◎第03話・代官の忠誠
◎第03話・代官の忠誠
城。確かに城だが、籠城戦にはあまり向いていないようだ。
それほど堅くも見えず、かといって豪華でもない。むしろ貧相という言葉が目立つ。
そして古く、ところどころ傷んでいる。
普請、というか修繕修理をしたいところだろうが、その費用もなかなか捻出できないのだろう。できたらとうに行っている。
これは想像以上に……とハウエルは頭を抱えた。
一通り城内を案内されたハウエルは、大会議室――とはいっても供回りと代官と数人の官吏を入れる程度の広さしかないが――で話を聞く。
「この領地には四つの村があります」
北にウェード村、西にサヒダ村、南にシタール村、そしてこの城の隣にディレク村。
ディレク村は先ほど通ってきたところだが、のどかで牧歌的な……率直にいえば閑散としてあまり発展していない村だった。
城の隣ですらそうなのだから、残りの村も推して知るべし。
「村々に何か特徴はあるのかな」
「コロクスという特産工芸品がありますが、特産とは名ばかりで、産業の主軸には到底足りませぬ。一方で村々にはやっかいな特徴もあります」
「それは?」
この地方では、村の自警団が国防を担っている。村々、あわせて二百を動員できる。
ただし、動員できる、には語弊がある。ディレク村は代官、つまり領主に軍権があるが、他の村では村長が軍権を握っている。代官や領主は、出陣を要請できるにとどまり、村長は断ることが、少なくとも慣習上はできる。
「ひどいな……領主に従わないおそれがあるのか」
「然り。最低限の防衛戦力すら、あまりあてにならないものでございまして」
「むむ……そうだ、鉄鉱山があると聞いたけれど」
「確かに、この城やディレク村からすぐ近くにございます。眠っている鉄鉱石も多いものと推察されまする。ただ……」
代官は言いよどむが、続ける。
「こんな小さく貧しい領地には鉱夫も集まらず、製鉄や加工もめどが立ちませぬ。しかも、ただ鉄の延べ棒を作っただけでは大して収入が増えませぬ。何か価値のあるものに加工しないとなりませぬが、そういった加工の職人も、集まらぬもので、そもそも何を作るかという問題がありまする」
「なるほど。価値のある何かを作る、その展望が立たないと。製鉄とその価値を付加する職人、そしてそもそも採掘技術者がいないんだね」
「おっしゃる通りにございます」
領地の収入は少ない。軍事力はガタガタ。鉄鉱脈はあるが、収益化する見通しはない。そして何より過疎で領民も貧しい。
「課題だらけだなあ」
ハウエルは頭を抱えた。
代官アントニーが「では、とりあえず今日の仕事をしまする」と言って去って行ったあと、若き領主は供回りを城の裏庭に集めた。
「主様、いかがされましたか」
供回りの一人、トンプソンが疑問符を浮かべる。
「本当に、なにかあったんですか?」
ローザも尋ねる。
「一つ聞きたい。あの代官アントニー、信用できるかな?」
こんな話、譲り受けたばかりの城内でしては、誰に聞かれるか知れない。
ともあれ主は率直に問う。別に「信用できない」という結論を得たいがための追認を要求している、というわけでもない……と言いたいところだが、実はそういう意図もある。
ある行為を承認させるために。
「信用……とはいえまだ会ったばかり。彼が怪しい人物かどうかは、今後じっくり検討すればよろしいのではございませんか?」
「あくまでいまの新鮮な印象を聞きたいなあ」
「新鮮な印象ですか。うーん、貧しい地域とはいえ、代官ですからね。悪事の一つや二つやっていてもおかしくはないかも、ですね」
「あまり疑いたくはないのですが、しかし、ローザの言うとおりでもあります。不正な蓄財あたりは、長年をかければ出来るかもしれません」
「全て妄想の域を出ませんぞ」
セレスの言葉を、トンプソンはしかし制する。
「そう。いまここで話しても、結局は妄想の域を出ない。だから今夜、がっちりと確認しようじゃないか」
「確認って、まさか」
「そう。領主の権限で――」
ハウエルはニィと笑う。
しばらくして。
月さえ冷える夜に、ハウエルと供回りの姿は、代官邸周辺にあった。
代官は領主ではないため、城に住むことはできない。そのため城下町や、城の近くに邸宅を建てて住む。
邸宅とはいっても、やはりこの地方の代官アントニーは、小さな家に住んでいた。
「主様、代官の住処の邸宅がこの程度じゃあ、やっぱり無いんじゃ……」
「無くても意味はあるさ」
「どんなです?」
「後で分かる。……包囲したみたいだな。よし、大槌を打て!」
ハウエルが合図をすると、家の正門に、盛大に大槌が打ち付けられた。
夜空を震わす打撃の音。空気は震え、その衝撃を黙して語る。
「打て、扉を叩き壊せ!」
何度も轟音がとどろく。
やがて扉が使い物にならなくなると、号令。
「突入だ、捜索しろ!」
そのころには、驚いて目を覚ました代官アントニーが門前に来ていた。
「うわあぁ領主様、いったいどうされたのですか!」
「セレス、テラ、捕縛しろ! ローザたちは速やかに捜索だ!」
アントニーは腰を抜かし、その隙に縄を持ったセレスらにきつく縛られていた。
「領主様、どういうことです、何か粗相がありましたらお許しを!」
「それは探した後だ、各人は散らばってくまなく探せ!」
「領主様、どうか、どうかお許しを!」
アントニーはわけも分からずといった表情だが、とりあえず何かをハウエルが自分に仕掛けようとしているのは分かったのだろう。
「急げ、持ち逃げされてからでは遅いぞ!」
ハウエルは一喝し、捜索は進む。
しかし、目当てのものは。
「これだけか、有価証券も他にはない……」
トンプソンがつぶやく。ハウエルも同じ言葉をのど元で抑えていた。
蓄財というには、わずかな、それこそ非常時にたやすく吹き飛ぶ程度。
「不正な蓄財には見えないね……領地経営の足しにすらならないほど……」
ローザが巧妙に隠された本音を示すと。
「お戯れを!」
アントニーは泣きそうになりながら弁解する。
「確かに蓄財はしました、しかし決して不正はしておりませぬ、しかもこれは非常用の持ち出しで、ぜいたくのための金品ではありませぬ!」
言うとおりにしか見えなかった。
おまけにハウエルは、事前の調査で、村々にこの代官が財産や有価証券を隠しているわけではないことも把握していた。
しかし、シナリオには続きがある。
「そうか。アントニー、あなたには申し訳ないことをした」
「えっ」
「全ては私があなたの忠誠を疑ったからだ。この人もまばらな領地で、せめて日々の辛さを紛らわすために不正な蓄財をしているのではないか、そう考えたんだ」
アントニーは黙して聞いている。
「しかしここに職務への誠実さは証明された。疑った私が、疑ってしまった私が悪い。私をその手で叩いてくれ」
「エェ!」
可哀想な代官は、されど首を勢いよく振った。
「領主様にそんなこと、できるわけないでしょう!」
「……許してくれるのか」
「私は許す許さないの立場にありません、領主様の疑いもやむをえぬものです、一層の忠誠を誓います! 必ず誓います!」
「そうか。すまないことをした。改めて詫びよう」
「そんな、領主様……うぅ……」
完全な被害者であるはずのアントニーは、罪もないのにすっかり縮こまり、勢いのままに臣従の意を示した。
「あなたを内政参与の役に任じたい。やることはあまり変わらないから、引き受けてくれるかな」
「もちろんです! 全身全霊をもって忠勤をお約束します!」
元代官はひたすら平身低頭だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます