剣術とか武術、結構できるんですよね」

「まあ、そうだね。勇者カーティスの言い方なら『九十点』ぐらいかな。もっとも、剣術がいくらできても、一兵卒の技能であって将校の技ではないって無視されたけどね……いや、それはそれで正しいけども」


 この点は、ハウエルも納得している。ただの難癖ではない。

 敵陣に先頭に立って切り込み、存分に剣を振るうのは兵卒のやることである。将校はそれを指揮統率したり、本営等で軍全体の管理にあたったりすべきであって、これを混同してはならない。……などというのがカーティスの持論であった。

 もしかしたら、ハウエルの特技を認めたくないがための建前であったのかもしれない。しかし性格の悪い勇者にしては、珍しく正論でもあった。


「正論かどうかではなく、どういう意図をもって言っているかをこそ気にすべきですよ。絶対に主様みたいな人を貶めるための理屈ですよそれ」

「それは分かるよ。でも勇者のその信条は一貫していて、他にも割を食った、剣術の腕に覚えのある貴族もいたしさ」

「むう。でも納得いかないです」


 ふくれるローザに、ハウエルは言う。

「おいおい、前を向いていこうって言ったのはローザじゃないか。納得も何も、あの領地で生き残るためには前向きに行くしかないよ。幸い、いまのところまあまあ順調だし、一方で先は長いんだから」

「そうは言いましたけど、勇者の都合のいい理屈が腹立って、しかも主様を貶すような形で言われるのは、もっと腹立ちます」

「怒ってくれるのは嬉しいけど、もうここに勇者はいないんだしさ。ね?」

「むうぅー」

 ハウエルはローザをなだめつつ、王都における次の一手を思った。

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