◎第06話・機動半旗
◎第06話・機動半旗
その後、アルフレッドはハウエルの頼みで、交友のあったいくつかの別の山賊団の下に赴き、懇々と説得をした。
「こういう条件で、領主様は戦力として採用したいそうだ」
「むう……アルフレッド、おまえのところはこれを呑んだのか」
「ああ。足を洗ってまともな人間になれるいい機会だからな」
「それは、賊がまともな人間ではないと?」
「実際そうだろう。人を襲わないと生計が立てられないし、なにより人目のある所をほっつき歩いていては、通報されて捕まる」
他の山賊団の団長は、むむ、とうなる。
「そうか。領主は戦力を集めているんだな」
「蓄財があれば、一部は安堵して残りは召し上げるとも言っていたな」
「まあ仕方がないか……断れば、アルフレッドのところ、『爆竹の山賊団』と戦うことになるからな。分かった、うちも領主様に帰順しよう」
こうして仲間は続々と増えていく。
落ち着いてきたころ、ローザが報告する。
「近隣の凶賊団、六つほどが今までに帰順の意を示しました。この辺りにはもはや賊の脅威は無いといえますね。また、噂を聞いて、各地から猛者たちが仕官に来ていますよ。最終的に自警団を除いた兵数は一千ほどとなる見通しです!」
「懸賞金の獲得のため、トンプソンが交渉をしに王都に向かっているはずだね」
「そうです。捕縛したわけでも討ち取ったわけでもないので、懸賞金がもらえるか心配ですけども……」
「懸賞金の趣旨は、その地方の危険を取り除くのに資すること。とすれば、今回のようなやり方でも危険を取り除いたのは確かだから、受け取れないとおかしい、という理屈をトンプソンには教えたけど……当局が聞いてくれない恐れもなくはない……」
そこへトンプソンが帰ってきた。
「ただいま戻りました。交渉は成功しました。懸賞金を運んでおります」
「おお!」
「主様の仰せのとおりにしましたところ、渋々ではありますが給付決定にこぎつけました」
「それはよかった。金庫がうるおうな!」
薄氷を踏むような計略は、最終的には功を奏したようだった。
その後、ハウエルは戦力を再編し、なるべく同じ凶賊団が固まらないように部隊を分割した。
そして、何人かの供回りを、元団長たちと混ぜて部隊長や副長に配備し、結束して造反することがないようにした。
細かいことではあるが、これでひとまずは、領主からは出陣依頼しかできない、自警団の二の舞になりにくいような編制をした。
なお、平時はハウエル自身が言ったように、これらの戦力は基本的に農業に従事することになる。
職業軍人ではなく、一応農兵的なものにしたのには理由がいくつかある。兵を土地に紐づけて戦場から離脱させにくくしたり、あるいは専業の軍人としての俸禄を、貧乏なので出せなかったり、兵糧の確保をしたりなどである。ちょうど農具も、過去、代官統治時代の見込み違いで余っていたところだったのもある。
ハウエルは理由があって彼らを農兵的な戦力としたのだった。
数日後、ハウエルはこの部隊を「機動半旗」と名付け、七日に一度、訓練のため訓練場に集合するようにとの触書きを出した。
「主様、どういう訓練をするんです?」
ローザは領主の執務室で聞く。
「最初は、どんなときも命令通りに動き、一糸乱れのないようにする訓練、そして連携の訓練かな」
「あぁ、集団戦で一番大事なことですもんね。凶賊団のときは、彼ら各々で自分勝手に動いてそうですからね」
「いや、そこまでは思わない。団長や頭領の号令には忠実に動いていたんじゃないかな」
「じゃあなぜ」
「凶賊団のときは、それほど細かな動きは要求されなかったんじゃないかと思っているんだ。繊細な指揮というか、戦場での部隊単位の細かな立ち回りは、彼らも身についてはいないし、身につける必要もなかったと思ってる。もちろん身についているなら、それはそれでよいことだし、もっと維持したり強化したりするだけだよ」
「ほえ、なるほど」
ローザはうなずいた。
「幸い、機動半旗の構成員は戦うことには慣れているだろうから、身につけるのにはそれほど時間はかからないと思っている。その次は野戦での築陣と槍ぶすまの訓練、銃が生産されたらその扱いになると思う。野戦での築陣は、可能であれば城に次ぐ設営、つまり陣城の構築を目指す」
「野戦での築陣? それはもっと後でもいいんじゃないですか?」
ローザの疑問に彼は答える。
「私たちは銃を主戦力とした戦いを目指している。そして銃は守勢の戦いで威力を発揮するもので、基本的に待ち構えて撃つことが重要になる。その『待ち構える』強さを補強するためには、守備設備を築くことが必要になってくる」
「ほえ、色々考えてるんですね」
「仮に銃の量産に失敗しても、陣を築いて待ち構えるべき戦いは今後あるだろうし、設営の技術はきっと無駄にはならない。これは私の予想だけど、きっと今後の野戦の在り方として、築陣が必須になってくる」
「槍ぶすまもなんかそういう野戦の在り方とかなんですか?」
「長槍で間合いを伸ばしつつ、穂先をそろえて戦うというやり方が、現在の兵法の新説になりつつある。まだ一般には知れていないけど、そういう時代がいつか来ると思う。そのための先取りだ」
「時代ですかぁ。新時代を語る主様はかっこいいですねえ。私も兵法家でもありますけど、落ちこぼれですから、天才軍師領主様の言うことはよく分からないです」
「エェ……なぜそこで嫌味。私は本気でそう思っているんだけどなあ」
彼はまゆを八の字にした。
「ともかく、無駄にならない訓練をするつもりだよ。このことは各隊長と副長にはすでに伝達済み。訓練の際には私が自分で様子を見るつもりだよ」
「領主様が直々に来るなら、下手なことはできませんもんね」
「それもあるけど、現状を自分の目で把握する意味もあるし、するべき訓練内容は私が一番理解しているはず。現場主義がいいとは一概にはいえないけど、たぶん軌道に乗るまでは現場に出たほうがいい、気がする」
「そうですね。私も暇があれば出ていって、手助けをしつつ、ついでに主様のお手並みを拝見しますよ」
「そうか。それは助かる。問題は銃の生産体制の確立だな……色々手配しないと。訓練はじっくりやればいいけど、銃の生産体制はできる限り早く整備したほうがいい」
「そうですねえ。主様は本当にお疲れ様です」
「ローザ、きみも同行してもらうよ。外出が必要なときには」
「そんなぁ、と言いたいところですけど、主様が頑張るなら私も頑張りますよ」
彼女は「むふふ、主様と二人旅」などと浮かれていた。
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